プロローグ
私はドラゴンと戦っていたはずだった。
今想えば、あのドラゴンは何かが違った。だから、手出しなどしなければよかったのだが…。
魔王などとっくの昔に倒してしまい、平和を享受していたはずの私達の国に、
新たな脅威が現れたのは3か月前のことだった。
脅威は復活した隣国でもなく、魔王でもなく、未知の存在だった。
全ての魔法を当然のように無力化し、途方もない破壊力と物量作戦によって、
都市を奪い、遠距離から兵士を殺める(しかし弓でもカタパルトでもない)不思議な武器を操る怪物集団。
そして、全身が黒光りする「鋼鉄の怪物集団」。
オリハルコンもミスリルも結局は魔力を帯びた合金に過ぎないから、
魔法が無力化されてしまうと下手な鉄の武器にも勝てなくなる。
我々は圧倒的な勢いで侵略されようとしていた。
雑魚は辛うじていくらか倒されたものの、調べたところどう見てもただの鉄の塊。
内部には何やら怪しげな銅だの金だのが織り込まれているが、既存のどんな怪物とも異なるという。
国家最強クラスの魔法使いや聖職者ですら、その塊に魂を感じ取ることができないのだ。
独自の魂を喪失したゾンビですら、操縦者の魂の片鱗は、
彼らほどの魔力があれば、感じ取ることができるはずなのに。
そこで、勇者たる私が呼ばれた。
国王は私にこう告げた。
「勇者よ、朕の国家を守るべく、そなたには『鋼鉄の怪物集団』のボスを探し出し、そやつをピンポイントで倒して欲しい」
私は不審に思った。何故ピンポイントなのか、何故殲滅戦ではないのか、と。
殲滅戦の方が勇者、あるいは歴史的な英雄にはふさわしい戦い方である。
ボスの正体がわかっているならまだしも、雑魚ですら正体不明の集団相手に、何故…。
「不審に思うのも分かる。しかし、魂が宿らぬ塊を操るには、何らかの頭、精神、あるいは魂が必要なはずだ。
言い換えれば、トップを叩けば塊は動けなくなるはず。たとえ魔力とは異なる仕組みを用いていたとしても、基本は変わらないはずなのだ。
『鋼鉄の怪物集団』は、雑魚単騎でも知られている殆どの魔物より強力だ。全ての魔力は無力化され、
物理攻撃を行おうにも、接近しようものなら人体と装甲をいとも容易く貫通する鉛の豆玉を大量に発射され、
仮に接触に成功したところで、ただの鋼鉄でありながら早々オリハルコンもミスリルも通さない。
加えて、彼らの放つ毒気は既存のいかなる薬草でも治癒できず、魔法ではない謎の光線や光球をも放ってくる。
我らが第二の都市ポンゴンは、空飛ぶ怪物が放ったこの光球一つで焼け野原になってしまったし、
魔王討伐の際に君の仲間だった魔法使いマロウズも、力自慢だった戦士グンドリルも、
成す術もなく殺されてしまった。それも、雑魚兵にね。
勇者の君といえども、単騎正面突破ではボスにたどり着くどころか、
雑魚の集団一つ殲滅することすらかなわないだろう。
だから、連中に見つからず、ボスを直接割り出して潰して欲しいのだ。それしか方法はない。
国家が誇る最高の武力である君でも…。」
私は驚いた。あのマロウズやグンドリルは、私でも倒せるか怪しいほどの強者だ。そんな私達が単騎で倒せない存在は、魔王ぐらいしかいないはずだった。
それを雑魚一体で?そんな怪物集団、あっていいはずがない。ただ、それが本当なら、国王の懸念も理解できるというものだ。だが…。
「だが、そのボスの正体すら分かっていないのでは?」
「実は多大な犠牲を払いつつも、諜報部隊に何とかつかませることに成功した。
元々は魔王討伐目的だったとはいえ、東の同盟国がシノビの技術を我々に提供してくれていて助かったよ。
それでも帰還者はわずか一名だったが…」
シノビか。
魔王討伐前、南の遊牧民のアドバイスに従って、経験値蓄積の武者修行ついでに国王特使として、
東の国の国王と直接交渉して、同盟を結んできた甲斐があったというものだ。
シノビの技術は確かに便利だ。私もかの国でマスターしてきたから、よくわかる。
そのシノビですら殆ど討たれたということは、彼らは探知能力も高いということか…。
確かに、それならボスを叩いたほうが良さそうだ。
私らしくはないが、一騎打ちにさえたどり着けば、少しは勇者の戦い方もできよう。
「なるほど。了解した。早速その場所を教えてくれ」
…こうして、何とかバレずに潜り抜けて、出会ったボスが、ドラゴンだったという訳だ。
ただ、そのドラゴンも、普通のドラゴンのあのしなやかさと美しさがない、鋼鉄製のものだった。
しかも、その魂は人であると私は直感した。…中にいる生身の人間がドラゴンを操っていると。
聖職者ほどではないが、宿っている魂が人か否かぐらいは、長年人外を相手にしていると自然と分かる。
本来ならあり得ないことだが、魂が人なら、怪物集団が鋼鉄製で魂を宿していないことも、何故か納得できた。
「お前、人間だな?」
「鋭いけど違うね。私は、神だよ。他ならぬ、この世界の神さ」
冗談もほどほどにしとけ、と言いたくなったが飲み込んだ。
「神なら何故破壊を?」
「…退屈だったから。君たち魔王倒しちゃったし」
「は?」
「でも強すぎるのも退屈だね。魔法使いも戦士も倒しちゃったし。だから君は殺さない」
「え?」
「私にたどり着き、私がドラゴンではないことを見抜いた褒美だ。代わりに、地獄に落ちろ」
「はあ?」
「君はアエネイアスになれるかな?」
マロウズ、否、魔王の魔術をもってしても、人を意図的に地獄に落とすなどということは不可能なはずだった。
天国と地獄、人々の選別は、魔術すら及ばない、それこそ「神」の領域…。
まさか、こいつ、本当に?
ってかアエネイアスって誰だよ?
あまりに意味不明すぎて、思考がグルグル回る。とりあえず、攻撃に出ようか、と思ったその時…。
ドラゴンの口から黒い球が吐き出され、私は闇に包まれ、そして意識を失った。