フーゾクとドライ・モンロー・マティーニ
勇者は風俗店に行くこととなります。
(エロシーンはありません、念のため)
テレビ局を出た後、サカモトは言った。
「いやあ、フンドシイッチョさん、あの『放送事故』のお陰で、放送の場こそ気まずくなりましたが、みんな喜んでますよ。
あのタナカってコメンテーターは、前々から傲慢で、学歴を鼻にかけていて、優越感丸出しの、鼻持ちならない人だと評価されていて、視聴者からも不評でしたからね。
ほら、ネットもエンジョーしていますが、今回はフンドシイッチョさんに対して好意的な反応ですよ」
サカモトが私に見せたスマホの画面には、
「【朗報】東大卒奨励賞の傲慢上から目線専門家、異国の自称勇者に完全論破されるwww【放送事故】」
と記されていた。あくまで自称なのは気になったが、どうやら未だに私をシノビのコスプレだと勘違いしているだけのようなので、今回は大目に見るとしよう。
「他人の不幸は蜜の味、というのもどうかとは思うがね。だが、それがエンジョーの本質なのだからやむを得ないかもしれないね。
ところで、今夜はこの後、私を連れて何をしようとしているのだね?」
「まあ、ちょっと政治家の情報を仕入れようと思いましてね。興味深い話が聞けると思いますよ」
通りでは、化け物と見まごうばかりのわざとらしい化粧をした女性が数名、何やら人々に配っていた。
一つ試しに受け取ってみたところ、それは透明な包装の中に、やわらかい紙のようなものが何枚かと、
「ガールズバー」なる店の宣伝が書かれている派手な紙が一枚入っているものであった。
「サカモト、これは何だね?」
「これは、ポケットティッシュですね。大方、フーゾクの宣伝用でしょう」
「この、ガールズバーとは?」
「女性の店員ばかり集めた酒場です。主に男性でガールフレンドがいない人をターゲットにしているお店ですね」
「娼婦の類か?」
「フーゾクと言います。ニホンでは、表向き売買春は禁止されております。
彼女たちとそういう関係になるには、金銭的なものではない、合意が必要です。
ところが、これがなかなか微妙なところで、わざと思わせぶりな態度をとりつつも、一線は決して超えさせないやり方で、男性客からうまく儲けを得ている節があるんですよね。
で、時には本当に合意が成立しちゃったという事例も噂だけは流れる。
うまいもので、そういう噂があると、男性はかすかな希望に、結構な額をつぎ込んでしまうんですよ」
「ストレートな娼婦よりも尚、タチの悪い儲け方だな。殆ど男性を騙しているようなものではないか」
「まあ、様々なお店がありまして、中には本番以外のいくつかのプレイであれば、許されているお店もなくはないんですけどね」
「なるほど」
「ですが、今日行くお店は、そういうプレイはやっていません。少なくとも表向きは、礼儀正しく接する必要があるタイプの、ガールズバーです」
「ふむ」
「会員制で、かつ紹介制なので、紹介があった人のみが会員として訪れることができる仕組みとなっております。
店員は現役大学生の女性で、ミスコン、つまり美人コンテストの、最低でも最終予選まで進んでいる人に限られております。
いわば才色兼備の若い女性を集めた場なので、ニホンの大物政治家や企業のトップなどの御用達なんですよ」
「興味深いな」
ミスコンはブランクープにもあるが、昔からある相場が決まっているので、私は正直底まで期待しない方がいいと思った。
最も美貌に優れている人間は、美貌を「競う」コンテストになど、そもそも出る必要がない。競わずとも、自らの容姿が優れているという自信があるからだ。
コンテストに出場しようとする時点で、競争の中で自分の地位を確かめなければ美貌に自信を持てない、二流の美女だろう。
娼婦でこそなくとも、一定の類似性のあるフーゾク産業に回されていることも、そのことを裏付けているはずだ。
それを知ってか知らずか、サカモトは、それでもその店に向かうのを楽しみにしているようだったので、そこは何も言わずにおいた。
「ちなみに、サカモトは既に会員なんだよな?普段からよく通っているのか?」
「月に一度ぐらいですかね。連載の区切りがついたときや、出版・重版が決まったときのための、ちょっとした贅沢ですよ」
それなら、恐らくは、レベルを知っていて楽しみにしているのだろう。
サカモトは、女なら誰でもいい類の男か、競わない真のトップクラスの美女を知らない類の男かのいずれに違いない。
「着きましたよ」
ロッポンギの迷路のような裏通りを、話しながらたどっているうちに、その店に着いた。
中に入ると、明かりは外に比べて抑えられており、意外と落ち着いた雰囲気であった。
迎えに出たのも、女性であった。
「いらっしゃいませ、サカモト様ですね。お連れのお客様は?」
「勇者、フンドシイッチョさんだ」
「ああ、あの勇者…。本日は、紹介ということでよろしいですね?会員証を発行しますので、こちらの書類に記入していただけますか?」
私は、渡された書類に記入し、女性に渡した。
「確認します。えっと、職業、勇者って…。少々お待ちください」
女性は、店の奥の方に引っ込んでいった。
「偽の職業だと疑われているようですが、大丈夫ですよ。ここの店主には既に話を付けているので、問題なく会員証は発行されるはずです」
サカモトは、私にそう言った。
事実、その通りになり、やがて戻ってきた女性は、
「ご記入ありがとうございます。こちらが、フンドシイッチョさんの会員証となります」
と言って、会員証を渡してきた。そして女性は、今度はサカモトに尋ねる。
「本日のバーテンの、ご指名はありますか?」
「誰でもいいよ。フンドシイッチョさんも構いませんよね?」
「ああ」
「カウンターとテーブルは、どちらがよろしいでしょうか?」
「いつも通り、カウンターで構わない」
「承知しました。どうぞ、こちらへ」
女性に案内されたのは、高さが通常の1.5倍ぐらいある椅子と、それに合わせて作られた高めで、長い台のようなものが置かれた場所だった。
「こちらとなります」
「ありがとう」
指定された席に座ると、台の反対側で酒を混ぜ合わせていた別の女性が、
「本日は何になさいますか?」
と尋ねてきたので、サカモトは、
「本日のマティーニを二つ」
と答えた。女性は、
「かしこまりました」
と言って、何やらお酒を混ぜ合わせ始めた。
「マティーニとは?」
「代表的なカクテルですね。バーでは、カクテルと言って、お酒やその他の飲み物を混ぜて作る、
美しく、度数とお値段が高めで、一般的には飲みやすい味のお酒を楽しむことができるんですよ」
「ウィスキーやビールのような、単純な酒ではないのだな。そうして酒に凝るのは、何故なのだ?」
「醸造酒も蒸留酒も、独特の癖がありますよね?その癖には慣れないけど、それでも酔いを楽しみたいという人なんかも、結構いるんです。
そういう人にとっては、お酒を一つの芸術にして、飲みやすい味を作ることは、お酒を楽しむための大きな手段になります。だから、カクテルは作られるんです」
そう話していると、女性がグラスを二つ、私達に差し出した。
「お待たせいたしました。本日のマティーニです。
ベルモットは一滴に絞ったドライな味わいですが、そこにあえて、マリリン・モンロー風に砂糖を一つまみ入れたので、ドライな香気を利かせつつ、甘美な味わいも楽しめるものになっているでしょう」
「ドライ・モンロー・マティーニ、という訳だな」
「敢えて名付けるなら、そうなりますね」
サカモトは一啜りして、言った。
「ドライで鋭いジンの辛味に、後からほんのり香る砂糖の甘味。この組み合わせ、結構いけるね」
「そう言って頂けると、ありがたいです」
私も試してみた。ジンだのベルモットだのマリリン・モンローだのは意味が分からなかったが、
確かに甘さと辛さが組み合わさっていて、中々美味しく飲めるものであった。
「ふむ。ドラゴンウィスキーのロックの方が好みだが、これも悪くはないな」
「でしょう?ところで、例の政治家はこの頃どうなんだい?」
「サカモト様が嗅ぎまわっていることに薄々気づいたみたいで、少し慎重になっているようです。
が、相変わらずあの子と密会を続けていますね。
それで、ブンシュンにはいつ流すのです?既に十分な証拠はお渡ししたはずですが」
「今はまだ政治的手腕に一目置ける節があるから、やめておく。
だが、この話がなくても政治家生命が十分危ういという状況になったら、遠慮なくトドメは刺させてもらう。
彼には汚職疑惑もあるからね。流すとしたら、まずはそっちの線だが、これもタイミングが重要だ。
今のところ、私は彼の失脚を望んではいない。が、全ては私の気分次第だな」
「サカモト様も結構なワルですよね。自分が支持しない政治家は徹底的にスキャンダルで潰させ、支持する政治家のスキャンダルは握り潰す、ということになりますと」
「情報を握れば、権力なんてどうとでもなるってことさ。事実上の権力者は、表の権力者ではなく、彼らの情報を握っている情報屋、という訳で」
「なるほど」
女性は感心しているようだったが、私には、それは殆ど強請りか脅かしに見えた。
権力者に不正があるのならば、その不正は直ちに正されるべきなのを、個人の都合で見逃したり、
過度に厳しく糾弾したりするのが、ニホンの情報発信者の為すことなのだとしたら、
権力者を選ぶ時でさえ、ニホンのシノビどもには、選択の余地が限られてしまっている、と言うことだ。
ブランクープでは、権力者が情報発信しているので、その威力を私は間近に見てきた。情報発信の威力は、権力者が権力者のために利用するものであり、誰がどう見てもそうであるように、ごまかしがなかった。
一方、ニホンでは、情報発信の威力は、どうやら、政治家の不正を暴くという形をとり、情報発信者が人々のためであるかのように見せかけて、その実情報発信者自身のために行われているのである。
娼婦になりきらないフーゾクの女もタチが悪いが、情報発信者も同じぐらいタチが悪いと思った。
私がそんなことを考えているとは知らず、サカモトは、引き続き呑気に女性に話しかけていた。
「ところで、君、今夜この後どう?」
「申し訳ございません。先約がありますので…」
「今夜、どう」と尋ねるサカモトの眼中には、私は入っていなかった。
仮に先約が無かったら、私は今宵、トラノモンのサカモトの家に戻れなくなっていただろう。
ひどい話である。





