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人間と鋼鉄の怪物、そしてサラリーマン

SANYを出た後、私もサカモトも終始無言で、どこか気まずい雰囲気になってしまった。


「あれは、人間ではありません」


女性の言葉は、耳に嫌な響きを残していた。


データが残っていれば、人一人殺して…「消して」いいのか?

一瞬とはいえ、動揺した中に、データとは異なる記憶もできたはずだろうに。


「なあ、サカモト、あれ、どう思った?」


…と思い切って尋ねたくなったが、言葉にできなかった。


鉄ミミズの中で、先に口を開いたのはサカモトだった。


「フンドシイッチョさんは、こういうのに慣れているんでしょう?」

「え?」

「勇者様なのだとしたら」

「いや、目の前で人が人を殺したのは見たことがないな」

「私もそれは考えていましたが、結論から言えば、あれは人とは言えませんよ。こう考えてみてはいかがでしょう?

あれは、通常の誕生方法ではなく、データから作り出されています。しかも、全て人工物で構成されていました。

あなたの宿敵、『鋼鉄の怪物』の同類ですよ。怪物だったんです。

そうだとすれば、人が怪物を殺すのは、見慣れた光景のはずではありませんか?」

「しかし、あれは怪物には見えなかったが」

「勇者様がまさか見た目でごまかされるとは思うておりまへんでした。

魔物や怪物にも、人間そっくりのものはいたはずですよ?」


サカモトは畳みかけてきた。少々オオサカの言葉を混ぜて。


恐らく、一番そういうことにしておきたいのは、サカモト自身なのだろう。

だが、この手の話は、ごまかして終わらせるより、はっきりさせておいた方がお互いにとっていいはずだ。


「人間の記憶を持ち、人間の肉体を持っていれば、それは人間ではないのか?」

「肉体は人間ではありませんよ。人工物でしたから」

「しかし、そうなると、人間が怪物を作り出したことになるが?」

「ええ、そうです。『鋼鉄の怪物』も、作ったのは人間ですよ」


薄々そんな予感もしてはいたが、やはりそうだったのか。

でなければ、あんな巨大な鉄ムカデを手なずけられるはずがない。

科学は、怪物を飼い慣らす以前に、そもそも怪物を生み出していたのだ。


「これでは、まるで人間の方が魔族だな」

「この世界では、その魔族も、結局は人間が作り出したことになっていますから。別の意味で、なんですけどね」

「というと?」

「つまりは、妄想か、飛躍しすぎた想像ですよ」

「では魔族は存在しないのか?」

「ええ」


それなら、怪物など飼っているのは、意味不明であった。


「それなら、なぜ怪物を飼い慣らしたりなど?」

「自分たちの利益のため、あるいは、他の()()()国家に対抗するためですかね」

「…そういえばアメリカがニホンをニュークで打ち負かしたなんて話もあったな。

この世界では、人間同士が戦うのは当たり前のことなのか?」

「ええ。戦いがなければ、権力者は都合のいいガス抜きの手段を失ってしまいますから」

「魔王亡き後のブランクープは平和を維持できていたが?」

「それは、『設定』というか、願望ですよ。人類は、一方では平和を望みながら、やはり些細な理由で戦っているのです」

「前々から思っていたが、シノビどもは恐ろしい技術を持つ一方で、恐ろしく愚かな部分があるのだな」


言いつつ、引っかかることがあった。

「設定」?願望?


まさか、ニホンは願望によって、「鋼鉄の怪物集団」が現れる以前から、ずっとブランクープに介入していたのか?


サカモトがしばしの沈黙の後に答えた。


「かもしれませんね。しかし、こういう難しいトークは続ければいつまでも終わらなくなりますから、一旦切り上げて、家に戻りましょうか。

フンドシイッチョさんがテレビに出る際は、勇者様の元の格好に戻ってほしいという希望が伝えられているので、その服装に着替えるなり、持っていくなり、していただきたいと思います。

あ、当然ですが、聖剣シュヴァルツフントは置いていってくださいね」

「何故勇者の格好に?」

「あなたは、勇者様の格好で登場してエンジョーし、注目を集めたからこそ、テレビに呼ばれているのです。

それに、夜遊びする際も勇者だと知られていた方が、何かと都合がいいかもしれませんよ?」

「やはり、情報収集以上にそっちが目的だったという訳か」

「野暮なことは言わないでくださいよ。人生、遊ばなければ、払ってきた苦労の元が取れません。

それに、作家は遊び心を忘れては創造性に響きますしね」


全く、似たり寄ったりのことを書くだけで生きていけるのなら、呑気な職業だ。


「そういえば、前に、サカモトは作家だから自由がきく、と言っていたが、他のシノビは何をして生活しているのだね?」

「大抵の人はサラリーマンですね。毎日満員電車に揺られ、月曜日から金曜日まで、朝から晩まで働き詰めですよ。

その割には、成功した作家がもらえるほどの金ももらえないで、多くはトーキョーから少し離れたマッチ箱ともウサギ小屋とも言われる狭い部屋住まいです。

まあ、見方次第では、遊ぶ時間がないから、使うお金もそのぐらいでいいでしょ、ってことなのか」

「何故そんな職を選ぶのかね?」

「シューカツというよくできたシステムがあって、そこから零れ落ちると一生貧乏になるか、極端な金持ちになるかの二者択一なんですよ。

一方で、そのシステムに乗っかっておけば、一応の収入と安定が得られる。だから、自分に自信が持てない人は、

とりあえずそのシステムに乗っかった方がマシだと考え、サラリーマンになるのです」

「若いうちは冒険の一つや二つ、しておけばいいものを」

「できないから、代わりに冒険したことにしてくれる小説なんかが流行るんです」

「自分の人生は、誰のものにも代えられないだろうに」

「でも、入れ込みさえすれば、疑似体験ができますから」

「そんなことでは、虚しくならないのか?」

「なる人はいますね。だからつい最近まで、ニホンは世界でもトップクラスの自殺大国でした。

でも、最近はマシになっているようです。曖昧な教育で、うまい具合に自殺する意欲すら削いで、飼い殺しにすることに成功したというのか」

「それでは、奴隷と変わらないな」

「ええ。だから、彼らは、社畜と呼ばれることになるわけです。カイシャの家畜、組織の家畜、とね」

「奴隷にすらなれず、家畜扱いか。ブランクープでそんなことしたら、死刑は免れんだろうな」


しかし、そんな家畜扱いされているシノビですら、鉄ミミズに乗って平然としているのだから、全くよく分からない。

人間の権力者には媚びへつらい従い、エンジョーした人間や、鋼鉄の怪物を見下すことで、留飲を下げているということなのか?


そんな話をしているうちに、鉄ミミズはシンバシに戻ったので、私とサカモトは降りて、トラノモンの家に帰った。

この勇者、意外と哲学的なんです。

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