ラップトップと作家、及び小説家になろう
サカモトは私がラップトップと睨めっこしているのを見て、
「何をお調べになっていたのです?」
と尋ねてきた。私は大体調べたことを伝えた。
「なるほど。ニュークの持ち込みですか…」
サカモトは何かを考えている様子だった。
「そうだ、いい機会ですから、今日はシナガワにある、先端技術に長けた企業を訪れましょうか。
しばらく前から、ハマナカに誘われていたんですよ。ネタにもなるだろうから一度見に来いって」
「そこは菱友重工よりすごいのか?」
「ええ、何せ、世界のSANYですから」
次から次へと気味の悪い組織が出てくるものだ。
だが、恐らく「鋼鉄の怪物集団」につながる何かが得られそうだと踏んだので、私は承諾することとした。
「それと、実はあなたにテレビ出演の依頼も来ているんですよ」
「テレビ?」
「画面に発信者が一方的にお好みのコンテンツを送信し、受信者は気が向いたらその画面を確認する、そんな装置です」
「何を発信するんだね?」
「娯楽、教育、情報などですね」
「一方的ということは、内容は選べないのかね?」
「見る時間をずらすことで選びます。あるいは、ビデオ録画しておくことで、送信内容を保存しておくか」
「随分とややこしいな。インターネットならいつでもどこでも好きな情報を送受信できるのだろう?
何故そんなややこしいものが存在するのだ?」
「テレビの方が古いからですね。ネットに疎い高齢者でも楽しめますし」
「伝統の力、という訳だ」
「まあ、そうなりますね」
それにしても、私がテレビに出演するべき理由は思い当たらない。これもエンジョーの副作用か?
「で、私がテレビに出演することを求められる理由は?」
「偉大なる勇者様ですもの。むしろ発信しない理由がないではありませんか」
「…分かった。それはいつだね?」
「今日の夕方の情報番組です。私がいろいろあってコメンテーターとして出ている」
「なるほどね。それなら、今日はこれからSANYを見た後、そのテレビとやらに出る訳だな?」
「そういうことです」
とりあえず承諾はしたが、何をすればいいのかは検討がつかない。
「鋼鉄の怪物集団」に関する情報提供でも呼びかけようか。
私の存在を知らしめれば、暗殺者に狙われるリスクが高まる半面、知名度故の協力者が増えることも期待できる。情報も得やすくなるだろう。
ニホンの暗殺者は恐ろしく強いかもしれないが、虎穴に入らざれば虎子を得ず、ここは覚悟を決めておいた。
サカモトがまた話し始めた。
「さて、本来なら早速SANYに行きたいところなのですが、時間調整が利くとはいえ、作家も仕事はしないといけませんからね。
少し私の朝の仕事を見てもらってからにしましょう。この際ですし」
「いいだろう」
私がそういうとサカモトは、リビングのテーブルの上に置いてあったもう一台のラップトップを起動させ、何やら打ち込み始めた。
「羽ペンとインクではないのか?」
「今の時代、活字に比べて見づらい手書きの原稿なんて、出版社からは殆ど受け付けられてすらいませんよ」
「しかし、文章は手で書いてこそのものだろう。鋼鉄の怪物に代筆させたら、それはサカモトの作品ではないのではないか?」
「ラップトップに意識はありませんし、ラップトップは完全に私の指示通りに動きますから、出てくるのは紛れもなく私の文章ですよ?」
そう言って、サカモトは少しムッとした様子になった。
しかし、いくらサカモトを含むシノビが、ラップトップのような怪物を制御しているとしても、
消える画面上に文字を入れてしまえば、小説はその画面が表示されている間しか存在しないこととなる。
紙に残せば、紙が存在する限り存在するのだから、画面の気まぐれ次第であったりなくなったりする、
ラップトップ上の小説は、やはりサカモトの手を離れて、ラップトップに支配されてしまっている。
しかも、ニホンのややこしい漢字の変換などは、ラップトップ側が答えを提供しているのだから、
作者は誤りがあって、かつそれに気付いた場合は、ラップトップの文章を採用することとなり、
文章面でもラップトップに支配されることとなる。
故に文章の真の作者は、やはりサカモトではなく、サカモトのラップトップのはずだ。
私はそう思ったが、不毛なのでサカモトには言わずにおいた。
「それで、サカモトはどんな小説を書いているのだね?」
「今お見せしますね」
見せられたのは、「小説家になろう」と書かれたページだった。
「少々お待ちください。…今私が書いているのは、この『最弱ニート、バナナで滑って転生し、最強魔王として大暴れ』ですね」
「少し見せてくれ」
見ると、最弱のニートが何故かバナナで滑っただけで死に、何故か転生したら最強の魔王になっていて大暴れしている、という支離滅裂な内容だった。
最弱というのだから、ニートとは、ブランクープにおけるスライムのようなものなのだろう。
「訳が分からん。まったく意味不明だ。そもそも何故転生するのか、何故転生したらよりによって魔王なのか」
「しかし、これでもランキングに入って、書籍化も決まっているんですよ」
「それなら、他のランキング作品も見せてもらおうか」
「いいですよ。みんな多かれ少なかれ似たようなものですけど」
そして読んでみたところ、確かに多かれ少なかれ似たようなものだった。
ブランクープと思われるが微妙に描写が間違っている、ニホンから見た異世界を舞台にしていたり、
最強とされる主人公が暴れまわていたり、何らかの理由で転生していたり。
それらの要素が一つも入っていないものは、上位には一つもなかった。
書物とは現実を描写するもの、たとえ小説にせよ、現実との何らかの対応性があってこそのもの。
少なくともブランクープではそうだったから、このようないわば現実逃避の作品が横並びでもてはやされているのは解せなかった。
きっとこういうことなのだろう。
最強を描くのは、自らが無力だから。
異世界を描くのは、現実への不満があるから。
転生を描くのは、今の人生に満足していないから。
ブランクープでは、架空の世界ですら、現実を風刺という形で何とか見詰めなおし、解決策を探るための装置だった。
私が見る限り、ニホンから見たい世界を書いた小説は、ただ強さの爽快感を共有したい弱者のための、
何の解決にもならない一時的な逃避以上の何物でもなく、そこには風刺すらなかった。
「ひどい有様だな」
「ええ。でも、それが人々に受け入れられるのは、人々がそれを求めているからなんですよ」
それを求める人々も、一時の楽しみが問題解決だと思っているのに違いあるまい。
誠に素晴らしいシノビの知恵である。
きっと、これらは酒のようなものなのだろう。
酒も、一時の爽快感を与えるが、問題解決への道筋を示すことはほぼない。
ただ、これでいくつか分かったことがある。
まず、ブランクープの情報は、多かれ少なかれ、そして脚色があったり、勇者の名がてんでバラバラで、かつ全て誤っていたりすれども、ニホンでは広く知られているものであるということ。
それがサカモトなどの限られたシノビに特別な訳ではないどころか、むしろ誰でも知っているらしいこと。
続いて、ニホンの作家は風刺を知らず、明るい異世界、青い隣の芝生、美化された最強の人物を描くことで、社会のガス抜きをしているらしい、ということ。
ブランクープの風刺の古典である『狂乱女神礼讃』や『オリバー旅行記』は、残念ながら伝わってはいないのだろう。
最後に、ニホンでは、その手のガス抜きに頼らざるを得ないほど、国民が不幸であるということ。
シノビたちは、科学を持っていても、あるいはさほど賢明ではないのかもしれない、
私はつい、サカモトにこう漏らしてしまった。
「かつて、ブランクープのある魔法使いが言っていた。『技術を制する者は世界を制し、技術に溺れる者は技術に制せらる』、と。
作家たちは、どうも科学の技術、インターネットだかラップトップだかに操られているように思えてくる。
技術を制する側ではなく、技術に溺れる側になっているのではないか?
でなければ、こうも似たり寄ったりのものがランキング上位を独占することはないのではないか?」
「作家たちは自主性をもって書いていますから、技術の操り人形に成り下がっていることはありませんよ」
サカモトは明らかに不機嫌だったので、これ以上ツッコむのはやめにして、心中で問い直すにとどめた。
本当にそうだろうか?
なろうが舞台に出てくる(しかも辛口気味)ので、勇者に考えさせられることがあるかもしれません。





