杉林と科学の副産物
スズキからの連絡は、程なくしてやってきた。
サカモトが告げる。
「どうやら、イベント用サーバーは、SANYがオクタマに建設した研究施設の中にあり、
ダーク・ミネルヴァに『鋼鉄の怪物』を作り出させたハッキングの痕跡も、所内のPCから発せられていたらしいことが特定できました」
「オクタマ?」
「トーキョーの西の果てですよ。フンドシイッチョさんにとっては、見慣れた森林風景がお目にかかれると思います」
「うむ。それでは、すぐに向かうとしよう。どうすれば行けるのかね?」
「今回は、車で向かうとしましょう。ただ、事前に研究所への立ち入り許可を得ておく必要があります。
この辺は、ハマナカが本来はあの研究所で勤務しているので、彼に頼れば何とかなるとは思います。ちょっとLineしてみますね」
ハマナカからの返信は、1分もしないうちに来た。
「構わない、ということです。では、早速向かいましょう」
「分かった」
私とサカモトは、サカモトの家を出て、駐車場へと向かった。
そこには車輪がついた、形のいびつな鉄の箱が並んでいたが、サカモトはその一つへと私を連れて行き、
「これが私の車です。さあ、どうぞこちらへ」
と言った。車の中からは、何とも言えない臭いを感じた。
瘴気でも放出しているのだろうか。鉄ミミズよりかなり小型であるとはいえ、油断はできないと思った。
「この臭いは?」
「車に特有のものですね。特に害はありませんし、慣れれば気にならなくなりますよ」
「やや息苦しく感じられるが」
「空調を付けておけば大丈夫でしょう。では、参りますよ」
動き出した車は、鉄ミミズよりも激しく揺れた。
前にドラゴンに乗ったことがあるが、その時とはまた違った小刻みな揺れで、私は無性に苛立った。
「鉄ミミズのように、うまく揺れを抑えられないのか?」
「なかなか難しいようです。何せ、このサイズですから、搭載できる機能にも限りがありますし」
車での移動は速く、正確な道はよく把握できなかったが、どうやら私達はあるところから「中央自動車道」と呼ばれる高速道路を走っているらしかった。
途中には、前にニュースで見かけたシンジュクパークタワーや、都庁も見えた気がしたが、どうやら私達はその更に西へと向かっていた。
やがて鋼鉄の塔の高さが低くなり、遂には塔のない緑地帯がまばらに目立つようになり、そして山が見えてきた辺りのどこかで、サカモトは高速を降りた。
そして、そのあとはまた込み入った道を色々と通っているうちに、いよいよ緑も深くなり、塔はおろか普通の人家すらまばらになってきた。
だが、目に入った森林は、私がブランクープで知っているものとは違った。
「全ての木の幹が異様に直立している森林があるな。不自然だ。
魔術を使ってもあんなことはできないだろう。あれは、何の森かね?」
スズキは私に視線を向けることなく、答える。
「運転に集中していて直接見ていないので推測ですが、杉林だと思います。
木材用として植林されたそれらの杉は、小さいうちに枝をうまく剪定されて、あのようにまっすぐ伸びるようになるんですよ」
「植林もしたということは、人工的に植え付け、管理してきたという訳だな?」
「ええ、まあ」
「とはいえ、森林は多様な樹種が、自由に、曲がっていることも気にせずに成長できてこそのものだろう。
あんなふうにたった一つの樹種で森林を占めたら、きっと何か弊害が出るのではないかね?」
「そうですね。花粉症というものがあります。大量に植林されたスギは、春頃になると、大量の花粉を飛散させます。
それが都市部を中心とする全国各地に拡散されると、花粉アレルギーの子は、様々な症状に苦しむこととなります。
これは杉林を増やしたことだけが原因という訳ではなく、綺麗すぎる環境を作って、
本来は無害な花粉にすら反応してしまう、過敏な人間を増やした結果でもあるんですけどね」
鋼鉄の世界では伝染病などの話は確かに見聞きしなかったので、全体として、ニホンは比較的清潔なのだろうとは思った。
道端の黒い染みなどがある以上、本当に綺麗「すぎる」のかは疑問が残るが、一面では確かに、行き過ぎた清潔意識も浸透しているのだろう。
思えば、サカモトにも、目に見えない「バイキン」とやらの除去のために一日に何度も手洗いとうがいを行うなど、過剰に見える節があった。
神を認める私たちブランクープの人々ですら、目に見えない存在をああまで恐れはしないので、その様は滑稽であった。
不潔であれば伝染病が生じることは、私も知らない訳ではないが、かといって行き過ぎた清潔さは、サカモトの言う「アレルギー」という別の病の原因になるらしい。
「アレルギー」も存在せず、かといって伝染病も殆ど猛威を振るう前に沈静化できている、ブランクープぐらいの綺麗さが、ちょうど良いのだろうと思った。
それにしても、シノビどもの科学の力には、やはり思わぬ副産物がついてきているものである。
「これもまた、自業自得という訳だな」
「ですね。とはいえ、最近は、対症療法を超えて、花粉症の完治を可能にする治療法も、少しずつ見つかってきてはいるのですが」
「毒を以て毒を制す…ここでもまた、科学を以て科学を制しているのか?」
「そんなところです」
恐らくそれにも何らかの副産物や副作用があって、そのしわ寄せを解消するためにまた科学の力が使われる。
この世界の人類史は、何となくその繰り返しになっていると思われた。
我々の世界のような、魔王や魔族との戦いの繰り返しの歴史ではなく、人類自らの過ちの尻拭いの繰り返しの歴史。
それを重ねているこの世界の人間は、むしろ私たちブランクープの人間よりも愚かなのではないか、とさえ一瞬思えてしまった。
そんなことを考えているうちに、突如森林の中で隔離された、小規模な鉄鋼の世界が現れた。
「着きましたよ」
サカモトは、そう言って、建物へと車を走らせた。





