アキハバラ
とりあえずニホンの詳細を知るべく、私は男性に尋ねる。
「ニホンとは国なるか?」
「しかり」
「然らば、こはニホンがミヤコなるか?」
「しかり。名をばトーキョーとなむ」
「うむ。こはまろが礼なれば、汝受け取るべし」
トーキョー。恐ろしい鋼鉄の世界に迷い込んでしまったものだ。
こんな鋼鉄文明を築けるのなら、この国にはきっと東の国の比ではない、恐ろしいシノビがうようよいるに違いない。
ブランクープの同盟国であれば問題はないが、万一敵対国であったら、…まさに私にとっては地獄だ。
が、ともかく、礼を言わねば、と思い直し、男性に手持ちの金貨を少しばかり握らせる。
男性は再び一瞬固まった。
「コスプレも、ここまで徹底されると引きますわ。金貨のおもちゃなど、もろうてもしゃあないし、いりません」
「おもちゃにはあらず。本物のブランクープ金貨にこそ」
「ん?確かに、異様に重いな。…純金で金貨まで模造するとは、御見逸れしました」
こうまで言われると、私も怒りがこみあげてくる。
「汝はまろ勇者を悪しく言いたるか?無礼者!」
しかし男性は、東の国特有の曖昧さを含んだ笑みを浮かべ、確実な侮蔑のニュアンスを含んでこう言った。
「迫力まで勇者様さながらですね。しかし、勇者なんて、この世界には存在するはずがないんですよ。
だからあなたがいくら主張したところで、あなたはコスプレイヤーのはずなんです。
…私がグンドリルのコスプレをしているのと同じで」
見慣れた服装だと思ったのは、グンドリルに似せていたからなのか。
どうやらコスプレとは、こちらの世界のシノビ特有の変装術らしい。
正直、グンドリル本人を知る私に言わせればあまり似ていないのだが、
まあ何も知らない人ならあるいはうまく騙せる程度には似ていた。
だが、それよりも驚いたのは、私達が知らない鋼鉄の世界に、私達の情報が一方的に伝わっていることだった。
やはり、このニホンは、鋼鉄の怪物集団を生み出している元凶なのか?
ともかく、グンドリルに変装して私に近づいたとなれば、きっとこの男は刺客に違いない。
「汝、まろを殺しに来たる刺客なるか?グンドリルに化けるさま、いとけしからず」
「否、我は丸腰に侍り。我が斧を見よ」
その斧は、明らかに金属製ではなかった。見知らぬ、柔らかい材質。スライムでも加工したのだろうか?
だが、確かに殺傷能力はなさそうだ。とはいえ、油断はならない。
「汝、シノビなれば、まろを欺くも易からん」
「…もういい加減にしてくれよ、おっさん。いくらここがアキハバラでもやりすぎだぜ?
あんたが本当に勇者なら、その聖剣シュヴァルツフントで、魔法の一つでも使ってみろよ」
さっきはトーキョーと言っていたのに、今度はアキハバラ?
ミヤコの別名の可能性もあるが、少し鎌をかけてみるか。
「こはトーキョーなれば、アキハバラにはあらず。汝、まろを欺きたるか!」
「トーキョーがアキハバラに侍り。…ああ、昔の言葉で話すのマジめんどいわ。
とりあえず、あんたが勇者だってなら、証明してみてくれよ」
「望むところなり」
私は剣を抜いた。が、その瞬間さっと血の気が引いた。
シュヴァルツフントに、いつもの光輝がないのだ。
それは、装飾が無駄に派手なだけの、ただの鉄剣だった。
だが、男性の顔色も変わった。
「お、おい、それ本物の剣か?」
「しかり」
「物騒だろ、しまってくれ」
出してくれと言っておきながら、それはないだろ、と思ったが、彼の怯えようは本物だった。
ようやくわかった。彼は、私をシノビの一人、偽勇者だと思っていたのだ。
それなら、とりあえず無害な攻撃力アップ魔法でも唱えてやるか。
シノビなら、強さは感じ取れるはずだから、それで証明になるだろう。
私は呪文を唱えた。
何も起こらなかった。
「やはり、鋼鉄の怪物集団とつながっている世界か、shit、魔法が効かないじゃないか」
焦りから、つい母語で独り言ちた。
すると、何を思ったのか、男性が拙いながら、我が国の言葉で問い返してきた。
"Are you from the United Kingdom?"
この訛り方は東の国のシノビと変わらなかった。だが、連合王国などは聞いたこともない。
私は毅然として答えてやった。剣を高く掲げながら。
"No, I'm from the Great Kingdom of Bran Koop. What the f*ck is the 'United Kingdom', by the way?"
が、これが良くなかった。
このせいで、いよいよ本気でアキハバラが、私に牙をむいたのだ…。
今度は若干英語も使っております。例によって訳はつけません。
初歩的なbe構文なので、今の世代だったら小学校教育で既に学んでいるんじゃないかしらん。