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データとリアル

今回はSF要素が強めに出てきます。謎に迫るピースが、少しずつ…。

「何だねこれは?」

「SANYのような高度な技術を扱う企業には、誰でもホイホイ入れられるわけではないんですよ。

それで、識別を可能にするために発行されるのが、このカードです」

「結界を突破するための鍵のようなものかね?」

「まあ、そんなところです」


しかし、人間すら弾く結界など初耳だ。

そうまでして人から隠すべき、恐ろしい秘密でも抱えているのなら、SANYはきっとこの世界の裏側で暗躍している組織の一つに違いない。


少なくとも、彼らの技術は、疑似世界を作る技術だけでは終わらない、ということだけは確信した。


私とサカモトがカードを首にかけると、ハマナカは、


「このゲートにカードをかざしてください」


と言った。


見ると、そこには、カイサツに似た鋼鉄の怪物が置かれていた。


「さて、今回見てほしいのは、SANYの誇る様々な最先端技術です。

トーダイなど、限られたお客様にしか見せていないので、きっと貴重な体験になるはずです」

「トーダイ?」


サカモトがそっと私に耳打ちする。


「ニホンで一番の賢者が集って学問を究める機関ですね。ホンゴーにあります」


既に恐ろしい科学を、尚も磨かねばならぬというのか?

シノビどもは、一体どこまで進むつもりなのだろうか。


「究める?私からは見れば、既に科学は究められているように見えるが?」

「まだまだですよ。世界の謎はいや増すばかりです。まあ、仮にその謎が解明されても、素人に言わせれば、

今ではその説明自体がまた一つの謎になってしまうほど複雑怪奇なんですけどね」

「世界はシンプルだろ。神がこの世界を作った。全ては神の作った法則に従う。そういうことじゃないのか?」

「簡単に言えば、科学は、『神の有無にかかわらず、最終的に私達は神の如く、

世界を作ろうと思えば作れるだけの知識を手に入れられる』という考えの上で成り立っています。

その知識が全て応用されるまでにはまだまだ時間がかかりそうですが、だから、例えば『神託』も目指しているのも、人工の神なのであって」

「魔王ですらそんなことまでは考えない。この世界の人間は魔王よりも恐ろしいということだけは、話を聞く度に感じさせられるよ」


そんなことを話しているうちに、私達はSANY本社内のどこかの階の、カウンターのようなところに行きついた。


「ようこそ、SANYフューチャーミュージアムへ」


カウンターの女性に声をかけられた。女性が私達をカウンターの中へと案内すると、いきなり映像が空中に浮かび上がり、どこからともなく音声が流れた。


「SANYは信じられない新世界を作り出し、それを信じさせることに成功してきました。

トランジスタラジオにより、コンパクトに音を持ってくることに成功したSANYは、

更にいつでも好きな音楽を持ち運べるマンウォーク、素晴らしいゲーム世界を生み出すステーションプレイ、

高度なグラフィックスで砂粒一つまで伝える高解像度スクリーンなどを開発してきました。

そして、今、私達は新たな一歩を踏み出そうとしています。その一歩を、あなたにだけ先取りする場所。

それが、SANYフューチャーミュージアムなのです」


映像が消えると、何やら奇妙奇天烈な、これまで見たことがない鋼鉄の怪物が並んでいた。


勝手に話し始める箱や、音楽を流すランプ、匂いや触感までやり取りできる最新のVR、…。


一つ一つに驚くのも疲れるほどだった。

SANYは、世界を部分的にであれ作り出すことに成功しており、既に神の領域に肉薄していた。

しかし、国民一人幸せにできない間の抜けたところもあるシノビどもに、こんな技術を扱えるのか、私は一抹の不安を覚えた。


やはり、彼らは、技術を制するのではなく、技術に溺れていたのだ。

紹介の仕方を見るに、本人たちは技術を制しているつもりらしいが、技術によって、彼らの行動は巧みに変質させられていた。


この世界は、一歩間違えれば崩壊するだろう。

神になるべきではなかった偽りの神によって。


そんなことはあえて口には出さず、思いを巡らせながら意味不明な「科学」の話をボーっと聞き流していたが、女性はあるところで立ち止まった。


「そして今、研究途上にあるのが、データとリアルの相互変換です。

データでしかない存在を現実の存在に変換したり、現実の存在、例えば人格をデータとして保存するための研究です」


サカモトが尋ねた。


「データとして?」

「はい。データとして保存し、いつでも現実の存在に呼び戻せるようにすることで、人格は事実上の不死を手にすることができます」


不死。世界創造と並ぶ神の領域。

SANYは、そこまで迫っていたのか。


「ただし、データはそのままでは人間の形を保てません。そこで、必要な場合に限りデータを現実の肉体を持った人間に変換しなければならないのです。

今から、実際に人間を作ってみましょう。データは、3か月前に亡くなったドナーのもので、その死の1か月前に提供されております」


言いながら、女性は何やら目の前の奇妙な怪物に入力し始めた。

ラップトップに似ているが、そのラップトップに巨大なガラス張りの円筒と、黒い箱がくっついている、見るからに不気味な怪物だった。

あれは、恐らくラップトップの上位種だろう。だから、「神託」をも上回る神の所業として、人間を生み出すこともできるということか。


「では、始めますね」


女性がそういうと、ラップトップの画面が明滅し始め、円筒の中に黒い箱から刃のようなものが出てきて、そのたびに円筒内で赤い光が走った。


最初は訳が分からなかったが、やがて、何やら足のようなものが現れてきたので分かった。

あの刃は、人間の断面を作成し、積み重ねていた。


思わず私はつぶやく。


「死者の蘇生か?」


それを拾った女性が答える。


「正確には違いますが、似たようなところですね」


サカモトですら驚いているらしく、目を見開いていた。

ハマナカは、見慣れているのか、無表情であった。否、少し笑っているようにも見えた。

まるで、死者をよみがえらせることは、世界に対して自らの知力を誇示することである、とでも言わんばかりに。


私がそんなハマナカのことを少々気味悪く思っているうちに、人体が完成した。


すると、黒い箱の中から、赤い液体で満たされた針のようなものが出て来て、人体の胸を刺し、液体を流し込んだ。


女性が説明する。


「あれは人工血液です。皮膚、筋肉、骨格、内臓など、全て現実の人間を参考にしていますが、実際には人工的に作られたものとなっております。

現在はまだ試作段階なので、医療機関に当たれば、この人間が人間ではないことが分かってしまいますが、

将来的には万能細胞を用いて、生身の人間を製造することを目指しております。

ただ、それでも記憶などはデータチップとして埋めざるを得ない可能性は高いですが」


液体が完全に流し込まれると、胸の穴は塞がれ、箱からはパッドのようなものが二つ出され、たすき掛けであてがわれた。


「仕上げにああやってデンキを流すと、いよいよ完成です」


女性が言っているうちに、ドン、という音が二、三回円筒から発せられ、パッドは引っ込められ、…作られた人体は目を開いた。


「…ここは、SANYですか?私は復活させられたんですね?」

「ええ」

「ということは、既に本物の私は死んでいるんですか?」

「そうなりますね」


それを聞いて、人造人間は叫んだ。


「…あれから、まだ4ヶ月しか経っていないのに、そんなのあり得ませんよ!」

「一寸先は闇です。あなたはお若かったのですが、残念ながら事故で…」

「嘘だ!これは夢だ!ここから出してくれ!」


人造人間は円筒を叩き始めた。女性は、


「仕方がありませんね…」


と言って、ラップトップにまた何か入力した。


すると、円筒内に赤い煙が充満し、


「ゴホッ、ゴホッ、何をしたんだ?」


人造人間が咳込み、やがてその咳も聞こえなくなり、人造人間の姿が見えなくなるほど煙が濃くなり、

…煙が晴れると、人造人間は跡形もなく消えていた。


思わず私は尋ねた。


「シノビの術でどこかに逃げたのか?」

「いえ、私が消したのです」


女性は、こともなげにそう言った。そして続けた。


「お見苦しいところをお見せしました。まだ開発途上なので、いざ再び現実化しても、ああやって動揺して錯乱するケースも多いんですよ。

データはちゃんと残っておりますし、あれは人間ではありませんから、殺人などと騒いだりしないでくださいね?」


女性は、私に目を合わせてそう言った。

まるで、私が人殺し魔女を許すまい、と怒りに燃えているのを見透かしたかのように。


ここでハマナカが口を開いた。


「この技術は表ざたになれば、倫理問題だの国際法規制だののややこしい問題を生み出す可能性を孕んでいるので、他言は無用でお願いします。

私達としては、やがて堂々と表に出せる機会を願ってはいるのですが」


そう言ったハマナカの目は、怪しく光っていた。


私は、逃げ出したい気分になった。


魔王を前にしても勝てると思えた私なのに、久々に心底恐怖を感じたのだった。

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