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私は弱くなっている。

ずっと浅い眠りの中、インターホンの音が聞こえた。ああ、またか、うるさいなぁ……井田さんかな? 読み合わせに間に合うよう迎えに来たのかな。

 出るのが面倒臭い。まだメイクもしてないし……。大体私行くって言ってないのに……もう無視しちゃおうか……。

「あれ?」

 またうとうとしていたらしい。次に覚醒した時にはもうすっかり日が高かった。いい加減起きなきゃと思うのに、起き上がるまでにも時間がかかる。

 我ながら、いつまでこの怠惰な生活を続けるつもりなんだろう、と思う。母が死んでもう二週間。基本真面目なので、罪悪感はどんどん大きくなる。けれど、心と体が一致しない、というか体が理性の言うことを聞いてくれない。こういう経験は初めてのことで、本当に困惑する。

 その上、昊というクローンが私をとことん甘やかしてくれるものだから歯止めがきかなくなっている。このまま行けば私は昊の優しさを吸って吸って、ぶくぶくと心まで太ってしまうのではないか。

「――昊?」

 寝室を出て昊を呼んだ。返事がない。リビングにも洗面所にも玄関にも呼び掛けたが、同じく返事はない。

 しんとした部屋。

 私のクローンは、どこにいるの?

 いないとわかっているのに部屋中うろうろした。みっともなく慌てている。パジャマのまま靴を履いて外に出ようとした。でもどこに? どこを探せばいい? わからない。

 どうしていなくなった? もうここの生活が嫌になった? 昨日の昊の様子――何かおかしなところがあっただろうか? 

 そうだ、台本。台本に興味をそそられたようだったけれど――。

 寝室に戻って台本を探す。ちゃんとあった。ほっとして、どうして台本を昊が持って出たなどと思ってしまったのか自分で疑問に思う。

 狼狽え過ぎだ。台本じゃなくて……。どこか、彼の行きそうなところを考えてみよう。

「――」

 私は昊について、何も知らない――知らされていないことに、今更ながら思い知る。

 クローンだということ以外、何も。

 ガチャリ。

 鍵を回す音がした。弾かれたように、私は玄関へ飛び出した。

「彩羽、起きたの? おはよう、よく寝てたね」

 いつもと変わらない声色。表情。

「……ど、どこ……行ってたの」

「スーパーだよ」

 私のどもりながらの問いに、昊はあっさりと答えた。「今日はこの前おばさんに教えて貰ったカレーを作ろうと思って。一駅向こうのスーパーに行ってきたんだ」

 そうか、スーパー……。確かに、手には大きなエコバッグを持っている。

 どうして思い当たらなかったんだろう。ここ数日、毎日のように買い物に出ていたのに。

 どうしてここを出ていったなどと、勘違いしてしまったんだろう。

「彩羽?」

 私は床にへたりこみ、泣いていた。昊が慌ててエコバッグを降ろしてしゃがみ込む。

「今朝、インターホンが鳴ったでしょう。うるさいなと思って……でも起きたら昊がいなくて……。訪ねてきた人が、昊を連れて行ってしまった、って思ったの」

 何を言っているのか、自分でもわからない。

 それでも昊は、うん、と言いながら私を抱きしめてくれる。優しく、宥めるように。

「そんなわけないよ。僕は彩羽のために存在するんだから」

 それこそ、そんなわけはない。でも、その言葉は嬉しかった。

 私は弱くなっている。

 昊の言動に勝手に振り回され、一人で立てなくなっている。

 昊は私を癒してくれる、立ち直らせてくれる。そう思っていた。

 でもそれは、逆かもしれない――。


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