シンバシの酒場
シンバシの夜は、恐ろしく明るかった。
魔法灯でも、松明でもあの明るさは不可能だ。
さっきサカモトが言っていた、デンキというやつか…?
「恐ろしく明るいな。本当に今は夜なのか?」
「夜ですよ。これも、デンキの力ですね」
やはりそうなのか。
デンキを極めれば、もしかしたらあの鋼鉄の怪物をも倒せるかもしれない。
だが、そもそもどうやってデンキをブランクープに持ち込んだのだろうか?
デンキだけが全てではないかもしれない。
「酒場はどの辺にあるんだね?」
「線路沿いを歩くと、色々なお店がありますよ。とりあえず、今日はここにしましょうか」
サカモトは、少し歩いたところにある、鉄ムカデが走る道の下に作られた酒場を示した。
この道は、何故か赤レンガで支えられており、ブランクープの街並みを思い起こさせた。
「よくこんなところに酒場を作ろうと思ったな」
「結構いいところですよ。雨にも濡れず、夏は風が吹き通るので自然に涼しく感じられ、
冬は冬で集まった人々が場を温めてくれる。そういう場なんですよね。ここって。
世の中には空高くに浮かぶ高級な酒場なんかもありますが、そういうところよりもフンドシイッチョさんには親しみやすいのではないかと思います」
空中邸宅があるのなら、当然空中庭園も空中酒場もあってもおかしくはない、か。
尤も、サカモトの邸宅ですら覚束ない気分にさせられる私は行きたくはないが…。
サカモトが入ると、人々が声をかけてきた。
「あ、サカモトさん!お待ちしておりました」
「サカモトさん、いつものでいいかい?」
「ああ、頼むよ、店長。編集長、今日は何のご用で?」
サカモトは編集長と呼んだ男と同じテーブルに腰を掛け、私をも招いた。
「編集長、こちらは今日アキハバラでお会いした自称勇者のフンドシイッチョさんです。
先ほどLineを送った通りで」
編集長は私を見てひとりごちる。
「ふむ。スーツを着せてしまうと、雰囲気が出ないね。だがニホン人離れしている。
少なくとも勇者を名乗るにはふさわしいルックスだな」
私はとりあえず名乗ることとした。
「フンドシイッチョだ、よろしく」
編集長はなぜか今にも笑い出しそうな表情だ。
「何がおかしい?」
「いえ、その…フンドシイッチョってお名前、ニホンでは下着一枚のお姿を連想させるんですよ」
「え?」
知らなかった。
「ブランクープでは我が名がどんな意味だかなど、調べたことがない。しかし、奇妙な偶然もあるのだな」
そういって、私は苦笑するしかなかった。サカモトがフォローも兼ねてか、声をかける。
「ところで、フンドシイッチョさんもビールでいいですか?」
「ドラゴンウィスキーのロック…はないのかね?」
「正直に言いますと、ドラゴンウィスキーはニホンでは扱っているのを見たことがありません。
ウィスキーでしたら、ニホンのカクなんか試してみてはいかがです?結構いけますよ」
「分かった。カクのロックを一杯頼む」
ドラゴンウィスキーは、ブランクープの酒場なら大抵置いている大衆向けブランドだ。
そのロックは私のお気に入り。しかし、ここは異国。飲めずとも仕方があるまい。
編集長が話しかけてくる。
「ところで、フンドシイッチョさんでしたっけ?この国に来られたきっかけ、私にもしていただけますか?」
「(プロローグ参照)」
「…なるほど。しかし、あのゲームに『鋼鉄の怪物集団』なんてのは、ありませんでしたよね?サカモトさん」
「はい」
「それ以外の話がすべてリアルな分だけ、これはミステリーだと思いません?」
「ええ」
「それで、サカモトさんには、せっかくご同居されることとなった訳ですし、一編これを題材にした小説を書いてもらいたいのです。できますか?」
「流行りの逆を行く訳ですね」
「ええ、そうです。ゲーム世界の勇者様が現実世界にやってくるなんて小説、今までありませんでしたからね」
「しかし、それでは奇妙奇天烈すぎやしませんか?SFにするにしても、理論化が大変ですし」
「まあ、急がなくてもいいです。あなたは、当代有数の売れっ子ラノベ作家なのですから」
私は話についていけてない。
「どういうことだ?」
編集長は答える。
「サカモトさんは、文章を書くことを職業としているのです。で、今回はあなたの武勇伝を戦記化してもらおうと相談していたところです」
「なるほど」
「それで、サカモトさん、いかがです?」
サカモトは例の曖昧な笑顔を浮かべながら、いつの間にか店主が置いていったビールを啜り、
「考えてみます。うまく行くか、完全に空回りするかの二者択一に見えるので…」
と答えた。
そこでハッと思いだした。私の伝記がニホンで出されるというのは悪くない話だが、今は何よりもまず、この世界を探らなくてはならないのだ。
サカモトはどうやら伝記作家らしいから、昔のことには詳しくても、ニホンの今のことにはさほど詳しくはあるまい。
編集長は編集長で、伝記執筆の打ち合わせ以上の話をするつもりはなさそうだ。
これでは、ここに来た目的である世界情報が集められそうにない。
鉄ムカデがさっきから頻繁にゴゴゴ…とうるさく音を立てているこの場所に、苦痛に耐えている意味がなくなってしまう。
そこで、隣のスーツを着た男女の話に耳を傾けることとした。





