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人間と神、そしてハッカー

鉄ミミズを使うことに反対する意欲も失せて、辛うじてトラノモンのサカモトの家に戻った私は、サカモトが用意してくれたウィスキーのロックを啜った。


「カクとも違うのだね、これは。もっと上品な味がするが」

「ヤマザキという、ちょっと高い銘柄です。勇者様の気付けになるかと思いまして」


心地よい酔いが回る中、私はポツリと独り言ちた。


「しかし、私はこれから、どうすればよいのだろうか?偽りの世界の勇者に戻るか、この世界の何者かとして、新たな人生を始めるか…」


サカモトは言う。


「考えるお時間は取ってもいいと思います。ただ一つだけ。

フンドシイッチョさんの世界は、元々神によってであれ、『作られた世界』だったのでしょう?」

「そうだが?」

「それなら、こうも考えられませんか?作ったのが神ではなく人間に変わっただけだと」

「だが、私も人間だ。私と同格の人間がブランクープの世界を作ったとなると、

私よりも偉大な神が作ったという世界とは、世界の価値が大きく変わってくると思うのだが」

「そういう見方もできるかもしれません。

しかし、実を言うと、この世界が本当に現実世界であり、作られた世界ではないのかも、結局はよく分からないんですよ。

たどっていけば、あなたのおっしゃる偉大な神に、結局はたどり着くかもしれないし、着かないかもしれない」

「というと?」

「ブランクープと同じく、この世界全体が何者かによって作られている可能性だってあるんです。

私は無神論者ですが、時々ソファーに腰かけてポテチを頬張っているオタクによってこの世界が創造された様なんかを想像して、笑い出したい気分になることがあります。

神というのは、結局のところ、もしいたとしても、それほど偉大ではないかもしれないんです。たまたま世界を作る能力があったというだけで」

「ふむ」

「それに、仮に神が世界を作ったとすると、『誰、あるいは何が神を作ったのか』という問題を考えることもできます。

神を作った神がいて、その神をまた作った神がいて、…と、遡り始めれば、真に有神論的な世界では、無限の退行が生じます。

それを防いで、有限回の創造神で打ち止めにした場合は、どこかで、やがては神を介在しない、世界の自然発生、無神論的な世界にたどり着くわけです。

私達の世界は、もしかしたらその行き止まりかもしれないし、実は途中段階の一つに過ぎないのかもしれない。

不可知論者の言う通り、現在の科学の範囲内では、その点について誰も確証は持てず、

それ故に様々な神を説いたり説かなかったりする教えが、ぶつかり合って、人間同士が殺し合う理由にもなっています。

ある意味では、たとえそれが神ならぬ人間であるとしても、世界を作った存在がはっきりしているというのは、幸せなことかもしれません。

少なくとも、私はうらやましく思います。だって、争いの理由の一つが、明確に消滅している世界だという訳ですから」


サカモトの見方は新鮮であった。


私の世界では、確かに誰も神の存在を疑う者はいなかった。

何故なら、人ならぬ魔物や魔族の存在を、しばしば間近で見てきたからだ。


だが、仮にそうだとしても、私の世界は、直接的には神ならぬ人間に作り出されていた。

その動かぬ事実を受け止めたうえで、どうしたいのかは、私にはまだ分からなかった。


ここで、スズキが口を挟む。


「私、実はホワイトハッカーとして、様々な企業様のお手伝いもしているので、勇者様がお戻りになる場合は、

ゲーム中に本来存在しなかったはずの『鋼鉄の怪物集団』を倒すことも、きっとアシストできますよ」

「というと?」

「『鋼鉄の怪物集団』の作成者は、ソフトをハックして、いわば世界を作り変えてしまった邪神です。

ブランクープ世界の神に迫る能力を当然のように使いこなすので、雑魚一体でも、

そのまま戦えば魔王並み以上の威力を持たせることも簡単にできます。

しかし、私がその原理を突き止めれば、『鋼鉄の怪物集団』の能力を無効化したり、

彼らと戦えるだけの能力を勇者様に付与したりすることもできるようになります。

ただ、私にできるのはせいぜいそのような補助のみで、結局、ブランクープ、あなたのブランクープを守れるのは、勇者様、あなたしかいらっしゃらないのです」

「スズキさんも、換言すると神に迫る能力を持っているという訳だな」

「ええ。ですが、私は正義のためにその能力を使います。神の側の人間という訳です。どうか、ご決断を」


私は、スズキの力強い言葉に圧倒されかけていた。

敵が邪神だとすれば、「鋼鉄の怪物集団」の強さにも合点が行ったし、

スズキがその邪神と戦うだけの能力を持っているらしいとすれば、私にとっては心強い話のはずだった。

しかし、まだ踏ん切りがつかなかった。


「一晩、考えさせてくれ」

「分かりました。では、また明日来ますね」


スズキは、やはり結局私が戻る決断することは分かっている、と言わんばかりの様子で、あっさりと帰ってしまった。


私は、ヤマザキウィスキーの残りを飲み切り、サカモトの家の風呂を借りた。


姫…。

ブランクープ…。


様々な思いが込み上げてきたので、シャワーで流すことにした。


カッコつけても仕方がない。


基本的な価値観を崩されたこと、あの姫もまた作られた存在であること。

そして、それでも彼女を思う自分がいること。


そうしたもののせいで、無性に泣きたくなったから、風呂場に逃げ込んだのだ。

そして、男泣きに泣いた。


結論は出ていた。

姫がいるだけでも、ブランクープに戻るには十分だった。


だが、今日は、それでも、衝撃を受け止めるだけで手一杯だった。

泣くだけ泣いて、眠るだけ寝ておきたい気分だったのだ。


だが、翌朝、私は更なる衝撃を受けることとなる…。

いよいよ新章です。


ここから、勇者はブランクープに戻る道筋を本格的に探し始める…はずです。

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