彼は目を覚ます。
目が覚めると車中には誰もおらず、私だけが助手席に取り残されていた。暖房がつけられたままで、上に春哉のコートがかけてある。
ここはどこだろう。車を降りて見回す。さっきまでの曇り空はなんだったんだと文句を言いたいくらいの快晴で、草原と畑と森の美緑が鮮やかで眩しい。私の中の北海道のイメージそのままなのに、森の入り口に白いコンクリートの、四角の形をした一軒家だけが無機質で、景色にそぐわない。さっき言っていた征木という人の家? 診療所?
ドアが開き、宇野が姿を現した。
「彩羽、起きたか。よく寝てたな」
「昊は?」
「一通り検査終わって、今病室で寝てる。全身の擦り傷切り傷、打撲、といったところかな。頭も打ったようだが心配はない」
「……よかった」
「お前も一応治療しといたぞ。ちょっと切れてこぶになってる程度だから、包帯巻いといた。疲れてるだろ、もうちょっと休んどけ」
頭に手をやると、確かに包帯が巻いてあった。いつの間に……全然気づかなかった。
「宇野こそ無理してるんじゃない? バタバタさせて……ごめんね」
「なんだよ気持ち悪い。骨折くらいたいしたことない。そういえばさっき、あの子にも謝られた」
「あの子? 昊のこと?」
「『謝って済むことではないけれど、殺そうとしてすみませんでした』だとさ。他に言いようがないよな、ちょっと笑っちまった。『びっくりしたぞ』って返しといた」
「え、それだけ?」
「だってお前……『自首しろ』とも言えんだろ。まあ仕事もひと段落してたから支障もないし、いい休養になったよ」
「休養って」
「いやほんと。元々一週間くらい休診しようと思ってたんだ」
宇野がおおらかな性格でよかった。そんな言葉では収まりきらないくらいの怪我をしているのに……。宇野は懐が深いから、と母はいつも言っていた。私たち親子はずっとこうして、宇野に守られてきたんだ、と実感する。
白い建物の中に入ると、独特の薬品の匂いが鼻についた。天井も壁も床もすべて真っ白で、大きなガラス窓から入る太陽の光が反射して目が痛い。昊の病室に入ろうとすると、室内から出てきた白衣の男とぶつかった。
征木と言う医師だ。私が会釈すると、「どうぞ、起きていますよ」とにこやかに通してくれた。均整の取れた体つきと、日焼けした顔は――なんだか胡散臭い感じだ。
昊はベッドに寝たまま天井をぼんやり眺めていた。頬にガーゼが貼ってある。私に気づくと、嬉しそうに目を細めた。
「どう? 大丈夫?」
「うん。彩羽は? 頭痛まない?」
「大丈夫、殴られた時もさして痛くなかったから」
なんとなく気まずい空気が流れ、沈黙した。何をどう、話せばいいのか。
二人でいると、ホテルでの夜を思い出した。
窓越しに話した――。
「……まだ、私が憎い?」
そう尋ねると、昊は驚いたように首を振った。
「そう、思ったことは嘘じゃないよ。でもあれは……あの時は、彩羽に追ってきて欲しくなかったんだ。だからわざとひどいこと言った。ごめん」
「うん……」
「博士に会わせたくなかった。だって、知る必要のないことなんだ」
「そんなことない。知れてよかったよ」
「うん。――ありがとう」




