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もう一軒とエンジョー

スズキ、サカモト、編集長とともに、近くのもう一軒に移った。


小さめの鋼鉄の塔の中にある、「カラオケ」という酒場であった。


奇妙なことに、時間制限付き飲み放題なる制度があるということで、それを利用することとした。


私はまず菱友重工について確かめたいと思ったので、スズキの話を聞くこととした。

カチョーのマキタほどではないにせよ、設計課にいるのなら、少しは鋼鉄の怪物についても知っているはずだ。


「スズキさん、菱友重工は鋼鉄の怪物を作るのかね?」

「え?」


急いでサカモトが、何やらスズキに耳打ちした。


「…そういう『設定』のようなので、適当に乗ってあげてください」


という部分だけ、聞き取ることができた。


スズキはかすかにうなずいて、答えた。


「菱友重工を含む菱友グループでは、…」


と、突如、編集長が、小型の球体がついた奇妙な棒を持って、急にしゃべりだした。


「じゃあ、まず私から歌わせていただきますね。『月に輝く夜桜』」


そして、いきなり大音量の音楽が流れだし、スマホよりもはるかに大型の画面が明滅し始めた。

そして、編集長は歌いだした。その編集長の声も、無駄に大きかった。

どうやら、あの棒は人の声を大きくする魔術、否、科学を秘めているらしい。


私は戸惑ったが、ともかくスズキに続けてもらった。


「菱友グループでは、電車、自動車、船舶、コンピュータ、あらゆる機械を製造しております。重工は、その一端を担っているのです」

「とんでもない大組織なのだね」

「はい」

「それで、『鋼鉄の怪物集団』をブランクープに送り込んだのも君たちかね?」

「いえ、それは違います。サカモトさんから伺ったお話を踏まえると、少なくとも一つ、私達には製造できない兵器も存在しますし」

「それは?」

「カク兵器です。町を一瞬で破壊したという光球」


聞いたこともない名前だ。しかし、町一つを一瞬で破壊できる以上、恐ろしい武器であるには違いない。


「何故作れないのかね?」

「作ることが認められている国が、アメリカ、イギリス、フランス、チュウゴク、ロシアの五か国に限られているからです。

一部これに違反している国もありますが、少なくともニホンはそれには反しておりません」


なるほど。

サカモトが言っていたニホンよりも恐ろしい国があるというのは、こういうことだったのか。


「ところで、さっきから編集長が騒がしいが、カラオケとは歌を歌う酒場なのかね?」

「むしろ、歌がメインで、お酒はおまけのような酒場です」

「なぜわざわざこんなところまで出て来て歌うのだ?歌いたければ自宅ででも歌えばよかろうに」

「世の中にはホームカラオケもあるにはありますが、歌を自宅で歌っても近所からうるさがられることもあるので、そうもいかない人も多いんですよ」

「それにしても、一人で行けばいいだろう。人に聞かせて何になるんだね?」

「盛り上がった気分になれるので、みんなでストレスを発散できます。

逆に言うと、盛り上がれない曲選びや歌い方を行う人は、嫌われます」


調子外れな歌を大音量で聞く方がストレスになりそうだ。

しかも歌う場でありながら、「盛り上がり」とやらのために人々に媚びなければならないとは。

やはり、一人で好きな歌を好きな場所で歌った方がいいと思った。


ニホンの人々は、どうにも奇妙な文化を持っているものだ。

だが、それもまた科学か伝統の賜物なのだろう。


もう一つ私が気になっていたことをスズキに尋ねることとした。


「ところで、エンジョーとは何だね?私は少なくとも燃え上がってはいないぞ」

「インターネット上で、必要以上に情報が拡散され、批判的なバッシングを受けることです。

フンドシイッチョさんの場合は、これですね」


と言いながら彼女はスマホを見せてきた。


そこには、「【悲報】勇者、剣士グンドリルに襲い掛かり銃刀法違反で逮捕www」という文章と、私が高々と聖剣シュヴァルツフントを掲げている画像が映っていた。


全てがつながった。あの時人々が私に光を向けていたのは、こうやって画像を流して、私の存在をエンジョーさせるためだったのだ。

アキハバラの向いた牙は、ケーサツだけでは終わっていなかったのだ。


しかし、一方で私はこうも思った。

所詮、画面の向こう側の出来事である。

私に攻撃を仕掛ける訳でもないのに、エンジョーに何の意味があるのだろうか、と。


「なるほど。しかし、これが広まったところで、痛くも痒くもない。何が目的なのかね?」

「憂さ晴らしと、正義感の発露でしょうね。ちなみにこれ、結構痛いもので、最悪のケースでは対象者を社会的に抹殺することすらできてしまうのです」

「人の噂も七十五日とはならないのかね?」

「今の時代、忘れられるまでに七十五日もかかっていれば、簡単に人一人、精神的に追い詰められますよ」

「それは昔も同じだが、拷問でもないのに、どうしてそうなるのかが腑に落ちないな」

「インターネット上のデータは、ほぼ永久的に残るからです。

エンジョーすれば、その人の悪事は一生付きまとう訳です」

「若気の至りも許さない社会という訳か。シノビは東の国でも統制が厳しかったが、今のニホンではさらに厳しい相互統制がかけられているようだな」

「少なくとも、醜態を自ら晒してしまえば、それはもう若気の至りと呼べる一線を越えているのではありませんか?」

「しかし、若者が無茶をするのは自分たちが注目されたいからだ。

たとえ愚行でも、それは注目を受ける手段程度の軽い気持ちのことも多いだろう。

ブランクープであれば、多少の愚行は、その場で叱るだけ叱って、その後には影響させずに済ませるがね」

「社会には不満を持つ人も多いのです。ですから、不満のはけ口として、『見下せる悪者』はどうしても必要なのです」


しかし、権力者を選べるのに、そんなに不満がたまるものだろうか、と私は思ったので、尋ねる。


「国民が選んだ政党が権力を掌握できるのなら、王国とは違って不満を反映した政治もしやすかろうに?」

「それは建前ですよ。結局党議拘束、つまり党の決定に党員の言動も投票も従うべきとする縛りが強いので、国会の両院で単独過半数の議席を占める政党が出れば、

あるいは衆議院で単独3分の2以上の議席を占める政党が出れば、事実上の独裁が可能になります。

いざそうなってしまえば、権力者はやって欲しいようにではなく、やりたいようにやるか、せいぜい国民に媚びる新たな一手を考えだすかばかりなのです」

「だから平和だった頃のブランクープでは考えられないぐらいに、不満がたまるという訳だな」


ニホンは恐ろしいと思っていたが、国民一人幸せにできないのであれば、案外大したことはないのかもしれない。

少なくとも、ブランクープの方がその点では優れていた。それだけは確かに言える。


そうして、スズキとあれこれと話していたが、連続で何曲もただ一人歌っていた編集長の曲が一段落したところで、サカモトが私たちに呼びかけた。


「ところで、今度の土曜日、みなさんで、アキハバラに参りませんか?」


私は朝をアメリカやインターネット、エンジョーなどについて調べるのに使いたかったので、


「私は、午後であれば構わないが」


と答えた。スズキも、


「私は今週末は空いているので構いませんよ」


と言った。ただ、編集長だけは、


「家族で山に行くので、また今度にします」


と断った。サカモトは答える。


「了解です。それなら、土曜日は私とフンドシイッチョさん、スズキさんの3名でアキハバラ巡りすることとしましょう。

そろそろ時間も無くなってきましたし、今日はこの辺で切り上げますか。

念のため、スズキさんと連絡先を交換したいのですが…」

「あ、そうですね。Lineでよろしいでしょうか?」

「もちろん。フンドシイッチョさんも連絡先を交換されてはいかがです?」

「私はそのLineとやらを知らないのでね。この、メールというものでも連絡できるのか?」

「ええ」

「それなら、私はメールにしよう。スズキさん、メールを教えてくれるかね?」


そう私が訪ねたら、スズキは、私のスマホを貸して欲しいと言い、何やら入力して返した。


「これで、私からのメールがそれと分かる形で届くはずです」


スマホには、まだまだ私の知らない機能があるようだ。

「神託」一つでも強力なのに、こんな強力な道具を使いこなされた暁には、

一村人でも勇者を(少なくとも社会的には)抹殺できるほどになりかねない。


ブランクープに劣るところも見つかったとはいえ、やはり全体的には、ニホンは次から次へと恐ろしい武器や道具を作る能力に長けているらしい。

引き続き、油断できなそうである。

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