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私には探している真実がある。

ひとつ、気になることがあった。

「――本当に宗教の勧誘なのかな」

「え?」

「病気を早く治したくないかって、梶千代香は勧誘してたのよね。本当に治してくれるんだとしたら? 具体的な治療をしてくれるところを、紹介してくれるんだとしたら?」

「治療? セカンドオピニオンみたいなことか?」

「それを陰でこそこそ勧誘してたのなら、普通の病院じゃないのよ。公には連れていけないところなのよ」

「モグリの医者ってこと?」

「『博士は手術する人』……外科医……」

 きみのお母さんのように心臓の病気だったら、僕はきみに心臓を提供出来るよ。

「……臓器移植だ」

 昨夜の昊の言葉を思い出した。

 クローンと聞いた時から臓器移植のことは頭にあったが、自分には必要のないことだから、深く考えなかった。

 たとえば病院で臓器に疾患が見つかり、臓器移植をしなければ生きられない体だと知っ時。医師にそう告げられ、待合室で呆然としている。そんなところに看護師が近づき、『早く治したくないか』と問われたなら?

 飛びついてしまうかもしれない。

 それが、認められていない行為だとしても。

「は、話飛躍し過ぎじゃないか」

 春哉が狼狽える。「医者が無許可で臓器移植するってこと? 犯罪だよ、そりゃ」

「生活費だけでなく、研究費も稼がなきゃいけないのよ。莫大な金が必要なはずよ。外科医が金を稼がなきゃならないとしたら、そこら辺の分野ががてっとり早い気がしない?」

「研究? まだクローンの研究をしてるっていうのか?」

「さあ……昊は『研究の手伝いをしている』と言っていたけど内容までは喋らなかった。……調べなきゃ」

「どうやって」

「蛇の道は蛇って言うし……病院関係の人とか、何か噂が回ってるかもね」

「たちばな病院のことか? もしかして気づいてて、厄介ごとに巻き込まれるのが嫌で黙ってる、とか?」

「それとも共犯?」

「病院側にメリットあるかなぁ」

「ま、そうね。共犯なら梶千代香一人に勧誘させたりしないで、もっとうまくやるわよね」

 私はあっさり引き下がる。突破口を見つけた気がしたけれど、なかなかうまくはいかない。

「ほかの筋をあたろうか」

「どこだよ」

「あなたの素晴らしい財閥のネットワークで」

「出来るか! ……ああ、腹減った。そういや昼飯食べてなかった」

 時計を見ると午後三時近かった。私も食べていなかったので、一緒にコンビニに行くことにし、部屋を出た。

 再度たちばな病院を訪ねて、宗教に勧誘されたという人を探し出そうか。詳しく話を聞いていけば、何かヒントが隠れているかもしれない。臓器移植に関する、何か。

 ロビーに出ると、テレビのローカルニュースでまた梶千代香のことをやっていた。特に進展はないようだけれど、やはり地元で起こった事件なので大きく取り上げられている。

 昨夜と同じ、背景が青い顔写真は運転免許証なのだろう。カメラ目線で、固く口元を結んでいる。一度会ったきりだけど、あの陰気な顔つきが脳裏にこびりついていて、この人が普段楽し気に笑ったりすることが想像出来ない。

 昊といる時、彼女は幸せだっただろうか。

 そんな疑問がふいに湧いた。『あの女』呼ばわりされていることを、知らなかったと思いたい。天涯孤独だった彼女が、昊といる時だけでも心穏やかにいられたならいいな、とお節介にもそう願った。

「あれ……」

 足を止めた。

 ロビーで数人がちらほらくつろいでいる中、一人の女性がテレビの大画面の前で立ち尽くしている。

 背が高い。私と同じくらいありそうだ。耳下までの、綺麗にウェーブした髪の裾を神経質そうにいじりながら、千代香の写真を食い入るように観ている。

 画面が変わると、女性は心ここにあらずといった様子で、外に出ていった。

「――おい、どこ行くんだよ」

 ホテルを出、コンビニとは逆の方向へ歩き出した私を春哉が呼び止めた。

「ちょっと後をつけてくる」

「は?」

 その女性は長めのコートから出たすらりとした足をせかせかと進めながら、タクシー乗り場に向かっている。私が後のタクシーをつかまえると、「詰めろ」と春哉も乗り込んできた。

「あの車を追ってください」

「ああ、はい」と運転手はのんびり発車させながら、「探偵さんだね? 俺、前にもこんなことしたんだよ。その時は浮気相手を追跡してて……」と朗らかに一人で話しだした。

「なんだよ、あの女がどうかしたのか」

 春哉が小声で聞いてきた。

「三年ほど前、舞台で共演したことがある」

「……それで?」

「その後体を悪くして、田舎に帰ったって聞いたのよ」

「じゃあここが田舎なんじゃないの」

「ホテルにいたのに?」

「じゃあ旅行だろ」

 でも旅行という雰囲気ではなかった。あのニュースを凝視していた目……うまく説明出来ない。でも何か気になるのだ。

 緩やかな山道を登っていく前のタクシーを見て、「あそこ登っても車はすぐ行き止まりだよ。木が生い茂ってるからね」と運転手が教えてくれたので、私たちは麓で降りることにした。

 山道を歩いていると、さっきのタクシーが下りてきた。女性の姿はなかった。

 見失ったのではないかとヒヤリとしたが、生い茂っている木々を掻き分けながら少し歩くと、見渡しのいい、広い墓地に出た。

 彼女はあまり手入れの行き届いているとは言い難い、くすんだ墓の前にしゃがみ込んでいた。紙袋から取り出した花を供えている。

 ろうそく、線香に火をつけ、手を合わせている間、私は遠目でじっとそれを眺めていた。

「――何かしら?」

 彼女は手を降ろしながら、そのままの姿勢で言った。私は近寄って、

「……こんにちは。神谷乃(かみやの)梨子(りこ)さん……ですよね」

「ええ、そうよ。漣彩羽さん」

 振り向いた神谷さんは、相変わらずの細面の美人で、でも三年前には印象的だった眼光の鋭さが欠けている気がした。そして、少しやつれているようだ。「よくわかったわね、私、三年前より変わったでしょう」

「いえ……」私は慎重に言葉を選ぶ。「お体を悪くして、ご実家に帰られたと聞いていたので……さっきホテルでお見かけして、つい追いかけてしまいました。――お元気ですか」

「ええ、お陰様で。あなたもお元気そうね。『嵐が丘』の主役に抜擢されたんですって? 稽古は順調?」

 すっかり忘れていた。が、「ええ、まあ」と曖昧にやり過ごした。

「あの、ご実家ってこちらなんですか」 

「いえ、私の実家はあっちの」遠くの山を指さす。「山を越えたもっと向こうなの。すごいど田舎よ。でももう誰もいないの。だから何もかも売り払って、今は東京にいるのよ」

「あのホテルにお泊りなんですか?」

「ええ、昨日から。ちょっとのんびりしようと思ってね」

「そうですか、東京に戻ってらしたんですね」

「体もよくなったし、田舎のしがらみもなくなったし、身軽になったからね。やっぱり都会の方が暮らしやすいわ。――ねえ、三年前の舞台、楽しかったわね。評判もよかったし、とてもいい思い出なの。演出家の三村さん、今度映画も撮るって聞いた?」

 突然思い出話が始まった。

「え、知りませんでした」

「あの人なら映画もうまくやりそうじゃない? 独特の世界観があったものね」

「演出も変わってて……」

「そうそう、あの時から舞台にもふんだんに映像を取り入れてて……、融合して芝居するの、大変だったわよね」

「あっ、そうだ。神谷さん、照明と映像が眩し過ぎるって悲鳴上げてましたよね。ほとんど目が見えない状態で動いてるの、私袖で観ながら感動してたんです。三村さんもあれは神谷さんにしか出来ないっておしゃってましたよ」

「ふふ、私平衡感覚とか方向感覚に優れてるの。小さい頃田舎で、目隠しして遊びまわったりしていたかしら。一時友達とそういう遊びが流行ったのよ。森を歩いたりしてね。今考えると危険よねぇ」

 二人して、笑い合う。

「楽しかったですね。また共演したいです」

「私も。ブランクが空いちゃったけど、せっかく健康になったからにはまた一から頑張るわ」

「梶千代香さんにもお世話になったし?」

 私の言葉に、神谷さんの笑顔が凍り付いた。心臓がドキドキしている。ここで逃げられ

たら、もうチャンスはないかもしれない。

「……さっき、ニュースを熱心に観てました

よね。心当たりはないんですか?」

「どういうこと?」

「何故彼女が殺されたのか、思い当たる節は

ないですか」

「あるわけないでしょう。あの人とはまった

くの他人よ」

「でも知り合いですよね?」

「知らないわ」

「たちばな病院に、行ったこともない?」

「……」

「神谷さん、何のご病気だったんですか」

「……あなた、何?」

 神谷さんはあからさまに警戒心をむき出しにする。「私はあの人を、殺してなんていないわよ。変な言いがかりをつけないで」

「殺したなんて思っていません。私はただ、神谷さんと梶千代香さんの繋がりを知りたいだけです」

「なんのために」

「……私には探している真実があります。それに関係するからです」

 これしか言いようがなかった。これで納得して貰えるとは到底思えない。だからせめて、決して引かないぞという意思を示すために、じっと神谷さんの目を見据えた。瞬きすら我慢して。

 けれど内心びくびくしながら祈っていた。お願いだから教えて。あなたが教えてくれなければ、もうこの細い糸は切れてしまう。

 神谷さんは憎々しげに私を睨みつけている。少しの戸惑いを瞳の中に映しながら。

 あともうひと押しだろうか。これを言って――見当違いなら、相手が引いて、それで終わり。でも当たっていたら――。

「――臓器を」

 ぴくり、と神谷さんのこめかみが動いた。「臓器を……移植、しましたか?」

 長い長い沈黙。私はただ待つしかなかった。

「……どこまで知ってるの?」

 ふっと肩の力を抜いた神谷さんが、ようやく口を開いてくれた。

「知ってるなんてものじゃありません。全部推測です」

 私は正直に言った。「梶千代香さんは勤務先のたちばな病院で、臓器移植が必要と思われる患者に声を掛け、ある場所に連れて行ったと考えています。ある場所とは、違法の臓器移植手術をするところです」

「警察は?」

「私は警察とは関係がありません。神谷さんのことを話すつもりもありません。だから、お願いです。知ってることを教えてください」

 頭を下げると、「漣さん、あなた変わったわね」という声が降ってきた。

「三年前のあなたは演技についてずっと悩みっぱなしだったわね。これでいいのか、どれが正解なのか絶えず模索して、結局最後まで振り切れない感じだった。私から見て、何か問題があるようには見えなかったけどね。お母さんの影響が強すぎるのかな、と思っていたの」

 ズシンと胸に響いた。そうだ、私はその頃からずっと迷ってばかりだった。それがどんどん深みにはまり、今に至っているわけだけど。

「でも今は違うわ。心が決まっているのね。何かは知らないし興味もないけれど、必死な感じが素敵よ」

 確か五つほど年齢が上だったと思うけれど、なかなかの上から目線だ。からかわれているのだろうか……。

「大体あんな偉大な母親がいて、才能だって受け継いでるくせに贅沢なのよ。私みたいな田舎者が、どれだけやっかんでるかわかってなかったでしょう。それでも三年前チャンスを掴んで有名演出家の舞台に立てて、これからもっと頑張ろうって意気込んでいたところに――心臓の病気が発覚したの」

 急に本題に入ったので慌てた。

「心臓……」

「移植しなかった時の余命まで宣告されたわ。たちばな病院よ。両親が立て続けに亡くなって、実家に帰ったついでに診て貰ったらそんな感じよ。目の前が真っ暗で、待合室で呆然としてた。そこへ突然看護師がすり寄ってきて、囁いたの」

 病気を、早く治したくないですか。

「治したいって言ったわ。当たり前のことでしょう。絶対に口外しないと誓わされた。『研究のため、いらない臓器が内密で運ばれてくるところがある。運がよければ移植して貰える』と」

「どこですか、それは?」

「わからない。本当よ。私は即断したわ。看護師がどこかに電話すると迎えが来てそのまま連れていかれた。目隠しされてね。何度か外してくれたけど、薄暗くて人の顔も判別出来なかった。白衣を着た人が私の体を色々検査した。移植の誓約書もサインさせられた。適合しそうな臓器が入ったと連絡が来たのは三カ月後だった。移植は無事成功して、今この状態よ。ヤブではなかったみたい。私にとっては一か八かの賭けだった」

「どうして臓器移植のネットワークに登録しなかったんですか」

「……わからない。現実を受け止められない時に、目の前に差し出された餌に食いついてしまった、ということでしょうね。でも結果、後悔はしていないの、時間を無駄にしたくなかったから。登録して、ドナーが現れるのを気長に待っていたら……私は今頃死んでいたかもしれないわ」

 そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。わからない。わからないのに命の危機にさらされた人の選択を、軽々しく責めるべきではない。

 それがたとえ犯罪であっても? と自問したけれど、そこは私が答えを出すことでもない。

「手術した場所……たちばな病院からどのくらいの時間がかかったか、覚えていますか?」

「長かったわよ。まちまちだったけど……毎回三時間はかかった気がする。体調が悪い時はかなり辛かったの。あえて遠回りしていたと思う」

 それじゃ、時間から推察するのは無理か。肩を落とすと、「でもね」と神谷さんは続けた。

「無事移植が終わってそこを出てからも、検査で結構通ったの。……なんとなく、見当はついてるの」

「えっ?」

 期待してなかっただけに、びっくりして顔を上げた。「本当ですか?」

「具体的な場所はわからないわよ、でもなんとなくなら……、遠回りするにしても、パターンがあるじゃない?」

 じゃない? と言われても……。

「あ、そうか。神谷さん、方向感覚が……」

「そう、優れてるの。ま、でも空振りだったとしても怒らないでね。あくまで勘だから」

「……信用して、いいんですよね?」

 どうして素直に喋ってくれる気になったのか、いまいち理解出来なくてつい確認してしまった。すると神谷さんは墓石に視線を落とし、

「このお墓に誓うわ。ここの人はね、私に心臓をくれた人だから……」

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