シーシャとタバコ
勇者のアキハバラ巡りが始まります。
トラノモンからギンザ線に乗り、スエヒロチョー駅で降り、サカモトについていって所定の待ち合わせ場所に行くと、スズキは既に来ていた。
彼女は、ブランクープの王女の服装の、安っぽい模造品を身に着けていた。ご丁寧に髪の色まで彼女に合わせていたので、驚いた。
「コスプレ、か?」
「ええ、勇者様の愛しのお姫様ですよ」
私は嫌な気分になった。笑顔まで安っぽく見えたからである。
「で、今日はどういう予定なんだ、サカモト?」
「そうですね、時間も時間ですし、まずはメイド喫茶で一服しましょうか」
「いいですね」
私は何も言わなかった。
サカモトは、大通りの「中央通り」を渡り、狭い道が複雑に入り組んでいる中を色々と通り、メイド喫茶の中の一つを指し示した。
「普通のメイド喫茶もいいのですが、今回はシーシャが楽しめる場所にしてみませんか?」
「いいですね」
「シーシャとは?」
「水タバコとも呼ばれるもので、吸って香りを楽しめます。普通のタバコと異なり、健康への害は殆どないと言われております」
「そもそも、そのタバコというのは何だね?」
「お酒と並び、大人が楽しむことができる嗜好品です。アメリカ大陸から伝わったのですが、ブランクープには『新世界』がないので、きっと伝わってもいないのでしょうね。
ちなみに、これはタバコの一種、紙巻きタバコと言われるものです。最近では蒸す電子タバコと呼ばれるものも増えてきておりますが、それでもこれが、今でも一番一般的ですね」
言いながらサカモトが出したのは、鳩のマークに「Peace」と書かれた箱だった。スズキが口を挟む。
「随分と強いのをお吸いなんですね。私はマルボロのメンソの、比較的ライトなものをやりますが」
そう言って彼女が出したのは、「Marlboro」と書かれた、黒緑色の箱だった。
箱からは微かに、ミントに似ているがそれよりも鋭い香気が漂っていた。
「その箱の中のものを、食べるのか?」
「いえ、口に加え、火をつけて、その煙と香気を楽しむんです。食べたら死んじゃいますよ」
「でも、中には口に入れて味を楽しむものもあるんですけどね。スヌースという」
そういって、スズキは、今度は「Snus」と書かれた箱を出した。
「これだと煙が出ないので、昨今増えている禁煙のお店や会社なんかでも楽しむことができます。一つお試しになりますか?」
「では、お言葉に甘えて」
私は、Snusと書かれた箱に入っていた、何やら小さな包みのようなものを手に取った。
「それをお口に入れて、放置していると、味が出てくるはずです」
そうして口に入れていると、何やら苦い味のものが流れ出て、私ののどを締め付けた。
強い酒を飲む時とはまた違った、しかしどこか心地の良い締め付け感であった。
「興味深い味だな。で、さっきサカモトが言っていた、『健康への害』というのは?」
「長くやっていると、人によってはそれなしでは生きていけなくなります。これはお酒と同じですね。
ただ、それ以外に、老化が早まったり、がんのリスクが高まったりなどの被害もあると言われております」
「スヌースの場合は、のどにダメージが来ることがあるみたいですね。喉頭がんとして」
私は慌ててスヌースを吐き出した。とんでもないものを試させられたものだ。
「それでは毒物じゃないか。私は遠慮しておく。何故サカモトたちはそれをやるのかね?」
「リスクは知っていても、ピース党って威厳があってカッコいいんですよね。
後は、時々バットもやります。これでも文学者の端くれなので、伝統銘柄は捨てられませんね。
シガー、つまりタバコの葉っぱだけでできている、葉巻タバコにも、モンテ・クリストなど、文学にちなんだものがあるので、興味はあるのですが、シガーはいかんせん吸うのに時間がかかるので、中々試す暇が取れなくて。
シーシャも一服に結構時間がかかるので、こんな機会でもなければ、ほとんどやりませんしね」
「私は、ココ・シャネルやオードリー・ヘップバーンのような20世紀の美女への憧憬からでしょうかね。
やっぱり、大人の女性はタバコが似合ってなんぼだと思うんですよ」
「ですけど、最近は肩身が狭いですよね。禁煙の場所が増えるし、値上げも進むし」
「ええ。健康へのリスクは、何十年も蓄積しなければほとんど大したことじゃないのに、
それをケチケチケチケチと、たった一本たりとも許さないという禁煙主義者が増えていて」
「禁煙ファシズムですね。オリンピックで世界の人が集まることもあって、この頃は特に厳しくなってきています」
「ひどい話ですよ、全く」
私は、神経質になりすぎる禁煙主義者も過敏だと思ったが、そもそも自らの身を害してまで香りを楽しもうとするサカモト達にも呆れてしまった。
「しかし、タバコは、自らの身を削ってまで楽しむほどのものなのか?」
「それを言うなら、お酒にだって害はあるんですよ。でも、大人には、それでも憂さ晴らししなければやってられないことだって、あるんじゃありませんか?」
「気持ちは分からなくもないが、私はそういう時は近くの森で魔物狩りに出かけるからな…。タバコを選ぶ必要性は感じない」
「ニホンでは、魔物なんていませんし、狩りをするにも許可が必要なんですよ。ですから、そうも言ってられないのです」
随分と息苦しい世界だと思った。技術に支配された結果かもしれない。
息苦しさから逃れる癒しの中に、一抹の希死念慮も隠れているから、タバコなどに手を出しているのだろう。
それは、前に見た一連の小説群の逃避願望と、根は同じだと思った。
サカモトは続けた。
「とにかく、一度中に入りましょうか」
中に入ると、メイド服を着た、しかしメイドとしての教育は明らかに受けていないであろう女性が出て来て、
「いらっしゃいませ、ご主人様」
と声をかけてきた。
メイド喫茶とは、誰にでもご主人様と呼びかけるような、天と地や右と左の違いも分からないであろう類の頭が空っぽな女性が働くお店らしい。
普通、相手が主人か否かぐらい、即分かるであろう。そして、私は彼女の主人ではないのだ。
仮に主人でないと互いに知っていて、そう呼ばせているのなら、ますます不可解だ。
主人ぶること、従者ぶることの何がそんなに面白いのだろうか?
私は、この先を想像して、暗い気分になった。





