空中邸宅とスマートフォン
疑問が多すぎて、サカモトには、まるで幼子が親に対してするような質問攻めをしていた。
「この空中邸宅は何だ、どうやってできるんだ。恐ろしい魔術…否、科学を使わなければできないはずだ」
「鉄筋コンクリートは丈夫なので、かなりの高さまで積み上げることができるんですよ。
ただ、ニホンはそれでも規制が厳しく、アメリカやチュウゴク、アラブ首長国連邦なんかに比べたらそんなに高い建物は多くありませんよ。
この建物も、高さ200メートルもありませんし」
「十分すぎるだろ。しかしとすると、この世界にはニホンよりも恐ろしい国があまた存在するってことか?」
「見方次第では、チュウゴク、キタチョウセン、アメリカ、インド、ロシア、イギリス、フランス辺りはニホンよりも恐ろしい側面を持っているかもしれませんね。ただ…」
「ただ?」
「あなたの世界に怪物集団を送り込めるとしたら、それはニホンだけのはずです」
「それはまた何故?」
サカモトはしばらく考え込んでしまった。答えにくい理由が何かあるらしい。
「次にアキハバラに出向いたときにお話ししましょう。
それよりも、フンドシイッチョさんはこれが気になっているようですね?」
そういって手に持っている薄い板…色とりどりの光が明滅する謎の板を示す。
ニホンのシノビは殆ど持っているらしい。
私が剣を掲げたとき、周りにいた人々は、何故かやたらとまぶしい光をその板を使って私に当ててきた。
虫じゃない私は光には誘われないが、それでも連中に真っ先に攻撃したくはなった。
あの光は、敵をおびき寄せるためのもの罠なのだろうか?
ニホンのシノビは、それほど一人ひとり腕に自信があるのだろうか?
「うむ、何だねそれは」
「スマートフォンといいます。これ一つで色々なことができるんですよ。フンドシイッチョさんにも一つあげますね」
「え?」
「向こうに行くので、ちょっと持っててくれますか?」
咄嗟に、私はスマートフォンが爆弾にもなるんだと判断し、スマートフォンを投げ捨てた。
「何をしているのですか?」
「爆弾にあらざれば、持ち主が離れたりはせんだろ」
威厳を持たせたかったので、若干「正統な」東の国の言葉を混ぜて言ってみた。
「いえ、機能を実験するためだったのですよ…。ああ、画面が割れてしまいましたね。
とりあえず動作しているだけでも不幸中の幸いとしましょう。
いずれにせよ、スマホを投げ捨てるなどというのは、以ての外です。今後はおやめください」
「まあいい。で、何ができるんだ、このスマホでは?」
「遠隔通話、ゲーム、動画・写真の撮影・編集・閲覧、そして…神託、といったところですかね」
「遠隔通話は何となく分かる気がするが、動画、写真というのは?」
「…これを見てください」
「なんと、人が動いておるな…」
「それが動画です。動きがなければ写真、まあ、gifアニメーションのような中途半端なケースもありますけどね」
「そして、神託とは?」
「科学が作り出した人工の神、とでも言いましょうか。インターネットから情報を集め、
欲しい答えを瞬時に提示することが、今のところは限界です。
が、それだけでも多くのことを知ったり補ったりできるので便利です。
彼らはやがては、考えることすらできてしまう、文字通りの人工の神を作り出そうとしているようですが…」
「そんな邪教がこの世界を支配しておるのか?」
「邪教も何も。科学は結局神を認めないんです。
百歩譲っても神はいるか分からない存在で片付けられ、神はいるという考え自体が今では邪教扱いです。
建前上は様々な宗教を自由に信じることも認められてはいますが、ニホンの人々は殆どが無宗教を自称し、
世界の様々な宗教に由来する祭りを、せっせと遊び場に変えているばかりです。
とはいえ、だからこそ人は神に頼ってきたことを知ってしまった。
人工の神は、その需要を支えるための存在になる、科学なりの答えと言えるでしょう」
「難しいのだな」
「ええ」
そして私は色々調べたり試したりした。
トーキョーは、東京と、ニホンは、日本と書くらしい。
例の光は、写真撮影に必要だから点滅するのであって、どうやら攻撃誘導の意図ではなかった。
少なくとも、表向きは。
奴が言った名前、アエネイアスは、古代ローマを建国した伝説的英雄で、古代ギリシャ時代のトロイア戦争にも参加していたという。
そして、生きたまま地獄へと向かい、生きたまま帰還していた。
つまり、奴は私に生きてあの世界に舞い戻ってほしいと思っているらしい。
また、アエネイアスがこの世界には存在していたことで、奴がこの世界の出身だということも、ほぼ確信できた。
完全な愉快犯だろう。望むところだ。
しかし、このスマートフォンというのも厄介な代物だ。これは、賢者無力化のための罠でもあるのだろう。
誰もがアクセスできる「神託」によって、誰でも賢くなったかのように振舞えてしまう。
そんなスマホで何気なく調べたら、サカモトが決して人を虐げないと称していた自動車も、
毎年何千人かを食っているし、電車に至っては毎日のように、「事故」として自殺志願者を料理していることをも知ってしまった。
どちらの鋼鉄の箱も、私が考えていた形と異なりこそすれ、やはり人肉食を行ってはいたのだ。
全く、ニホンのシノビどもはとんでもない兵器を次から次へと考えだすものだ。
だが、私は、スマホの恐ろしさを、それでも見誤っていたのだ。