第九話
「ぅだ〜」
激しく眠い。
戦闘後の朝は辛い。
「棗おはよっ!」
「なんで戦闘仕掛けてきた本人が一番元気なんだよ……」
「ふふっ、何でもないわ」
えらく上機嫌だな。
なんか良いことあったのか?
「でもあれだな」
「なによ?」
「にやけすぎ、鏡で自分の顔見てきやがれ」
「なんですって!!」
「――」
「――」
美里が声をかけるまで続くのだった。
丁度朝食を食べ終わったときだ。
「さあ、すずちゃん自己紹介しましょう。新しい家族になるんだからね」
「ちょっとまて鈴、お前退魔士になるのか?」
「そうよっ、悪い!?」
「いや、悪くない。てか大歓迎だがな」
「そっそう。そうよねあたしに感謝しなさい」
「許可証持ってんのか?」
「それならちゃんとここに……」
出てきたのは、先の戦闘の余波で燃えた紙。
「はぁ、あほくさ」
「なによ、あたしだって失敗ぐらいあるわよ!」
「とりあえず、不法侵入か?」
「うぅ〜」
そんな今にも襲い掛かりそうな勢いで、腹の底から唸るような威嚇をされても困るのだが…。
その時髪の長い小さな影が俺に背中を向けて、庇うように両手を広げ鈴の前に立ちはだかった。
「……兄様……いじめる…ダメ」
一瞬で頭が沸騰した。
そのまま後ろから未耶を抱っこして撫でまわす。
未耶は何が起こったかわからないような表情だが、お構いなしだ。
「ちょっと棗!何してんのよ!!」
「ほれっ」
「はぅっ!はぅぅ〜〜……」
言い終わる前に油揚げを放る。
すると、脊髄反射、いや、もはや遺伝子レベルで行動に組み込まれてるかのごとく飛び付き、恍惚とした表情で油揚げを見つめ、ハムスターのようにガリガリちびちびと食べている。
マジギレしたとき以外はこれでだいたい誤魔化せる。
ついでに言えば稲荷寿司でも代用可だ。
誰にも邪魔させてなるものか。誰にも渡さないぜ!
「兄さ〜ん!私も!」
「秋人にやってもらえ」
「う〜秋人〜」
「はいはい。そちらで一人でやっててくださいね」
「ぅだ〜世間の風が冷たいよぉ……」
春日が部屋の隅でのの字を書いている。
やりすぎたかもしれん。後でフォローしておくか。あくまでも後でだが。
今はこの感動を伝えたい。
いや〜兄様。兄様、良いねぇ。
兄さんとしか呼ばれたことないからな。
お兄ちゃんも捨てがたいが。
「いいですね兄様ですか」
「おっ秋人わかってくれるか」
「そうですね。私も呼ばれてみたいです」
「あ〜き〜ちゃ〜ん?なんか不穏な言葉が聞こえたけど何かな〜?浮気はダメよ〜?」
「いえ、決して浮気とかそういうわけではなくてですね。あのその……そう! 男のロマンというかなんと言うか」
「どうして男の人はこうなのかしらねぇ〜、うふふ」
「せっ折檻はいや〜!!」
笑顔が最高に怖かった。未耶が殺気に当てられてがたがた震えている。
ドカッとかグチャとかネチョとかなんか聞こえちゃいけない音が聞こえているので、未耶の耳は塞いでおいた。
「で、結局どうすんのさ」
「あらあら、それなら大丈夫よ」
そう言ったのは戻ってきた美里姉さんだった。
ほらっ、と言って紙を見せてくる。
それは確かに鈴の許可証だった。
「すずちゃんならきっとなんかあってなくなっちゃったりするかなって思ってたから、もう一枚管狐に持ってきてもらってたのよ」
そう言った美里姉さんの肩には、少し得意げな顔をした小さな狐が乗っていた。美里姉さんもそいつに油揚げをあげている。
やはり狐は油揚げなのか。
もう一枚鈴に投げてやれば、そちらを見ることなく尻尾の一本を伸ばして掴み無心で食べている。
ちょっと鬼気迫る感じが怖いので緊急時以外はあまりやらないようにしようと誓った。
「おっとそろそろ時間か。春日〜秋人〜そろそろ行くぞ〜」
……返事がない。
よく見れば、春日は落ち込んで拗ねていて、秋人はのびていた。
秋人は叩き起こせばいいかと思い、春日のほうへ向かう。
「春日学校行くぞ?」
「む〜」
「ほら、機嫌直せよ」
そういいながら頭を撫でてやると、一瞬目尻を下げて目を細めたがまたぶす〜とした顔に戻ってしまう。
「そんなんじゃだまされないんだからね」
「ん〜?じゃあ春日おいて先行っちゃうぞ?」
「だっダメ! 私も一緒に行く!」
「なら機嫌直して準備してきな」
「むむ〜」
しばらく唸った後
「……頭」
「ん?」
「頭もう一回撫でれ」
真っ赤に頬を染めながらそう言った。
要求通りにしてやれば、いつもの花が咲くような笑顔に戻り自分の部屋に向かって風のように去っていた。
「おら、秋人起きろ」
「なんか僕だけ扱い違くないですか?」
「気のせいだ。それかうちの妹たちがかわいいのがいけない」
「よくそんなこと素面で言えますよね」
「当たり前だろ? どシスコンだ俺は。てか家族は全員大好きだぞ?」
「その割に今起こし方はどうかと思いますが……」
「そりゃあ、かわいい子には旅をさせよとか、獅子の子落としとか言うだろ?」
「兄さんは親ではないですけどね」
「野郎は強くならなきゃいけないんだよ」
と自分理論でまくし立てて煙に巻く。
秋人と、また風の様に戻ってきた春日と共に向かった。
「なっちゃん夕食のお買い物お願いね」
「はいよ」