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一、『死神』

「毎度どうもー」ニッコリ。

今日はなんていい日なのだろうか。親の代から引き継いで、10年。ここ4年、客が中々来ず、売上が落ち込み、娼婦に転身するか、真剣に考えていたが…、今日は5人もお客が来てくれたばかりか、数年埃を被っていた在庫も売れた。場所代の滞納も、これで解消できる。

ああっ、お母様!酒浸りの父を捨て、「奴ら」の小間使いとして、私を育てるため汗水たらして、身をすり減らして、そして、独立して作ったこの商会…。遺してくれたこの商会を、みすみす潰さずに済みましたよ…。

 「何をそんな所でアホ面こいて油を売っているのですか?お客様が来ておられますよ。」

 人が偉大なる母に祈ってるってのに…何とも失礼な言い草。振り返ると、そこには、フリルとリボンがやけに膨張された、ヴィクトリア調メイド服を纏う、紺色の長い髪の小柄な少女が、仏頂面で立っている。目鼻立ちがすべて左右対称で、まるで人形のような可愛いらしい少女。その少女に私は詰め寄る。両手をわきわきと怪しい動作をしながら、

 「サピィ…あんたねぇ…?主人に向かってその言い方は、毎回思うけどね。どうなのよねぇ?やっぱり、いい加減にその頭、リセットかけたほうがいいのかなぁ?」

 意地悪く言うと、少女『サピィ』は、その場にへたり込むように崩れて、サッとポケットからハンカチを出す、

 「あぁ、ひどいです。あんなに散々と毎晩辱めておいて、記憶操作でなかったことにしようなどという都合の良いこと…下種の極みです…クズです…よよよ…。」

 「ちょ、いや、しないし!お客様の前でありもしないこと言うんじゃないの!」

 件の客が、引いた顔で私を見ていた。このチビ…。

この娘、サピィは、とあるお国の超絶変態科学力によって生み出された、大人向けのアンドロイドだ。そう、『まるで』ではなく、本当に人形。傍から知らずに見たなら、人間にしか見えない…。温かさも柔らかさも…。それでいて、くわぁあいぃ。自分よりも…うん…ちくせう…。各国で爆発的な人気で売れ、世界各国の性犯罪をゼロにするという偉業をうちたてたものの、少子化を爆発的に加速させてしまい、その製造と存在すら規制されてしまった…その生き残り。偶々、私は廃品の中に紛れていた彼女を見つけて、従業員の代わりとして使っている。人件費も掛からないし、メンテは自分でできるし、雇うなら人間よりロボットだね!それに、くわぁあいぃ!!口が悪いのが偶に傷…でも、なんだか、それも最近悪くない気が…。と、いけない、いけない…。

サピィを立たせると、彼女を後ろに連れて、お客の元へ、私は歩み寄る。

 「それで、どの商品を御探しでしょうか?」

 私は笑顔で聞いた。この男は見覚えがあった。一年前からこの場所で仕事を請け負っている人間だが、うちへの入店は初めてだ。

 「ああ、今夜出るんだが、20mmバルカン用の鉄鋼弾の補充がしてぇ。1000発くれ。」

 いつもは、ここではない店を利用しているはずなのだが…。どこか、落ち着かない様子で、そわそわと、時折店の入り口を見ている。むむ…。

「わかりました。少々お待ちください。」

 普段から私は、客と接するときは、相手の腕の届く範囲には近寄らず。手を背後に、お尻のあたりに回すようにしている。私は人差し指と親指で円を作る。背後にいる少女に見えるように。これは『警戒、備えよ』の合図。私は一間置いて、振り返る。そして、歩き出す。

 ――何事もなく私は、頼まれた弾丸を詰めた段ボールを持って、店舗の奥の資材庫から出てきた。思い過ごしだったようだ。ここにいる人間は、まともな人間ではない。各言う私も…。科学技術の発展により、簡単な仕事がすべて機械任せになった今、まともな仕事といえば、ホワイトであることが絶対条件だ。それに当てはまらないものは、放り出され、野垂れ死ぬか、濃く、暗く闇に染まるか、ここのような場所にたどり着く―…

 「あれ?お客さんは?」

 私の視界に男の姿はない。サピィが床で、何か黒い細い棒が四つ生えた、黒い布の塊に、抱きついて、楽しそうに足をパタパタしているくらいで、並んだ在庫の向こうにも、男の姿は見えない。くそ重い段ボールを会計テーブルに置くと、背伸びしたりして、店内を見回す。それらしいものは見当たらない。サピィのスカートの中が見えるだけだ。ピンクでフリルがくわいぃ。

 「あ、オーナー、お客さんなら帰って行ったよ。」

 床の上の少女は振り向いて、今日一番の笑顔をして、楽しそうに言った。

「えぇ!?嘘で――」

 「いやぁ、もうちょっとぎゅって、させてくださいよーっ」

 私が驚愕を言い切るよりも早く、サピィが、何に対してか知れないが、不満を、甘えたように漏らした。――うぅん?

 「ちょ、し、しぬっ…。あばらが…。」

 それは若い男の声だ。件の客の男のものではない。それよりもずっと若い。それは掠れ、苦しさを伴っている。その声の発生源は、私の天使の真下の黒い塊。私は、この声に聞き覚えがあった。それに、消えた客とサピィの様子…。あぁ…、私は理解した。

 「この、疫病神め!」

――私の前に、その男はいる…。棚に寄りかかって、ぜぇぜぇと、息を吐きながら。その横には恍惚とした顔で、媚びるように頬を擦り付けるサピィ。後で洗わないと…ぺろぺろできないじゃないのよ!

 「それで、何かご用でしょうかね?汚客様ぁ?」

 私は、到底客に向けるような顔をしていない事であろう。自分の顔は見えないが、それはそれはしかめっ面でいるはずだ。私の天使に触るな!ばっちい!しかし、サピィも何故こんなのがいいのか…。

 「頼んでおいた。オイルと液体ガスケットとグリスに補修用の操舵ワイヤー…。んで、いつものミネラルウォーター2Lと携帯食7箱。」

 と、無表情。口を僅かに開いて発する声は、ぼそぼそと聞き取りにくく、そして小さい。毎度幽霊にでも話しかけられているような気がする。言いながら、男は手のひらを出す。指先は、毎度の事だが黒ずみ、爪の間なんかにも黒く色がついている。そして、こいつが動くたびに生じた風の流れが、あの超絶変態科学国の食卓で、ご飯の上に乗っける、粘つくあのゲテモノに似た匂いを、私の鼻へ運ぶ。まったく、あの国の人間は、どうしてあんなものが食えるのだろうか…。耐えきれず、目尻を痙攣させてしまった。接客業を担う物として失格だ。まぁ、この男が相手ならば気にすることもないが、…しかし、まさか、サピィ…この匂いが好き?…そう、なっと…おええぇ、想像したくもない。

ああ!とにもかくにも、この男なのだ!この男のせいで、私の店には客が寄り付かないのだ。それなのにもかかわらず、この男は、需要も糞もない内燃機関用消耗品なんて、大した稼ぎにならない物を…あんな奴に借金してなきゃ…ったく、いい加減に「あいつら」の餌食になりやがれ…っての!

思考を振り払って、私は頼まれていたものを、会計テーブルの下から、腕を組んだまま足で、会計テーブルの横へ押し出す。3年と半年ほど前から、会計テーブルの下には、小汚いダンボールを置いてある。これは奴へ渡す商品を入れて置く為のもの。こんな奴に、私の仕事場に触れられてたまるか!あぁ、後で、店中スチームクリーナー使って、大掃除をしないと…。

代金はとっくに支払われている。奴は詰め込むだけだ。何か言いたげな顔で、小さな少女が見ているが、冗談ではない。さて、どうしたもんかな。ふと、視線を巡らせれば、ちょうどよく、先程出した弾丸一式がある。私は彼女に、資材庫に弾丸一式を戻してくるように言った。何度かぐずった後、渋々サピィは、箱を持って資材庫へ消える。

今の内に早く詰めて出て行け!視線を落とせば、男は、目の前で屈んで、ボロボロの無駄にデカいナップザックに、荷を詰めている。もたもたすんな!匂いが籠る!!男の仕草一つ一つに、苛立ちを募らせながら、忌々しく見下ろしていると、「あーそうだ。」と、男が声を発した。如何にもあからさまにという感じ。私は、ため息をついた。これも客の前で、やってはいけないことだが、

 「さっきも、珍しく客いたしな。…これからたぶんここにたくさん客が来るぞ?」

 気にした様子もなく、男は荷を詰めながら、つべつべと声を続けた。珍しくぅ?誰のせいだ!いつもは無言で詰めて、さっさと、出ていくのだが…。男は、何も言わない。口を開いたかと思えば、だんまりだ。たく、何が言いたい?こっちはさっさと出て行ってもらいたいってのに…。あぁ、そうか、ここでの「ルール」か、

 「それで、何が欲しいんですか?汚客様?」

 私は、聞いた。荷物を詰め終えて男は立ち上がって、ふんっと鼻で息を吐いて、

 「いんや。どうせわかることだし、ここでのルールを振りかざす気はない。親切心さ。」

 そう言い切って、フレームレスメガネのブリッジを、人差し指で押し上げて、東洋人特有のポーカーフェイスを向ける。痩せこけたそれは、不健康そうで、ぼさぼさの長い髪で影が強調されて、ただでさえ陰気。服も上下黒で至極陰気。毎度毎度思うが、『死神』なんてあだ名を、こいつにつけた奴の気もわかる。

しっかし、親切心?こいつからそんなことを言われるなんて、笑えない。ていうか、腹立たしい。

 「親切心ねぇ?そんなもんがあるなら、こっちは来ないでほしいんだけどね?」

 私は、皮肉と嘲笑を交えて死神に言った。早く出てけ!とっとと出てけ!!

 「生きるのには糧が必要なんですぅ。」

 無表情。子供のように、小ばかにした口調で言い切る。きもい…いや、不気味。いや、ていうか、早く言えっての!でなきゃ出て行け!!私はじろりと睨んだ。「おーこわ…。」奴は、棒読みで臆することもなく、無表情で言いながら、ザックの口を締め、背中に背負うと、

 「まだ、発表されてないだろうが、あんたの同業者の一人が死んだ。今朝、ちょうど『真下』でドンパチしてるのを見かけてな。派手にドカンと吹き飛んで…―全員死んだな。ありゃ。だからここにも、多少は客が流れてくると思うぞ?――っていうのを言っとこうとな。」

 きびすを返し様に言い捨て、店の扉へと向かう。

 あぁ、もう、くだらない!くだらない!私は、内心で声を荒げていた。奴が背を向けている今、ここぞとばかりに両手を振り回し、周囲に漂う悪臭を払いながら。

ただ、どこぞの誰かが死んだことを?そんなことを言うために?はっ!馬鹿馬鹿しい。誰かが死ぬなんて、ここじゃぁあたりま…。私は気づいた。当たり前、確かに当たり前。

――ああ、なるほど。こいつは、死神だ。

 「て、いう訳で、これを教えたことで「恩」を感じるんなら、今後とも末永い御付き合いを。」

 言いたいことは言ったとばかりに、カランカランッと、店の扉の鈴を鳴らして、死神は出て行った。と、いつの間にか戻って来ていたサピィが、その小さな体で愛らしく、閉まりかけた扉を支え、黒いあの背中に手を振っている。なんと、くわぁいぃ姿…そして、うらやましひぃ…。当の小さくなるにく…ったらしい黒い背中と言えば、気づく様子もない。

あの野郎。うちの天使の見送りを受けて、手も振らずに行く気?あ、でもその方が、サピィが傷ついて、それを私が…あ、畜生。気づいてたのか…、キザったらしく振り返らずに手を挙げやがった。その様にサピィの手の振る幅は、より大きく早くなり、つま先立ちになって、あの忌々しい黒い背中に、振り続ける。きっとこいつは、振り向いてほしい♡なんて考えてんだろう。くぅっそぉぉ、うらやましぃ…。悶々としながら私は、サピィの背を眺めていた。畜生、見てろよぉ。

奴の背は、陽炎にぼやけてはるか遠く、満足したのか、上機嫌なサピィは、軽やかなステップで、店の戸口から私の元へ戻ってくる。そんな彼女に、意地悪く言う。

「サピィ!シャッター下ろしてきてちょーだい。」

 「…おでかけですか?」

 サピィはむっとした顔で、私を見上げて言った。ふっふっふ、いい気味だわ。なんとも大人げないことをしているような気もするが、…いや、大人げないが、主人以外、それもあんな汚物に、私にすらしたことのない、押し倒すだの、頬ずりだの…まったく許せん。

 「そそ。これから在庫を取りに出るよ。」 

「はーい、了解しました。」

サピィに、先程の浮かれた様子はなく、不機嫌そうに、投げやりに了承を口にすると、くるりと、その場でターンして、大きくため息をつき、ぼそりとつぶやいた。

「まったく、戻ってくる前に言ってほしいもです。とろくてほんと使えない主人です。」

「聞こえてるぞ?このチビ…。」

手の関節を鳴らしながら、私は彼女の背後に歩み寄る。「きゃー、犯されますー。」それはどこか楽しげな声で、両手を上げ、ぱたぱたと、足音を立てながら走り出す。



――強姦されようと朝は来る。来んな。と、思っても朝は来る。体液まみれのアへ顔ダブルピースからの、フェードアウトで、世界は終わらない。

ええ、だって、あたしは、開け放たれた窓ぶちに、腰掛け、通りを見下ろしていた。

カンカンと降り注ぐ日差しの下。寂びれた陽炎浮かぶ通りを挟んで、貨物コンテナをぶち抜いて繋げ、窓やら戸やらをただ、取ってつけただけの建物が建ち並ぶ。

カモ共は、仕事時。人通りと言えば疎ら、疎ら…。建物の錆びた感じが、これまたよくスラム街って感じ。これが夜になれば、カラフルな立体ネオンと立体映像が、明確に、その建物それぞれの役職ってぇいうか…あぁ、そう、素性を主張すんの。酒場、娼館、薬屋、金貸し…。ざっと上げたものからは、あまりいい連想をしない。まさにその通り。この場所にロクなものはない。ほんと絵に描いたようなスラム街。通りを行く人間もまたそれ相応。元殺人鬼に、元詐欺師に、元盗人…。後、強姦野郎…。因みに、あたしは、殺人鬼の部類に、入るのかしらねぇ。

復讐してやった…それだけの話。

夜道で拉致られて、強姦されて、それを録画されて、ネットにばらまかれて、社会復帰不能。いかがわしー同人誌だのアニメなんかでよく見るありふれた話。

あとがき辺りに、ヒロインは、犯人一人一人を自分が拉致された時と同じ手口で拉致し、去勢した上で、ベンジンぶっかけて全員を焼き殺した…っていう後日談が付く…ねぇ。

んで、死刑になった。単純明快な腐れ堕ちな復讐劇。そんなくだらない話。

じゃあ、ここは刑務所の中か?と、言えば違う。ここは、海に浮かぶ、社会からあぶれた連中の掃き溜め。『輸送都市空母』と、大層まともに聞こえる呼び方で呼ばれてる場所。

どこぞの熱血な刑事さんが、あたしをそんな場所に逃がしてくれたおかげで…、余計な事をしてくれたおかげで、そんな場所で生きている訳よ。

やることやって、こっちは未練も糞もないっていうのに…。あたしのような人間がどうやって、こんな場所で、生活をしろっていうのよ…。

おかげで、あたしは娼婦をしている。皮肉ね。まったくもって…。

少し前までは、どこかの変態国家が作ったAI搭載ラブドールが、牛耳っていて、「本物」が抱けるってんで、かなり儲かった訳だけど、あれが、禁止されてからは、今では「本物」こと、人間の方が増えて、稼ぎが…まあ、生活には困らないけれども、平行線というヤツよ。

ここでも強姦されたことはあるけれど、不思議と殺意はわかない。恨みや、憤りなんて、ここでは無用。どうせそいつらは、数日のうちに、機関砲の弾に貫かれて、肉片になるんだし…。何も考えないで、金を稼げる。楽して稼ぐ。これ大事。

しっかし、疲れるわ。特に喉。ずっと演技してないといけないのだもの。女は突っ込まれれば気持ち良いなんて、思ってるんだもの、何が「俺様の物は、そんじょそこらのもんとは違って、デカくて気持ちいいだろ?」よ!

ほんと、お門違いも甚だしいわ。こすってさえいれば気持ち良くなれる男と違って、女の快感は、精神的な盛り上がりも必要なデリケートなものなのに…。ほんと、男なんて、みんな消えてしまえばいいのに…。あ、それじゃあ稼げなくて困るわ…。まったくもって嫌な世界…。

ああ、ほーんと、やることなくて暇だと、昔の事ばかり思い出して嫌だわ…。

ふと、真下の通りを行き交う連中を見れば、相変わらずの事。

すれ違う人、行く先。背後。路地。通りを行く車。いつ、何時襲われるかわからない。そんな仕草。

まあ、そのとおり…。周りを警戒しまくりで、神経質そうな奴って、外から来た連中は思うみたいだけど、そうじゃなきゃやっていけない。

如何に、あたしら商売人は、人気を勝ち取るかに命が懸っている。確かに、それはどこでも同じ事な訳だけど、ここに集まる連中が連中。嫌がらせなんて、常識の範疇のモノじゃないわ。ぼやっとしていると、通りの隅で、蠅と蛆に集られた腐った死体になるのがオチ。そう、無職ってヤツよ。誰かが、デカい生ごみの袋にそれを詰めて、通りの街灯の根本に立てかけて置くのが、ここでの日常の一つ。

と、そーんな奴ら…あたしらが、へこへこ下手に出て、媚を振る連中…お得意さん。カモね。それがまさしく、真下の大通りを挟んだ向かい路地で、あー、どっかの食い物屋の奴だったっけ?まあ、どうでもいいけど。とにかく可哀想な一人を取り囲んだ、如何にもガラの悪そうな連中がいる。『運び屋』って、まんまで呼ばれている連中よ。

赤道直下のあっつぅい日差しの下だろうと、分厚い上着を羽織って、だらだら汗かいてる変な連中。ここを仕切ってる軍人さんより、相手する頻度が多い…。嫌だわ…まったく。

でも、そりゃぁそうよね。元々ここは、連中の為に作られたようなもんだし…。

連中に関して言えるのは、並み比でないサイコパスばっかってぇこと。それもニュースのトップになり、ついでに、諜報機関だのなんだののブラックリストに載るような、飛び切りのヤバい奴。そんな連中でも、あたしらより立場は上っていうんだからねぇ…。だから勘違いした連中や、新入り辺りが、今まさに、目の前でやらかしている低レベルな事をやらかすのよ。それでもこの場所は、監視の方だとかは、しっかりしてるらしいし…行方不明だとか、変死はあんまり聞かない…と、思う。

しっかし、毎回毎回「俺の女になれ」とか、ムードも捻りもなく、大体同じセリフがくるけど…もう少し何かないの?もちろんNOだけど、支払いに色を付けてくれそうだし?数日でくたばるのだからいいのかもね。

景色は変わらねど、顔ぶれは変わ…――あ、変わらない奴。一人いたわね。

ゲートとは反対側。ふぅっと、たばこの煙を肺から吐きながら見やるそこには、黒い人型のシルエット。

真下の通りでは、それを見るなり、舌打ち。そして、足早に、哀れにボロ雑巾のようになった一人を放っぽりだし、その場から逃げるように歩き出す。

「あいつは、今日も臭いんだろうなぁ…。」

アイツに客引きで声をかけた時に嗅いだ、あの悪臭を、ふと思い出す。

黒髪で、黒い目、黒の革の上着とスボン、黒が目立つ東洋人のあの臭いガキ。アイツが通りの一番端を歩いている。

この通りのどんつき。同業者と比べれば、一番小さく、客も少ない、今にも潰れそうなオアシス商会。小生意気な店主のバイヤと、従業員の人形みたいなサピィと、言ったかな?可愛いわよね。あの子。店長と従業員二人しかいない貧乏商会の…ここじゃ珍しい「常連」ってぇヤツ。向こうには嫌われてるようだけど、何がいいんだか…。週末になると、アイツは、あそこに立ち寄る。食料調達?どうでもいいけど…。

アイツは、それ以外の店には寄らない。まあ、あれは死神で?そばにいると死ぬらしいとか色々噂があって、あまり歓迎されないのは聞いているわ。

4年前から見かけるようになったけど…あー、そういえばその頃からあの商会、元々みすぼらしい店だったけど余計…。と、考えていれば、あの商会のボロトラックが、横転しそうな勢いで、ロールしながら、通りに土埃を上げて出ると、その死神の脇を猛スピードで駆け抜ける。まだ、少し遠くで、表情は見えないけれど、死神が首を僅かにそちらに向けてチラ見したように、あたしには見えた。

下を通り過ぎるトラック。おやおや、運転手の小生意気なあの店主は、ひどくご機嫌斜めなご様子で。



「てめぇなんだろっ!わかっていやがんだぞっ!!」

いやはや、なにごとだ。私は、突然の怒号の元を、目で探した。

それは、港内の関係者ゲート向こう。そこには、大男の集団があり、それに取り囲まれた一人の人物がいた。一人を取り囲む彼らは、ここで商会を営む者達だ。その中央、背の低い、若い青年がいる。黒髪に、黒い目、上下黒の服を着た…肌の色からして、あれは東洋人だろうか。服装もまた珍しいが、ここでは珍しい人種だ。そんな青年は、今にも掴みかかられそうだ。静止に入ろうと、私は足を踏み出した。

と、太くごつい手が、私の視界を横断する。日焼けをした色黒の手、腕の中央に大きな傷跡がある。私は視線を少し斜め上にずらした。そこにあるのはニヤケタ顔。青い目にかすれたブラウンの髪。目ブチの皺が目立ちだしたという所の年齢。この男は、ここで雇われている外人部隊の一員のケニーという男だ。私は、ミア。ここに今日、正式に配属された、連合軍空軍所属のパイロットだ。本日は、上官と共に、配属されたこの輸送都市空母の艦内の案内を、新人傭兵らと合同で受けている。

「ほっとけ。特にあの野郎はな…。」

ケニーが、そう発言すると、他の傭兵らも数名が雪崩のように同意を口にする。

「そうですよ。聞き及んでる限り、彼と関わるとロクなことにならない。」

それに続いて発言したのは、私より一年早く配属されたニック中尉。年はそう離れていない。黒い肌と鍛え上げられたその体は、筋力と体力も私よりも上で羨ましい。まさに屈強な兵士だ。温和そうな顔に似合う温和な性格で、柔らかそうな大きい下唇が特徴だ。丸く刈り上げた頭のサイドには剃りこみを入れ、休憩時間の合間に、仲間の前で得意のダンスと歌を披露し、DJと呼ばれているらしい。訓練で見知っている程度で、さほど付き合いがあるわけではないが、彼が、そんなことを言うとは…。

「しかし、あのままでは――…」

と、私が言い終わるよりも早く。東洋人が腹部を殴られて、床に崩れる。そこへ大男が寄って集って蹴りを入れていく。それを見ながら「あーあ。」と、ケニーは面白そうに言う。周囲の者もそれを囃し立て、止めようという者はいない。私は、ニックを見た。彼も何も言わずに眺めている。それを見てあきらめ、私はもう一人の人物に注目した。切れ長で、白髪。鋭い灰色の瞳。そうした色もあるが、美男子という言葉を使うのであれば、これほど当てはまる人物はいないのではないだろうか?私とニックの上官。部隊長のアダム中佐だ。あまり語る事がなく、何より、顔を合わせたのは今日が初めてだ。今日だけではその人柄はよくわからない。ただ、部隊員のみならず、ケニーもそうだが、傭兵からも慕われている。鋭い目でその事態を中佐は眺めていた。が、身を翻して、

「艦内の案内を続ける…。続け…」

「なっ―――!?」

その言葉に了解とやる気のない了承を告げて皆、歩き出した。私はその場から踏み出せず、その後ろ姿を眺めた。殴る音が聞こえる。嗚咽が聞こえる。理由はわからないにせよ。こんな状況を黙って見過ごすのは絶対におかしい!私は兵士だ。だが、国土や、流通だけを守りに来たのではない!人を救いに来たのだ!守りに来たのだ!私はゲートへと駆け出した。そして、怒鳴る。

「貴様ら!何をしている!!」

ここでは、軍が治安を維持する警察組織としての役割も担っている。その怒鳴り声に、彼らは手を止め抗議の目で見て、私の姿を確認すると、その場からわずかに離れて並ぶ。退かない者もいるが…。囃し立てる者たちは、静止への抗議の声を上げて、やはり私の姿を見るなり押し黙る。ここでは軍人に逆らう者は居ない。はずだが、

「兵士さんよ。なんで止めるんだ!こいつはスパイだ!こいつのおかげで、俺たちは死ぬんだ!!」

退かない中年の男が声を上げた。周囲が「そうだ」と連呼する。私は睨みつけて聞く。

「言い切るからには証拠があるんだろうな?第一そんな人間を『マザー』が放っておくわけがないだろう。」

こうまで周囲が言うなれば、それ相応の理由があるやもしれないが、この都市を管理しているマザーコンピューターが放っておくはずがないのだがな…。もし、本当に彼らの言う通りそうならば、いや、そうだとしても見るに堪えないが…青年の身柄を拘束して情報を聞き出した方が妥当だろう。

「何を言っていやがるんだ!あんな機械様の言う事なんざ信用できるか!!」

男は顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らす。なんとも前時代的な…私は呆れしか出てこない。しかし、この言い用は、如何せん、管理されている側としては、非常にまずい気がするのだが…。

「運び屋なんかしながら、4年も生きてるなんてある訳ない!第一連中と同じもんに乗っていやがんだ!!こいつは『あいつら』と通じていやがんに決まってんだよ!!でなきゃ―――」

「そんな決めつけなど私は聞いてはいない!証拠があるのかと問うた!!」

真っ赤にして決めつけを並べ立てる男の声と、周囲の彼への賛同の囃し立てを、私はいよいよはねのけた。聞いてやる価値などない。こういう連中には、本当に呆れしか出てこない。さて、周囲の声は「引っ込め」だの「間違いないんだ」だの「殺される前に殺しちまえ」だのと色々と言っているが、男は口を痙攣させながら何も言えずにいた。やはりか。ほとほと厭きれる。私は歩み寄り、その男をその場から、青年から引きはがすように男の肩口を引っ張ってどけると、青年の背に手を置き語りかけた。

「君、大丈夫か。」

床に倒れている青年は、苦悶に表情を歪め、口から吐しゃ物を頬に伸ばし、整わない荒い息の中から時折嗚咽を漏らしていた。私の声に、苦悶に歪み強く閉じていた瞳を薄く開く。

「…ほっとけよ…」

と、小さく言った。そして、目を閉じた。この青年はこの状況で何を言うのであろうか。そんなことできるわけがない。私は、力なく床に転がっている青年の腕を背負うようにして、彼を起こす。なんとも細い腕だろうか。女のような細腕だ。そして軽い。そういえば周囲の連中、一見大男と思ったが、私と大差ない。ただ単に、この青年の背が低すぎて、そう見えただけだったようだ。

「くそ…。もう知るか!この女兵士共々やっちまえ!!」

私の背後でそう、誰かが声を荒げた。途端何かに引っ張られ、体勢を崩す。視線をやれば、先程引きはがした男が、青年の背の大きなナップザックを掴み、力いっぱい引っ張っていた。私は、青年の腕は離さない。離してはならない。余っていた片腕を青年の背に回し、遠心力で、青年と共に投げ出される。青年を咄嗟に抱くようにして体の内に引っ張り込んだ。青年の体重を含め倍増した衝撃が、着地した肩に収束する。これで青年にはダメージはないはずだ。視界の隅では、投げ飛ばした男が、殴りこもうとしていた。背後に数名が続く。

「ちっ」私は舌打ちをした。

これでは間に合わない。体勢を立て直す前に、一撃を受けてしまう。耐えることはできようが、このままでは袋叩きだ。私一人で奴ら全員を昏倒させねば。どうすれば…。スローモーションで男が迫っていた。私は青年を守るように抱く。

「おごっ」

男が真横に一瞬で吹き飛んだ。男の顔面は衝撃に歪んで、頬肉が波状に揺れる。右腕を男の顔面のそばに伸ばしきった人物がいる。切れ長で白髪。思わず見惚れた。中佐だ。その奥には傭兵ケニーと、ニック。

「おい!新人共!ぼさっとしてねぇでやっちまえ!!こいつらは兵士に刃向った暴徒だ!!!」

ケニーが駆け込む男の仲間の一人の顎に、アッパーを決めて、盛大にブリッジを描いて飛ぶ相手を見ながら楽しそうに言った。

「いい訓練です。皆さん、弱者を如何に殺さずに、半殺しで、捕えるか実践しましょう。」

ニックもまた、ブレイクダンスのような回転足技で、華麗に3名同時に迫る男達を吹き飛ばしつつ言う。何て物言いだろうか…。二人の言葉に新人らは、歓喜の雄たけびを上げて、たじろぎ逃げ出そうとしていた者達に襲い掛かっていった。

「――終わったか。」

ケニーが周囲を一瞥して言った。

「そのようですね。」

ニックが同意する。

周囲は、呻きを上げて床に転がる重傷の男達と、その男たちの吐しゃ物という惨憺たる状況だ。物の数分で、兵士以外の者は、床に伏した。私は一般市民と訓練を受けた戦士との多大なる差を垣間見て、唖然としていた。あまり実感はないが、私の体術は、ニックより上。手合せとの差異の微塵もないあの動きからも、想像は難しくない。白兵戦などこの時代、経験のない事であるが、こう見ると、自分が化け物のような気分だ。いや、そんなことよりも…。

「中佐。」

私はその背中に声をかけた。灰色の瞳が振り返る。あまり表情の変化が少ない中佐は、その心の内を図りにくい。怒りであろうか?悲しみであろうか?今その心の内はわからない。考えても始まらない。私は命令に背いた。

「勝手な行動。誠に申し訳ありません。いかなる処分でも受ける所存であります!」

私は中佐の声を待った。周囲には呻き声しかない。中佐は私に目を向けたまま何も言わない。周囲も黙ってそれを見守っている。配属早々こんな大事を起こしてしまったのだ。首はないにしても、左遷だろう…。

「えー、じゃあ、ケニーおじさんとぉベットで一晩…。」

沈黙を打ち破って、ケニーがおどけた口調で言う。周囲の白い目がケニーに集中した。

「な、真に受けるなよ!場の空気を和ませようとしただけじゃねーか…。」

「知っている…。お前は口先だけの男だからな。」

ケニーの釈明に、とんでもない追い打ちをかけたのは沈黙を守っていた中佐だ。私はぎょっとした。ため息をついて、中佐は呆れたように肩をすくめた。

「ちょ、おま、ひど…確かにそうだけど…ひど…」

「中尉、君の命令違反で、商会のひとつから、いらぬ反感を買うこととなる。これは軍としては非協力的な団体を作り出すことにもなり、業務に支障を来す事である。」

「うぉ…無視かい…おじさん泣いちゃう…。」

完全無視で私との話を進める中佐に、ケニーは凹んだ様子で、その場にしゃがみ込んで落ち込んだ。二人は長い付き合いなのだろうか…。左遷される私にはもう、どうでもいい事であるが…。後悔はない。構わない。私は誰かを守る。それを貫いた。これからも…。

「が、それはこの都市ではあまり関係のないことだ。それよりも何より、ここに居る皆、余計なカロリーを消費して腹が減っている。よって罰として、君には本日から一週間の炊事係を命じる。…わかったか?」

「え…。」

今なんと?え、一週間の炊事係?

「わかったか!」

「さ、サーイエッサぁ…?」

「声が小さい!」

「サーイエッサ!!」

左遷はない…ようだ…。はっ、忘れてはいけない。背後の床に寝ているはずの青年を見た。すでに彼は壁に寄りかかりながら起き上がっていた。そして、荒い息のまま、壁を伝いながら、おぼつかない足運びで歩き出した。私は呼び止めた。あれほど殴られたのだ。治療を受けた方がいい。

「君、待ちたまえ。」

青年は聞こえていないのか、よろよろと、そのまま倒れている人物を跨いで乗り越えて、認証ゲートへ向かう。空港搭乗口のようなものだ。3mくらいの高さで、幅は人の肩幅より多少広いくらいの長方形の枠。その中を通るだけのものだ。AIがセンサーを返し、危険物がないか検査する。その精度は地球上にあるすべての物を判別できる。どんなに厚い入れ物の中であろうとそれは同じだ。服に付着した微量の火薬にも反応するので、私は一度拘束された嫌な思い出がある。私は彼の後を追う。追いついて肩に手を掛けた。

「君、待ちたまえ。一度、治療を受けた方がいい。あれほど殴られたのだ。」

青年はようやく立ち止まった。振り返らず、大きなため息を吐いて。

「治療というのは…どこで受けるのかな?自分には、生憎そんな金はないんだが。」

小さく聞き取りにくいが、若い低い声だ。なぜそんなことを尋ねるのだろうか?そんなもの、決まっている。

「君は暴行を受けた被害者だ。我々の方で受け持つことができる。治療費に関しても…無理なのであれば、その場合は私が支払う。君は返さなくていい。」

ここで、仕事を受けるものは負債を抱えている者も多い。彼もそうで、だから負債を増やすような事はしたくないのであろう。私はそう思った。そう思いたい。

「そこにいる中佐殿。ごほっ…聞いてるんでしょうけど、あなたの部下の…ケホッ…この提案はまかり通る物なんですかねぇ?ケホッケホッ」

と、青年は声を大きく上げて、振り返らず言った。咳交じりなその様から相応のダメージを受けていることがわかる。この青年は急に何を?何故そんな事を確認する必要があるのか…、そんなのあたり…――

「許可できない。」

―――え?

私は振り返った。中佐がこちらを見ていた。それは、初めて見た中佐の表情だったが、悲しみにも似た苦い顔だ。それは、私を見ていた。

「え、中佐。しかし、彼は…。」

「そこにいる彼には、諜報活動の嫌疑がかかっている。我々の施設内に入れることはできない。」

そんな…では、この青年は…本当に…。あの男たちのただの言いがかりだと、そう考えて、行動したのだが、軍部でも嫌疑がかかっているとなると…。

青年は、私が思考の海に漬かっている間に、肩口を掴んだ手から歩んで離れ、ゲートの向こうへ今にも崩れそうな足取りで行く。

「4年ここでやっている人間からアドバイスだ。」

「え?」

それは青年の声だ。振り返ることなく歩みを進め、ゲートを越え、その先の通路の光の中へ溶け入ろうとしている。

「一人は無力。見て見ぬふりをしろ。死ぬぞ?」

消え入りそうな小さい声だが、それは強い口調だった。それは、まるで自分の行為を否定された気がして、自分が…否定された気がして…。取り残された私は、青年の姿が光の中に消えて入ってからも、しばらくその場に立ち尽くしていた。



「――鈴しゃま…。こんな暑い所じゃなくて、中に入った方が…。」

ニーハオ皆さん。僕はニャンと言います。年は…わかりません。

えへっ。ニャンは、少し前まで自分と同じくらいの大きさのライフルを持って、よくタオルみたいな汚い布を巻いて、顔を隠した変なかっこーの人たちと暑い砂場で戦っていましたです。こう見えて力持ちなんだよ?ニャンは。えへへ。

けれどね。おーきな爆発があってみんな死んじゃったです。ニャン一人でいっぱい歩いたんだー。お腹すいて、喉が渇いて…気が付いたら鈴しゃまのお家のベットっていう、柔らかくて、気持ちくて、あーたかい物の上で寝かされたの。鈴しゃまのお仕事はマフィアっていうらしんだけど、今ニャンはそのお仕事を手伝ってまーす。すごいでしょ?えっへへー。小さいけど大人なんだー。

という訳でニャンは、ボスである鈴しゃまのゴエーとして、セキドーチョッカコーコーチュー?のユソートシクーボ?ていう所のおーきくてながーーいカッソウロっていう所の中を歩いてまーす。大きくて、耳の痛くなるような音をたてるどろーんっていうのがたーくさんいます!すごいです!かんどーです!でも、たいよーが眩しくて、いつもビヨーに良くないって、鈴しゃま、たいよーが眩しい所では絶対屋根の下なのに…。だから、とーても今日はたいよーが眩しいから中に入ったらって言ったら、睨まれちゃいましたです。

「私がいいのだからいいの!あなたは黙って周りを見張って頂戴。」

ふんっと、鈴しゃまはそう言うと、歩くのを早めます。言われた通りにニャンは、見張ります。ここは、汚くて臭そうな人が、変な目で見てくるので、よーちゅーいです。でも、何かあったらゴエーのニャンの出番なのです。えへへ。

それにしても女の人は良くわからないのです。こんなに暑い中でも黒いスーツです。ニャンには、こんなふわふわしたのが端に付いたスカートとか言う涼しいのを着せて、「ひりひりしないように」って、沢山ぬるぬるした日焼け止めクリームとか言うものを塗ってくれたんですけど…。

あ、隅っこに変な飛ぶ奴。なんだっけ?ニャン忘れちゃった。

そこにあったのは、辺りにあるヒーンってうるさい管みたいなのがついたのや、4つ大きな回るのが付いてる…どろーん?とは違ったのです。それはとーても細くて、小さくて、一人しか乗れないみたい。それなのにとーても大きな羽を広げていますです。そして、そして、羽から二本足を下ろして立って、お尻の方を小さなタイヤで支えています。犬のお座りみたいです。羽に英語でなんか描いてるですけど、まだニャンはおべんきょー中だから読めないです。

色は銀色で、鼻先の上の方だけ黒くなってて、後は、いろんな所に銀色は銀色でも、ビミョーに色の違う板を…えーと、怪我した時に貼るばんどえいど?って言うんだっけ?それを張り付けたみたくなってて、ぼろっちぃのです。でも他と一番違うのは、人が乗る所の前に、どろーんの回るのが…えーと、そうです!熱くなった時に風を出すあれみたいなのが付いてるのです。ここには他に同じようなのはありません。

で、で、その下で一人誰か寝てるのです。こっちを見たのです。あ。あからさまに寝返りをうって顔をそむけました。鈴しゃまはどうやらあの人に会いに来たみたいです。

「あーら、大層な御身分ですねぇ。何をなさっているんです?働いてくださいよ?」

ふわぁあっ!?鈴しゃまいきなり喧嘩するつもりなのです。ニャンも準備しとかなくちゃ。こう見えてニャンは、暗殺?のプロなのです。変な人たちと戦っていた頃と合わせると、両手両足の指じゃ足りないです。じゅんびです。じゅんびー。

て、…この人も上下真っ黒なのです…。髪も目も黒いです。お肌が黒くないから、鈴しゃまと同じ所の人?格好もそーだし…。うーん、それにしても、こーんな暑い中で、長そでの上下黒を着るのもそーだし、それに、頭もとーても暑そうです。えへへ。黒は熱をきゅーしゅーするって、ニャンはくしきー。

「…なんか用?」

男の人は横になって背を向けたまま、元気なさそうに言いました。ぎょーぎわるいのです。会話をするときは相手の目を見て正しい姿勢!大人なのに恥ずかしいのです!

「偶々近くで取り立てをしたので、あなたの様子を確認にね。おや、随分ひどい有様ですねぇ。」

鈴しゃまは男の人の顔を回り込んで覗きました。ニャンもちょっと気になったので見てみましたです。さっきは見えなかったけど、目の上が切れて、口の端が赤くなってるです。とーても痛そうです。

「そりゃどーも。しかし、ずいぶん暇だなぁ。一顧客にこんな執心とは…。もしかして俺にほれちゃってんの?」

そう言い終わると大きくあくびです。この人も喧嘩売ってるです…。ああ、鈴しゃまの顔がとーても怖くなりました。そして、寝転がっている男の人の首元に掴みかかります。

「減らず口を!」

「おぉっと、ここは監視カメラが多いからぁ・だ・れ・が・見てるかわからないぞぉー?」

男の人は、両手を胸の前に揃えて掴みかかった鈴しゃまの方へ手の平を向けて上げて、子供みたいな口調で言ったです。鈴しゃまは、嫌いな物を食べたときみたいな顔をしてるです。投げるように、掴みかかった手を放します。

「やっぱり、とっとと、臓器売買ができるうちにバラしちまえばよかったよ!」

鈴しゃまは、勢いよく言って、顔に手をやって悩んだような顔をします。男の人は鼻で笑ったです。

「やー、まじ感謝だよね。再生医療の早期肉体・臓器生成!目が見えない人に光を!歩けない人に足を!失った腕を!健康な心臓を!もう、ほぉおんと・お・お・く・の人を救っちゃったよねぇ。」

とーても嫌なしゃべり方です。でもしゃべり方とは違って、男の人の顔は、むひょーじょー?です。鈴しゃまが、どんどんさっきよりおっかない顔になっているのです。そんな顔を見たくないです。だからこの場でこの男の人をしゃべらないようにしたいです。でも、だめです。命令がないのです。我慢です。

「…まーいい。おまえは一生ここから出られない。このまま飼い殺してやるから安心しな…。」

鈴しゃまは笑いながら、顔をぐっと男の人に近づけて、言いました。とーてもなんだか、寒くなる笑みでした。こんなに暑いのに…。ニャンは、鈴しゃまのあんな顔初めて見たのです。あんな笑った顔で見られたら、おしっこちびっちゃうのです。でも、男の人は平然としてそれを見てるのです。この人、なんか…すごいのですぅ!

「アホくさ…。あん時連れ出さずにほっときゃ一番いいものを…。」

こばか?にした顔で、男の人は言うと、おーきく息を吐いて、もー、ほんと、今の鈴しゃまなんて、気にも止めていないのがよくわかるのです。そっぽを向いて頭を掻いてます。

「そんなに殺したきゃ、連れ出して早々にやっとくか…まぁ、過ぎた話だからどーもこーもないが、現在進行形で言うなら、俺が、仕事に出てる時にでも殺しちまえばいいんじゃねーの、事故だのなんだのって…。」

「それじゃあ、面白くないじゃない…苦しめて苦しめて苦しめて苦しめてお前が泣きわめいて助けを求めるまで追いつめて、無様に死ぬのを見たいからなぁ。私は。」

鈴しゃまは、ニヤリと笑ったのです。悪戯するときのお顔です。でも、とーても怖いのです。どんな悪戯をされるのでしょーぉ?男の人は、先程のこばかにしたようなよーすじゃなくて、呆れた顔をして黙っているです。

よくわからないですけど、鈴しゃまの仕事は「借りた物を返さない人を懲らしめるのよ」って、よく鈴しゃまは言うのですが、この男の人もそうなのです?いつも仕事でそういう人の所に行くと、子供みたいに泣きわめいたり、大声をあげたり、怯えたり、襲って来たり、色々あるのですが、この人は、そんな様子が全くないのです。変なのです!

「あぁ、そうそう。あなたの妹ね。あなたのせいで会社辞めさせられちゃって、まー、うちの所に来たみたいなのよねぇ…」

言いながら、ダンスするみたいな動きで、コツコツと足音を立てながら、行ったり来たりしてから鈴しゃまは、男の人の正面でしゃがみ込みましたです。男の人はと言えば、目の前の鈴しゃまを黙って見ているのです。

「どこかの誰かさんと同じよね。さーすが、兄妹って奴よねぇ?仕方がないから、うちで稼がせようとしたらしいのよねぇ。」

にやりと笑って言いながら鈴しゃまは、ニャンをちらりと見たのです。あいこんたくと?って奴なのです。ニャンはいつでも準備OKなのです。でも「殺せ」と、お口で言われない限り、殺さないのです。前怒られたのです。

「でーも、そーしたら首つって死んじゃったそうよ?あ・な・た・の・せ・い・で。」

鈴しゃまは、甘えるような、ばかにしたような感じで言いましたです。そして、悪戯する前の笑顔で男の人を見たです。辺りは急に静かになりました。ニャンは、静かに右の足を少し後ろにずらしたです。両足を揃えて立ってるより、こーすると早く飛び出せるのです。男の人は黙って鈴しゃまをただ見ていました。すると、お口に腕をグーにして持って行って、難しい顔をしましたです。鈴しゃまを眺めるのをやめて、地面を見て、お口に当てている手でない方で頭を掻いて、「うーん」と、小さく唸りました。そして、また静かになったのです。ニヤニヤとしていた鈴しゃまが、段々とむひょーじょーになっていきました。男の人は、口元のグーを、口元から顔の横にずらしながら、人を指す時の指だけを立てて、少し振りましたです。

「あ、いやごめん。ふーん。妹か…いたな…そういえば。5年も会ってないし忙しいからな…あー、大学中退してから話してもないから実質9年くらいか…忘れてた。ああっ、すまない。できのわるーい兄のせいでそーだなーうん。」

それは鈴しゃまが、ニャンのお願いを「後でね」っと相手にしてくれない時と同じ感じです。なーんにも思っていない。そんな感じなのです。それは鈴しゃまにもわかったみたいで、すぐさま「はぁっ?」と目の下をぴくぴくと動かしながら、ちょっと大きく声を上げたのです。

「あなた、そんな強がらなくていいのよ?」

鈴しゃまの声は、少し震えてたです。眉と眉の間をくしゃくしゃにして、お目目をとても細めて、少し開いたお口からは、鈴しゃま自慢のきれいな真っ白い歯が見えていたけれど、ギリギリと音を発てているのです。歯ぎしりっていうんです?ニャン、少し前、面白い事を見つけたと思って、同じことをしてて、鈴しゃまにとーても怒られたのです。

「えー?何を強がるの?」

男の人は、むひょーじょーで聞き返したです。

「あなたが殺したのよ?妹を。」

「そーっすねぇ。で?」

鈴しゃまの声は、誰にでもわかるくらい声が震えてたです。男の人は、またむひょーじょーで聞き返しましたです。あわわわ…鈴しゃまのお顔が真っ赤かなのです。

「己に押しつぶされて泣きわめきなさいよ!なぜ平然としているの!?」

「え?見たまんまでしょ。」

ついに鈴しゃまは大きな声で言いました。それでも男の人はむひょーじょーで返すのです。男の人は体を起こすと、足を組んで座って、鈴しゃまを見上げたです。

「だから?どうした?」

顔をかしげて、言ったです。その顔はさっきとは変わって、とっても面倒くさそうな疲れた顔です。でも、そんな事よりも、その時、ニャンは見たのです。メガネの向こうのその目は、まるで死んだ人間のように光を帯びていませんでした。黒くてどこまでも黒くて、とーても嫌な目です。本当になにも思っていない。そんなのが伝わってくるのです。この男の人はおかしいです。何かおかしいです。

男の人は、ごろんとその場に横になって、大きくあくびをしました。そして、手でこちらを仰いで

「他に用がないなら、さっさと帰れや。たくっ…こっちは寝るのも仕事なんだってのによ。」

嫌そうに言いました。しばらく鈴しゃまは立ち尽くして、一言言いましたです。

「人でなし!」


https://23109.mitemin.net/i271404/

 


天は、黒々とし、ごろごろと、えらく不機嫌に声を漏らし、涙を絶え間なく流す。まるで、そこに存在する私を拒絶するかのように。

海は、激しく、互いをぶつけあう。すべての物の母であり、あるものすべてを受け入れる包容力と慈愛を持った海だが、この時ばかりは荒れ狂っていた。そう、まるで、そこに存在する私を拒絶するかのように。

簡潔に述べるならば、何の変哲もない暴風雨なのだが、この最中にいる者ならば、誰しもそう思うだろう。そして、何故、こんな自然の罵り合いの最中に来てしまったのか、後悔することだろう。

が、今まさにその最中にある、早々に空中分解しそうな継ぎはぎの多い一機の銀色の飛行機を操る者もそうかと言えば、はたしてどうだろうか。立てつけの悪いキャノピーから、手元に水滴がしたたり落ちることに対して、時折、鬱陶しさを眉間に現わすばかりで、後悔などというものは見て取れず。突風に煽られ、不意に行く先とは、明後日の方向へ向けられようが、著しく高度を失おうが、「よいしょ」と、様にならない間の抜けた掛け声を小さく漏らしながら、操縦桿と、ラダーをせっせと操作し、機体を水平にし、狂わされた行く先を、忙しく落ち着きのない計器を眺めながら修正する。その様は、片手間、流れ作業と言わんばかりで、操縦桿を太ももで挟み、ラダー操作と並行して器用に操りながら、開いた両手を、狭いコックピット内で伸ばせるだけ伸ばしてみては大きく欠伸をしたり、上着のポケットからレーションなんかを取り出して、口に放り込んだりしているのだ。後悔どころか、この場において常人ならば、誰しも感じるであろう恐怖すら、この男には微塵も窺い知れないのだ。

それもそのはずで、この男にとっては、職であり、これは日常。

彼の背後、背もたれ一枚隔てたその場所には、ジュラルミンケースが一つ収まっており、これを指定された場所へ届けるのが彼の仕事だ。中身はと言えば、何かの重要部品だったり、重要データであったり、医薬品だったり、あまり大きなものでないのは確かだが、彼自身、何を運んでいるかなどは知らない。というよりかは、興味もさほどないのではないだろうか。

こんな悪天候の最中、荷を運ぶなど、ロクな物を運んでいないのではと誰しも思うだろう。法に触れるような如何わしい荷を運んでいるのだから、こそこそとこんな悪天候の最中に身を投じているのだろうと…。

ただ、国家管理による配送物であるのだから、法に触れるような物ではないとだけ言っておこう…。多分…。

「おー、来たな。」

そう呟く、彼の瞳、まるで死人のようだとよくよく称されるその瞳には、光が宿り、への字が常の口元は、口端を吊り上げ歪んだ。


「神は我らに、明日を生きる糧を御導き下さった。」

と、唐突に色気もへったくれもねぇ言い回しの男声が、耳元のスピーカーからクリアに流れた。やれやれってなもんだ。こんな天気の日に仕事たぁ…。うんざりしながら、俺っちは風防の外を見た。俺っちのイカしたテクで描かれた、ドクロがキマってる主翼の下に広がるパノラマといやぁ、黒々としていやがって、思い出したように起きる雷が、それが一面の雲だってことを教えてくれんぜ。まったくもって悪天候って奴さ。通信機の調子が悪いことにしてバックれたいもんだが、目の前には生憎レーダーなんてものがありやがる。壊れてりゃそれもできるんだが、よりによってどっからぶんどってきたんだか、最近軍に配備されたって言う代物だってんだから壊れるわきゃないわな…。かく言うそれにゃぁ、表記が一周する度に映っていた点が、一つ増えていやがった。

「へーへー。だるいからさっさと済ませちまおうぜ。」

こーゆー天気ん時は飛んでるだけでさえ疲れるってな。それだけに稼ぎは期待できるけどなぁ。あー、とにかくさっさと帰って、酒飲んで適当な男と寝てぇ。(男との疲れってのは別腹)

「まったく君は―」

「そうっすよ。早くやっちまいましょうよ!」

やる気のねぇ俺っちとは真逆で、そんな俺っちに文句を言おうという一方の声をさえぎって、やる気溢れるテンションたけぇでけぇ声が続く。こいつは、最近やってきた新人の日本人だ。なんでも、平和な日々に飽きたってなわけで、スリルあふれる刺激的な事がしてくて、ここに来たってぇことだ。ったく、平和なご時世になるとおかしな野郎も増えやがる。何事もねぇってのが一番だってぇのによ…。

「まったく君らは、仮にも人の命を奪おうというのに…。嗚呼、神よ。お許したまえ。」

かぁっ、じんましんが出そうだぜ…。この信心深げに嘆くのは、仲間内で牧師と呼ばれるエルンストってぇおっさんでよ。流れの傭兵だったはずなんだが、もう十年近く仲間としてやっている。んーで、淑女らしくしろだの、口がなっていないだの、毎回毎回事あるごとにうるせぇ…まーるで死んだ母親みてぇだ。一々ほんとうるせぇ。周りじゃ、親子だのと舐めくさったこと言われるしよぉ。それもこいつが、俺っちが飯当番なんかした日なんかにゃ人をガキみてぇに人前で一々頭撫でやがったりするから…。

「おや、今日、神が我らの前にお導きくださったのは、哀れで愚かな罪人のようだ。」

ったく…、分かりやすく言えってのよ。一々回りくどくって仕方がねぇ。レーダー上に増えた点の方向を見やれば、黒々とした雲海のその切れ間に正体が見えた。なぁるほど、あれは「哀れで愚か」だ。あーあ、萎えた。

「俺っちパス。弾と燃料が勿体ねぇ。」

こんな天候で飛ぶなんざ…、多少は仕事してもって思ったんだがなぁ。ありゃぁ、敵さんの傭兵か?それにしてもありゃないだろう…。

「まったく君は、さっきと言っていることが違うぞ。」

「あんなん落としたくらいじゃ、ボーナスも糞もないだろ…。俺っちはパァス!」

偵察や斥候だとしたら、余りにもひでぇ扱いなもんだ。いや、もしかしたらどこぞの新人みたいな馬鹿か…。にしてもはぐれたのか、どちらにせよ運のわりぃ野郎だ。向うは気づいていねぇ…のか?レーダー上の点は、離れるでもなく、距離は変わらず。運のわりぃどころか、可哀想な野郎だ。

「アレ、味方とかじゃないんすか?」

と、すっとんきょな事を抜かすのは新人。あーあ、ここにいたのが全員こいつみたいなアホなら、あの可哀想な野郎は、今夜お楽しみにでもありつけたことだろうが…。

「君も君だなぁ…。話を聞いてないだろう。担当区域外へは平時は不干渉。通る場合は、上と担当者に許可を、だ。」

「じゃあ、俺の初陣って訳っすね!やったぜ!!」

初陣ねぇ?俺っちは、無理やり付き合わされた付き添いみてぇなもんだが、先生というよりかは教官か、そんなおっさんの説明なんてこの新人はろくすっぽ聞いちゃいねぇ。新人選抜してる奴ら、ビッチみてぇにほいほいなんでも受け入れやがって、こういう抜けてる奴が仲間になるとロクなことになんねぇのが目に見えてんじゃねぇかよ。こりゃ穴だぜ?穴。こんな野郎がまともなディフェンスなんざできるかよ。

「いや、今回君は見学だ。狙われないように遠くから見ているんだ。私とポリーナの二人でやる。」

「えぇ、そん―」

「いいんじゃねぇの?新人に行かせりゃ。」

俺っちはあっけらかんと、投げやりな気もしなくもないが言った。レーダーに映っているのはあの野郎だけだし、ステルス機なんざ、「バカじゃね?」と言いたいが退役しているこのご時世、あの野郎を餌に釣りなんざまずねぇ話。ステルスカラーってのもそりゃあるが、あれはあくまでもステルス機に塗ってこそのもんだ。時間稼ぎくらいにはなるだろうがな。

「ポリーナ、いくらやる気がないからと言って―」

「怒鳴んなよ!おっさん、耳に来るっての。べ、別にやる気ねぇとかじゃなくて、新人が使えるか使えないか見んのに調度いい機会だから俺っちも言ってんだよ!このターコ。」

そ、調度いい機会だ。これで抜けてるだけじゃ飽き足らず、まともに空戦できねぇような口先だけの奴なら、上に報告してお払い箱にしちまえばいい。というかどんな理由付けてでもこんな奴はお払い箱にしてやる。

「な、ポリーナそれは―」

「ひゃっほぉ!さっすが先輩!はなしがわっかるぅ!」

だからでかい声出すなっての…。耳に来る。あー、ただでいかせたんじゃ…おっさん優しいからなぁ…。俺っちがクビにしようとすんの止めんだろうなぁ。そうだなぁ。

「おい、新人。」

「なんすか!先輩。」

ち、こいつの声聞いてると胸焼けしそうだぜ。やだなぁ。アレも期待できねぇだろうしよ…。まぁ、背に腹は代えられねぇ。

「おまえがサクッとあいつ落としたら、俺っちが抱かれてやんよ。こんなイケ女で童貞卒業だぜ?やったな新人。」

「どどどどど童貞ちゃうわああ!」

さて、どう転ぶかねぇ?スピーカーからは、おっさんが喚き散らしてるのが聞こえちゃいたが、背後から迫るお門違いも甚だしいあの迫力のねぇ排気音にそれはかき消され、聞き取れなかった。


吹き荒れる風の轟音、雷鳴、互いをぶつけ合う波の音…、ここにあるのは本来それらだけのはずであるが、それらが声を弱めると、連続的な破裂音と爆音がすぐさまここを支配する。

黒雲の最中にそれはあった。逃げる銀色と、それを追う暗い緑。銀色は継ぎはぎだらけで、自らをひらりと翻す度、反射する光の流れが蛇行する。対する暗い緑は、艶が飛んでいるのか、真新しいドクロの絵ばかりが反射する。2つの機動が交錯し舞う。


「先輩、向うどうやら、非武装っぽいっすよ?何度か後ろ取られたんですけど、撃たれなかったすから…あ、撃たれても余裕で回避っすからね!もちろん。」

新人は、バレルロールの最中呟いた。ぐるりぐるりと、上下が反転を繰り返す。世界が反転を繰り返す。一方の肩を何者かに掴まれたように引っ張られ、体は操縦席に不自然な応力で押し付けられる。体の内容物はシェイクされ、疲弊していく。絡みが始まって大して経っていないが、横槍を入れられぬよう無理なマニューバを繰り返したせいだろう。向うにも意図が伝わったようで、今は見守るように高度を取って、見下ろしている訳だが、その顔を思い浮かべ、余計な真似を…と、下唇を噛んだ。嘔吐感がじわじわと募り、意識も遠のく。だが、これくらいでめげたりなどしない。何故ならあの女が抱けるのだ。こんなチャンスはない。と、そんな最中、返答がある。

「は?なんだぁ?そりゃ。んじゃ、一般人かぁ?」

「それはないっすねぇ。主翼右両面と胴体両サイドにセンスもなく、黒字のゴシック体でAIRMAILって書いてますからねぇ―…っ!?ちっ!」

疲れを見せぬように気取った物言いで返すつもりが、そんな意図をまるで悟ったかのように、急降下、雨粒が後方へ絶え間なく流れる風防の向こうで、銀色の機体はバレルロールをやめ、視界の下方へ消える。それにすぐさま追いすがる。逃がすか。煩悩が彼を突き動かす。カウルフラップを閉じ、スロットルを全開位置、全力降下に入る。速度計、高度計はぐるぐると狂ったように回転をはじめ、雲を突き抜ける。

視界一面に広がるのは荒れ狂う海。奴はどこだ?右、いない。左、いない。後ろ。いない。上…。わずかに見上げたところで目の前に奴はいた。機体上面の平面形全体がものの見事に捉えられた。向うはすでに上昇に入っていた。細身の継ぎはぎだらけの機体、その操縦席からは、同じように見上げてこちらを見据えている様が見えた。新人は無性に腹が立った。雨ではっきりとは見えないが、それはどうにも自分を小馬鹿にしたように笑っているように見えたのだ。

スロットルを緩め、苛立ちを込め操縦桿を引く。速度はそのままGへと変換され、肉体に襲いかかり、視界は黒く霞む。そんな最中でも新人は相手の姿を睨み続ける。と、上昇から打って変わって、睨み続けた相手は機体を引き上げ、縦旋回に入り、下降に入った。再度、すぐさま互いを見据えながらすれ違う。そして、ひらりと天地逆だった機体を翻し、全力降下に入っていく。

表情は窺えないが、あれは間違いなく馬鹿にしている。確信した新人もやや遅れて、降下に入る。煩悩、怒り、我を忘れて、引き金を引く。それをあざ笑うように、照準器の向こうでは巧みに細かな動きで弾を交わしていくさまが見えた。この間にも高度は落ちていく、3千、2千、千…。速度もまた上がっていく600、700…。新人は弾が当たらないことにやきもきしている内、ふと、単純なことだが、あることに気づいた。向うとの差がじりじりと縮まっているのだ。それもそのはずだ、撃つのをやめた今ですら、向こうは大きく変則的に蛇行しながら回避運動をしている。わざわざ速度を捨てているのだ。動きを止めたら撃ってくるとでも思っているのだろう。そこまで持ち弾は生憎ないのだが…、無駄撃ちした甲斐があったというものだ。もう少し行けば、視界一面に奴を捕えられる。そうしたら、残った全弾至近距離で食らわせてミンチにしてやる。馬鹿にしてくれたお礼だ。これが終われば…。

腹いせ、そしてもう一つは美女との一夜。新人には周りが見えてはいなかった。体に伝わる僅かな振動すらも…。

追いついた!新人の視界一杯には、銀色のぼろい機体がはっきりと捉えられていた。昇降舵のタブに刻まれた「サワルナ」という黄色のカタカナの注意書きすらはっきりと見える距離だ。

瞬時に無線のスイッチをオンにする。あくまで戦闘中に偶然スイッチが入ったという体。

「同じ日本機乗りとして貴様には、俺が引導を渡してやるぜ。おまえはよくやっ―…。」

撃ち込み、寸でで交わすという考えだった。爆煙をバックに、決め台詞のひとつでも言っておけば、自分を見下しているポリーナも見直し、あわよくば惚れるんじゃね?という浅はかな下心。そんなことをまるで見越したかのように、あざ笑うかのように、目の前の銀色は、決め台詞を言い切らせることも、撃つことすらもさせず、引き起こしをかけ、視界上方へ、そして遥か後方へ消え去る。

「ちょ、てんめぇ、待ちやが―」

―バキッ―

それは、操縦桿を引き上げ、ワンテンポ遅れてやってきた衝撃。新人の視界の両サイドでは、破片が舞い、大きな板の様なものが2枚、後方へひらひらと飛んで行く。目で思わずそれを追いかける新人は、あれはなんだろうか?と一瞬わからない。だが見覚えがあった。ドクロだ。白いドクロ。あれは確か、自分の機体の主翼に描かれ…た―…。


暗い緑色は翼を失い、そのまま海面に水柱を上げ、荒波に呑まれて消えた。一方の銀色は、海面すれすれまで降下すると、そのまま地平線へ消えていった。


「おうおう、案の定だな。」

死ぬのは予想外だが…、大体予想してた通りだぜ。目先の餌しか見えねぇで、良いように遊ばれてんじゃねぇか。あんなのが仲間だなんて冗談じゃねぇ。

「まったく君は…、いや、いい。それより追わなくてよかったのか?」

「向うさんも、流石にこれだけ時間がありゃぁ応援も呼んだろうからなぁ。もたもたしてっと、あの馬鹿新人のいるあの世にご招待だろうよ。」

スピーカーの向こうからは、厭きれたってぇ言わんばかりのため息が聞こえたが、厭きれんのはこっちのほうだぜ。俺っちの居場所はあそこしかねぇんだからよ…。

「あー、そういや、あんなんで、しかも非武装で運び屋ってぇのはなんつーかバカみてぇな話だが、なぁんでああいう腕のいい奴がこねぇんだろうなぁ?むしろうちに来てほしいぜ。引き抜きとか出来ねぇのかなぁ。なぁ?おっさんそう思わね?」

「ほんっと君は…。ああ、神よ。どうか、彼に安らぎを…、アーメン。」


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