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私は森を目指す。

神谷さんの勘は本当にすごい。

 彼女があたりをつけてくれた山を、法務局で調べた。いくつかあったが、所有している人物の名前に『紫永』という文字を見つけた時、声をあげそうになるのを飲み込んだ。誉田さんから貰ったリストと照らし合わせる。たくさんいる医師の中にもあった、『紫永』。よくある苗字ではない。

 梶千代香が呼んでいた『あしながおじさん』とは、『しなが』という苗字からつけたものではないか、と思い当たった。

 なんにせよ、ここの山で間違いない。私は狭い、車ならぎりぎり通れるであろう山道を辿っていく。

「途端に暗くなるから、森に入ったんだなってわかるの。タイヤがガタガタするし。五分くらい揺られてたかな? おそらく道がなくなった地点で車を降ろされて、そこからは歩かされた。時間はまちまちね。日によって違うコースだったわ。そうそう、車を降りたところでもう一人が待っていて、私の両側を梶千代香と二人で支えてくれたわ。若い男の人だと思う」

 それは昊だろう。神谷さんの話は分かりやすかった。礼と、神谷さんにご迷惑はかからないようにすると言うと、彼女の方もずっと心に押し隠していたものを話せた解放感からか、「これからどうなるかわからないけれど、自分のやったことに責任は持つわ。後悔はしていないの」と、幾分表情が晴れやかだった。

 道がなくなった。ここからは確かに歩かなければ進めない。鬱蒼とした森の中、湿った木と木の間を抜けていくとともに、もともと薄暗かった視界は葉で覆われてどんどん悪くなっていく。それでも辛抱して、神谷さんに教えて貰った方向へ進む。

 この先に光が存在するだろうか……不安を押し潰し、考えに集中した。宇野との会話を整理しなければ。


 あいつは大学の同級生だ。

 といってもそんなに仲がよかったわけじゃない。あいつはいつも一人だったから。どんなヤツだったかって? まぁ神経質というか……俺から見たらどうでもいい、些細なことにいつまでもこだわるというか……、ちょっと、何を考えているかわからないヤツだったな。

卒業後は同窓会で何度か会ったくらいかな。だからお互い近況は知っていたよ。俺が鳴海病院に勤めていた頃、ヤツはたちばな病院にいた。個人的に電話があったのは、二〇年前のあの時が初めてだった。

『漣音羽が自分の勤めている病院に来た。相手の男を知られると困るので、北海道の片田舎までわざわざ体外受精に来て、めでたく妊娠した。東京の病院で出産すると聞いた。きみの勤めている病院だろ? 頼みがあるんだ。研究に使いたいので、産まれたら赤ん坊の細胞を採取して送ってくれないか』

 もちろん断ったさ。研究に使うったって、わざわざ音羽の赤ん坊の必要はないだろって。 

 するとヤツは俺の、昔の医療ミスをネタに脅してきやがった。何かって? それは聞くな、大昔の話だよ。バレたら身の破滅だったんだ。承諾するしかなかった。一度きりだという条件で。だが俺だって、脅されっぱなしは腹が立つから、何に使うのか教えないと送らないってキレてやった。そうしたら、こう言ったんだ。

『赤ん坊のクローンを作りたい』と。

 正直ゾッとしたよ。これ以上関わったら俺までおかしなことに巻き込まれると縮み上がった。だから俺はお前が産まれた後、病院でこっそり採取した細胞と、金輪際お前と縁を切るという手紙を一緒に送った。 え、お前怒ってんの? ああ、細胞を勝手に送ったこと? そう、音羽も知らない。けどな、普通クローンなんか簡単に出来るわけないと思うじゃねえか。一度細胞を送って気がすむならやってみろっていう気持ちだったんだよ。

 しばらくしてヤツから手紙が来た。案の定『実験は失敗した』ってな。

 だから俺としては、それで終わった話だったんだ。変なこと考えつくヤツもいるもんだ、くらいにしか思ってなかった。でも医療ミスのこともあるし、当時病院内の派閥争いに巻き込まれてマジで疲れてたし、これからまた紫永のようなヤツにゆすられるのもまっぴらだし、いろんなことが嫌になって、病院は辞めた。これから気軽に一人でやっていければいいや、ってな感じで。

 そういやいつかは知らんが、あいつもたちばな病院辞めて、代々所有している山にひっこんだと噂で聞いたことがあるぞ。森のどこかで何かの研究をひっそりしているとか……。クローンの研究かも、とは思ったが、俺には関係がないと頭から消した。あ、山がどの辺りか、同級生に聞いてみようか? もうわかってる? そうか。

 しかし、『失敗した』ってのは嘘だったんだな。たまさか成功しちゃったもんだから、突っ込まれるとまずいと危惧したんだろうな。

 あれから二〇年か。まさかお前のクローンがいて、成長しているとはね……。


 そこで一旦宇野の回想は終わった。

 寝起きで、しかも久しぶりに喋り続けて疲れた様子だったので、それで全部ならもういいよ、と電話を切ろうとした。すると突然「あっ!」と大きな声が聞こえたので、慌ててスマホを耳に戻した。

「そういや二カ月ほど前、紫永が俺を探してるって知人から聞いた。すっかり忘れてた」

「え?」

「いや、知人がたちばな病院に勤めててな、二カ月ほど前、紫永が病院を訪ねてきて、宇野の電話番号か住所か、とにかく連絡がとれそうなものを教えてくれと言われたらしい。どっちも二〇年前から変わってたからな。でもその知人は俺が昔、紫永と縁を切ったって愚痴ったのを覚えてて、あえて知らないととぼけてくれたらしいんだな。後でそう、連絡くれたんだ」

 二カ月ほど前――。

 母が倒れた頃。

 それが、ニュースで報じられた頃だ……。

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