インターネットとLine
スズキと別れ、シューデンという呪文らしきものによって鉄ミミズが眠ってしまったので、
私は嬉々として、サカモトは嫌々ながら、歩いてトラノモンのサカモトの家に戻った。
タクシーという鉄の箱は24時間動いているらしいが、私が断ったのだ。歩いて10分ぐらい、化け物の力を借りずとも良かろう。
家に帰ると、サカモトはラップトップという折り畳み式の板を貸してくれた。
「私はもう一台持っているんで、これ、必要なら使っていいですよ。あなたが本当に勇者様なのでしたら、うちにいる間は、どうぞご自由にお使いくださいな。あ、家からの持ち出しはナシでお願いしますけど」
聞いたところ、どうやらラップトップとは、スマートフォンの高級版らしい。
スマホ一つでも「神託」をはじめとする恐ろしいことができるのだから、ラップトップを使えば、そこらの村人でも魔王一人ぐらいは簡単に殺せるに違いない。
ラップトップは確かに高級そうだった。
板自体が大きい上に、スマホでは浮かんでは消える不安定なボタンが、いつでも使えるように固定でくっついている。
これなら、好きな時に好きなように呪文を入力できるに違いない。
例えば「神託」の起動呪文は、
https://g**gle.com
であるが、これによって当然のように「神託」の画面にアクセスできるというのを、サカモトは実演してくれた。
「これはブラウザと呼ばれるもので、この黒い四角の中にURLと呼ばれる呪文を入れると、様々なことができる画面を召喚できます。
URLが分からない場合は、適当な言葉を入れれば、『神託』によって適切な画面へと案内されます。
ちなみに、『神託』はインターネットのほんの一部分でしかありません。自らの発言を発信したり、個人的な発言を受信したりすることもできるのですよ」
なるほど。遠隔通信はどんな魔術でもできないので、ブランクープでは伝書鳩に任されている。
その伝書鳩だと、辺境から朝送られたメッセージが王都に届くころには、夕方になってしまう。
それに対し、インターネットを使えば、朝送ったメッセージは、そのまま朝届くのだ。
こんなに迅速に情報が伝わるのであれば、少なくとも私達には不意打ちの余地はない。
あのシノビたちが「鋼鉄の怪物集団」から返り討ちに遭ったのも合点がいく。
「ところで、フンドシイッチョさんも、Lineを始めてみませんか?」
「何故?」
「ニホンでは、Lineを使っていない人は市民権が得られないに等しい状況に置かれます。
友人関係からも隔絶され、様々な人からのお誘いも受けられなくなります」
「私は友人を作りにニホンに来たわけではないのでな。メールで十分なのではないか?」
「メールだと、相手がメッセージを読んだか、返信が来ない限り分かる術がありません」
「別にそれでいいではないか。何の問題があるのだね?」
「既読無視・未読無視という社交スキルが使えなくなります」
「何だねそれは?」
「ニホンの人々は、『生きてるけど面倒だから返信しない』などという意思表示を行うために、既読無視・未読無視というスキルを使います。
これは、LineやFacebookという類似サービスなどで導入されている、既読通知機能を応用したものです。
それによって、『読んだ』、『読む気もない』、等々のメッセージを発信できるので、我々はこの機能を非常に重宝しております」
「そもそも、読む義務もなければ返信する義務もないのではないか?
ブランクープにおける手紙ならそうだったが」
「それもいいのですが、それだと時間がかかり、インターネットの利点が生きなくなってしまいます。
ですから、返信・既読無視・未読無視を含む何らかのメッセージの発信は、インターネット上では不可欠なのです。
ニホンの人々はせっかちなので、30分もメッセージが来なければ、無礼だとみなす傾向があります」
「疲れそうだな」
「ええ、疲れます。ですが、ニホンでは、集団の中で生きていくことも伝統です。多少疲れても集団のルールに従ったほうが、疲れ方はマシになります」
「そんなものかね。だが、私は誰にも媚びる気がないので、やめておく。
勇者というのは、必要のないことで体力を消耗したりはしない。
何せ、いつ怪物と戦うことになるのか分からないのだからな。
そんなことは、国王に媚びなければ大臣位一つとれない、遊惰な宮廷貴族どもにやらせておけばいいのだ」
「はあ」
私は、ここが切り上げ時だと思った。鉄ミミズですら眠っているのだ。普段早寝の私は、既に異様に眠くなっている。
眠気を蓄積させすぎると、遂には気配感知能力まで眠ってしまって、闇討ちに対応できなくなるから、睡眠は非常に重要なのだ。
「そんなことよりも、そろそろ寝ようと思う。私は早起きなのでな。
明日はこの『インターネット』を使って今日見聞きしたことを補充で調べなくてはならないし」
「分かりました。おやすみなさい」
そうして割り当てられた自室に入り、寝床でボーっとしていると、思考が何となく流れてきた。
ニホンの人々はそのLineとやらに体力を削られているはずなのに、なぜ怪物集団を操れるのだろうか?
きっと、恐ろしいほどの体力を持っているのに違いない。シノビか、科学の力だろう。
私だったら、それだけの体力があれば複雑怪奇な対話術であるLineごときに無駄遣いはしないが。
無視すら社交スキルになる世界など、私にはとても入っていけない。魔王百体相手にした方がまだマシだ。
媚びを売り、なれ合いにも慣れている宮廷貴族ですら、耐えられるか分からない。
思考がグルグルめぐり、恐ろしく強い一方で、恐ろしく間の抜けているニホンのシノビどもの心理が
ますます分からなくなっているうちに、私は眠りに落ちた。
勇者のリアル世界生活の一日目が終わりました。
明日は勇者にとって、どんな日になるのでしょうか…?





