第一話
真っ黒な服装で、手には真っ赤な和傘をもっている。顔は中性的で女性のようにも見え、また、長く伸びた黒髪がそれを増長していた。
そんな、諏訪棗は誰もいない夜の街を走っていた。
今日の依頼は無許可で境界を越えてきた妖怪の退治。
その昔、妖怪と人間は互いにいくつかの契約を結んだ。
その中の一つが境界だ。
越えれば即殺されるというわけではないが、互いの許可がなければ越えてはいけない契約。無許可で越えれば、どちらの住人であろうとも、退魔士によって送り返される。また、その道中で被害を出だせば、討伐されることもある。
目標まであと百メートルほどだろうか、物陰に人影を見つけた。
ひどく怯え、足を挫いているようだ。
特に外傷はないので、まだ襲われたわけではないだろう。
(…狩り遊びか。低能だな。)
この子を安全なところに連れていくより、先に倒してしまったほうが良さそうだ。
そう考えていると、ふと少女が顔を上げた。
雨が途切れたことで気付いたのだろう。
こちらを見る瞳は、恐怖にゆれている。
「………………」
「………………」
「……」
「……あの〜」
ビクッ
と、少女が身を震わせる。
(そういう反応されると傷つくな……)
無駄にダメージを受けた。
そんなことを思いながら、ポケットに手を突っ込んで、札を取り出す。
そして、それを握り締めると、ぽんっと音を立て、棗の持っている傘と同じものが現われた。
今度は怯えられないように、しゃがんで目線をあわせてから話し掛ける。
「これ持ってれば大丈夫だから安心して?あの程度ならすぐ終わるし、終わったら家まで送ってあげるからさ」
と、取り出した傘を渡し、頭を撫でてやる棗。
が、突然頭を撫でている手を止める。
そのまま段々と顔が紅潮していく。
どうやら頭を撫でていたのは無意識だったらしい。
ギギギーとロボットのように不自然な動きで後ろを向き、深呼吸をする。
二三度したところで落ち着いたようだ。一度髪を縛り直して仕事モードに戻している。
「少しだけ、ここで待っててな?」
後ろにいる少女にそう声をかけ、棗は目標に向かって走っていった。




