ハマナカ
途中から、視点が変わります。
私は建物を探したが、武器になりそうなものは、見当たらなかった。
武器どころか、何も落ちていない。
私は、今更ながら気付いた。
研究所は、隔離されたとはいえ鋼鉄の世界でも、最先端の知を追求する場だ。
スギの花粉に悩まされるほど過敏な人々を生み出すという、例の「綺麗すぎる」状態になっていても、何らおかしな点はない。
武器になるものなど、都合よく落ちているはずも、ないわけだ。
だが…。
「サカモト、一つだけ方法がある。お前はあの怪物のような装置を操作できる位置に回れ。
私が奴をその中までおびき寄せるから、タイミングを見計らって、奴をデータに戻すのだ。
できるか?」
「分かりませんが、やるしかないのでしょうね。操作方法が、素人でもわかるものであることを願うばかりです」
サカモトは、そう言って装置めがけて走っていった。
私は、迫ってくるカインに向かって叫んだ。
「こっちだ!三つ目さんよう!食えるものなら食ってみろよ!」
「グルルルルルララララァー!!!」
カインは、またものすごい咆哮をあげて、私を追ってきた。
私は、装置の円筒部分に向かって走った。
怪物は迫ってくる。
間に合え…!
怪物の息吹を感じるほどになった時、私は、何とか装置の円筒内に滑り込んだ。
サカモトが気を利かせて、予め装置の扉を開けていてくれたらしかった。
振り返ると、カインは、よだれを醜く垂らして、私に飛び掛かろうとしていた。
が、その態勢ゆえに、隙ができていた。
私は、怪物が飛んだ瞬間を見計らって、怪物の股の下を潜り抜け、円筒の外に出た。
そして、怪物が振り向かないうちに、急いで円筒の扉を閉めた。
「グルルルララララァー!?」
カインは、扉が閉まったことに気付き、慌てて円筒の壁を引っ掻きだした。
そして、体当たりもし始めたが、時既に遅し。
「サカモト!どうだ?行けるか?」
「えっと…、これですね。行きますよ!」
サカモトがそう言って、装置のラップトップのような部分を何やら操作すると、
円筒内に、赤い煙が漂い始めた。
「グルロォー!!グルロォー!!グル…」
怪物は少しだけ苦しそうに吠えていたが、その音も止み、…やがて、怪物は跡形もなく消えてしまった。
私は気配を感じたので、そちらに向かって言った。
「ハマナカ、いるんだろう?出て来いよ」
気配が漂っていた方から、案の定ハマナカが出てきた。
「さすがは勇者様ですね。
この世界で処分した後に送ってしまえれば楽だったのですが、あのカインをも倒してしまう以上、それは叶わないみたいですね。
ただ、これなら少しは私を楽しませてくれそうです。
カインを倒したご褒美に、少し話を続けましょう。
カインが引き起こした惨事のせいで、研究所の予算は削られ、私の給料も減らされてしまいました。
それでも私一人だったら、なんとか暮らしていけたのですが、私には、もう一人養わなければならない人がいました。
それが、あなたにフンドシイッチョの名を与えた…私の弟です」
サカモトが口を挟む。
「ハマナカ、まさか、君が全てを仕組んだのか?」
「話には順序がありますので、少しお待ちを。
弟は、ゲーマーになると称して、一日中デビクエばかりやって遊び暮らしているニートでした。
子供の頃から今まで、この私にすら一度も勝ったことのないあの弟が、プロゲーマーとして生きていけるとは、私はとても思ってはいませんでした。
時々休日に、私が付き合ってやっても、弟はいつもボロ負けして、ヘラヘラと笑っていました。
それなのに、あいつは…。
いえ、失礼しました。
二次元の現実化を研究していた私達は、新たなデビクエの開発に努めている研究チームとも交流があり、イベント用サーバーなどの話も一通り知っていました。
研究所内で研究しているのは、私達だけではないので、時には向こうの開発チームに遊びに言ったりもしました。
そんなある日、交流のあったデビクエの開発メンバーの一人から、私は、ある噂を耳にしました。
デビクエのイベントで、様々な裏技や裏ルートを駆使して、時にはたった一人で敵を倒してしまうプレイヤーがいる、と」
「それがフンドシイッチョだった訳か」
「ええ。
私は激怒しました。あの野郎、この私に対して手心を加えていたのか、と。
そして、あの日、私は家に帰って、弟を問いただしました。
『お前、本当はデビクエ強いのか?』と私が言うと、
『そんなことないよ。兄さんにも全然敵わないしね』
と相変わらずヘラヘラと笑って答えやがったんです。
そして…」
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ハマナカは、話しながら回想していた。あの時のことを。
「嘘をつくな。兄さんはデビクエの運営チームともつながりがある。聞いたぞ。
魔王よりも強いイベントキャラを、裏技を駆使してたった一人で倒してしまう『フンドシイッチョ』がいるってな」
「…フッ、バレちゃったかあ。そうだよ、僕がその『フンドシイッチョ』。言ったでしょ?僕はプロゲーマーになるんだって」
「お前は、ずっと俺と戦うときは手加減していたのか?」
「そうだよ。僕は、兄さんのプライドを傷付けたくなかったんだ。
兄さんは、いつだって、どんな些細なことだって、僕が兄さんよりも優れていることが許せない人だから」
「ふざけるな!俺と、本気で勝負しやがれ!」
「やめときなよ。僕は兄さんが減給になって、既にプライドがボロボロになっていることを知っている。これ以上、兄さんを追い詰めたくはないんだ」
そう言った弟の瞳には、同情と憐憫が映っていた。
ハマナカは、あの表情を思い出すたびに、今でも怒りに駆られ、体は震え、口調が激しくなる。
ニートの癖に、俺の金で暮らしている癖に、…俺の弟の癖に、生意気だ。
あの時、ハマナカの頭の中で、何かが切れてしまったのだった。





