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私は憤る。

後を追おうとした時、後頭部に突然衝撃が落ちてきた。何が起こったのかわからないまま床に倒れ込む。後頭部に手を触れると血で濡れていた。何かで殴られた、とようやく気づく。

「――行ったか」

「何するのよ……!」

 殴った張本人は私の抗議など気にも留める様子もなく、血のついた杖を突きながら、またリビングに戻っていく。

 昊を目で追った。かなり向こうまで歩いている。森の入り口ら辺に平屋建てがあり、昊はそのドアを開けて入っていく。

 あっちも気になるが、紫永の方を追った。得体の知れない恐怖を感じたからだ。

「ちょっと……待ってよ。何をするつもりなの」

 私の質問に答えるつもりはないらしい。彼は古めかしいマントルピースの内側に頭を突っ込んでごそごそと探っている。ピ、という音がして、紫永が顔を出す。

 すると、造り付けの書架の一部が、勝手に奥に下がった。驚いて見ていると、そのまま横にスライドし、空洞が出来た。

 紫永は細長い腕を空洞に差し込む。

 一体何を――。

 その瞬間、カチリと音がして、外で凄い轟音が響いた。

「え……」

 窓ガラスの向こう。さっきまであった平屋建てが崩れ落ちている。まるでオモチャのように、簡単に。

 何これ? どうして壊されたの? 

 爆発した……? さっき紫永が腕を入れたのは……あの本棚の中に、爆弾のスイッチがあって……。

 そのスイッチを、押したから?

 事態を飲み込めず、灰色の砂埃を呆然と眺める。

 だって……昊が、あの中に……。

 あの家に、入っていった。

「うそ……」

 これは夢? 目の前で建物が粉々になるなんて、現実で、あり得る?

 あの中で、昊が、……。

 出血のせいなのかショッキングな光景のせいなのか、足元がふらつく。そのまま廊下に出て、窓に向かおうとすると、

「たいした爆発ではないが、今行くのは危険だ。怪我をしますよ」

 場違いなほどの、無機質な声に止められた。まるで他人事だ。

「――死ぬつもりなんて、なかったのね。昊を殺して……自分だけ逃げるつもりだったのね」

「逃げるつもりはありません。ただ、研究内容はすべて消し去らなければならない。私が一緒に死んでしまっては、確認が出来ない」

 昊自身も研究内容だといわんばかりの態度に、怒りが頂点に達した。

「勝手なことを……!」

 私は紫永に飛び掛かり、杖を力任せにもぎとり、大きく振りかぶった。

 紫永は変な叫び声を上げながらそれを避けた。杖は頬を掠めただけだったが、慌てたのか、無様に尻餅をついた。

「昊は……」こんな男のために。こんな男のために、昊は命を落としたというのか。「言いつけを守って、あなたの素性を何も明かさなかった。あなたの悪口さえ言わなかった。それはあなたに恩を感じているからよ。あなたはそれを利用して人を殺させようとしたり、自分の後始末をさせたりしたくせに、いらなくなったら簡単に殺すの?」

「待て。きみは将来を約束された女優だろう。こんなことで事件を起こすべきじゃない」

「……犯罪者が偉そうに!」

 体中、火が付いたように熱い。構え直した杖を、また容赦なく振り下ろす。次は紫永も予測していたらしく、近くにあった椅子で防ぐ。木の割れる音がした。

「少しでも……少しでも、昊に子どもとしての愛情はなかったの。女じゃないというだけで、どうしてここまでひどい仕打ちが出来るの、あなたは人間じゃない」

「じゃあほかにどうすればよかった」

 紫永はへたりこんだまま呟いた。「私は……音羽さんの愛情が欲しいだなんて図々しいことを考えたこともない。ただ、音羽さんと同じ子どもが欲しいと望んだだけんなんだ。きみと、まったく同じ子を。ひっそりと人目に触れず、愛でることが出来ればそれで満足だった。そのための努力もした。今もしている。私は私の幸せのために試行錯誤しているのに、邪魔するのはきみたちのほうだろう」

 ダメだ。話が?み合わない。

 こんなことをしている場合じゃない、と我に返った。昊を探しに行かないと――。

「……?」

 どこかで何かの音が反響している。何だろう、遠くから……。サイレン? 紫永も怪訝な顔つきで、小窓の外に目をやっている。

「――警察だよ、僕が呼んだんだ」

 はっ、と振り返った。

 声の主は出て行った窓からいつの間にか入っていて、廊下に何食わぬ顔をして立っている。

「昊……」

 呆然としている私たちを尻目に、昊はリビングに入ってきた。衣服は黒く汚れ、ところどころ破けており、その破けたところから見える素肌は血で滲んでいる。

 昊は私が握っている杖をそっと抜き取り、紫永に手渡した。紫永は目を見開いたまま、

「どうして……」

「匿名で電話したんだ。電話機くらいはあるんだよ、ここの二階にね。さっきこっそり外から二階に入って……」

「違う! どうしてお前がここにいるのかと聞いているんだ!」

 紫永が声を上げた。

 昊はにっこりと笑った。さっきまでとはうって変わった、一点の曇りもない、笑顔。

「試してみたんだ、博士が本当に来てくれるのか。来てくれたら一緒に行こうと思っていた。でもダメだったね。わかっていたけど」

 紫永がぐっと詰まる。昊は倒された椅子を元の状態に戻しながら、

「僕が、博士を信頼しているとでも思ってた?」割れた杖の破片を拾い、窓の外に投げ捨てる。私たちが暴れたせいでよれた絨毯や、位置のずれた家具を直していく。「博士は今から駆け付けた警察に捕まる。千代香殺害の容疑でね。それで――僕は、自由になる」

「何を馬鹿な……!」

「車を調べられたらわかることだよ。トランクに千代香の血がついている」

「わざとだな。遺体が見つかるのも早いなと思ってたんだ。山に埋めてこいと言ったのに、麓にわざと見つかるように捨てたんだな」

「ああ、すみません。僕、聞き間違いをしていたのかな」

「お前……私を裏切って……」

「まさか。僕が博士を裏切るわけない。でも博士も言っていたでしょう。千代香の経歴を警察が調べればいずれここに辿り着くって。早いか遅いの違いだよ」

 予想だにしていなかったであろう逆襲に、口をぱくぱくさせている紫永の様子に、昊が無事だったという安堵感も手伝って、思わず笑ってしまった。昊もそれを見て、私に笑顔を返す。

「多分、さっきの爆発の音でサイレンを鳴らしたんじゃないかな。でもここに来るには車では無理だから……、今頃山を登ってきているところかもね。博士、爆破の言い訳を考えておいた方がいいんじゃない」

「お前……お前……誰のお陰でこの世に生を受けたと思っているんだ。お前なんか、作るんじゃなかったよ……」

 紫永はぶつぶつ言いながら、なんとか杖で立とうともがいている。昊が手を差し伸べると、忌々しげにその手を握って立ち上がる。

「……生きていけるもんか、お前なんかが……」

 力なく、椅子に沈み込んだ紫永を見下ろしたまま、昊はしばらく沈黙していたが、顔を上げ、「行こう」と私を促した。リビングを出る直前、

「――さよなら、博士」

 呟くように言った。紫永は微動だにしなかった。


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