私は彼をどう思っているのだろう。
私と一緒に……帰ってくれる?」
心臓がバクバク鳴っていた。ここで断られたら、私はこれからどうやって生きて行けばいいのだろう。
だが昊は微笑んだまま、「うん」と頷いた。
どうせ誰もいないから一泊していったら? と胡散臭い笑顔で征木に勧められたが、昊は「もう大丈夫なので退院します」と断った。
遠くの空が赤くなった、と思ったらすぐに真っ暗に変わる。北海道の夜は早い。
私はこのまま飛行機で東京に帰りたかったが、
「えっ、俺来たばっかだぞ。ちょっと遊んで行きてえよ」と宇野が言い、
「俺明日北海道支店で会議なんだよな。それが終わってから一緒に帰ってくれよ。一人じゃ寂しいじゃん」
と春哉が言うので、帰るのは明日にした。
協力してくれたのに用事が済んだからすぐ帰ろうとか、私ってどれだけ自分本位なんだ。昊だって疲れているのに……。ちょっと恥ずかしくなった。
春哉が昊の分の部屋を手配してくれた。本当は一緒の部屋がよかったけれど、さすがにそれは言えない。
「――彩羽」
一度、各々の部屋で荷物を置いてからレストランに集合することになり、自分の部屋で着替えを済ませたところに、ドアの外から宇野に呼びかけられた。「入っていいか」
「どうしたの」
ドアを開け、招き入れる。
宇野は私の顔をじっと見つめ、「あの子の面倒をみるつもりか」と唐突に切り出した。
「当面はそうなるよね」
「お前、舞台は? 『嵐が丘』の稽古、どうなってるんだ」
「……えっと……降板した」
それを聞くと宇野は眉間に皺を寄せ、大きなため息を吐いた。「何やってるんだよ、お前は」
「だって……それどころじゃなかったし」
「じゃあ今はどうだ? あの子が戻ってきて、気がかりはなくなるわけだろ。もう動けるだろ」
正直なところ、昊を連れて帰ってまたゆっくりしたいと思っていたのだけど……。
「……考えてみる」
「俺が心配してるのは」宇野はそこで言葉を切った。少し迷っていたが、「さっき、病室でお前……なんだか、女みたいだったぞ」
「……女ですけど」
「そういう意味じゃねえよ。わかるだろ」
「……」
わかっている。宇野はさっきの病室での会話を聞いていて、私の頼りなさを感じ取ったのだ。昊といる時の、私の脆さ。縋りつきたくなるほどの執着を。
「危なっかしいぞ、お前。そんな気持ちのままあの子と四六時中一緒にいて、深みにはまらないか、それが心配なんだ」
「何それ、深みにはまるとか、そんな……」
昊は姉弟みたいなものだ。そう言おうとして言えなかった。本当に? 本当に私は心から、そう思ってる?
昊は私のクローンだ。おかしな研究好きのストーカーから身勝手な理由で作り出され、性別が違うという理由で愛して貰えなった、可哀想な存在。
だからといって同情しているわけではない。
同じ顔、同じ遺伝子。でも最近まで存在すら知らなかった。もし一卵性の双子が大人になって互いの存在を知った時、こういう気持ちになるのだろうか? 同じ時を過ごせなかった穴埋めをするみたいに、ずっと一緒にいられたら、と。でもそれは異性ではない。一卵性なのだから当然同性だ。
「私が男として昊を……見ているということ?」
もし女性の昊と出会っていれば、こんな気持ちにはならなかったのか? 男じゃなければ、こんなに必死に追わなかったのか? ――わからない。だって昊は男だから。
「……俺だってよくわからねえよ。ただ……俺はさっき話を聞いただけだけど、千代香っていう女も、きっとお前と同じような気持ちじゃなかったのかって……なんとなく、そう感じたんだ」
一緒にしないで欲しい。
でも、否定が――出来ない。
固まったまま黙り込んでいると、宇野は「わかるよ」と抑えた声で言った。
「あの子は不思議な目の色をしている。俺にはうまい表現が出来ないが、何というか……引きずり込まれるような――」
紫永が千代香殺害の容疑で逮捕されたとニュースで報じられたのは、その一時間後だった。




