私は決意する。
「――死因は頭を殴られたことによる失血死。殺された現場は遺体が見つかった場所ではなく、どこかで殺されて、余田市の山中に遺棄されたという見解らしい」
翌朝、突然思い立ったように、『北海道警察の知り合いに話を聞きに行ってみる』と出かけて昼過ぎに帰ってきた春哉が、入手した情報のメモを読み上げている。
私は上の空でそれを聞いていた。どうしても目が、L字型の窓に向く。
また、昊が来るはずなどないのに。
「そういや遺体解剖の結果、出産の経験があるって。でも結婚していないし、肝心の子どもも見当たらない。――ま、そりゃそうだろうな。家族もおらず、天涯孤独。余田市の、もともと親が所有する一軒家に住んでいたが、二年ほど前から姿を見かけなくなった。隣人の話によると『仕事をクビになった。でも私には足長おじさんがいるから、その人に面倒みて貰うわ』と言っていたそうだ。そこからの足取りは不明」
足長おじさん――『博士』のことだ。
では二年前、千代香は『博士』の家に押し掛け、そのまま居着いてしまったということか。四六時中昊の世話をするために。
さぞかし窮屈だったろうな、と内心昊に同情してしまった。
「誉田さんも言っていたけど、クビになった理由、宗教の勧誘をしていたっていうのは本当みたいだな。他にも何人か『病気を早く治したくないか』と誘われた患者がいたらしい」
「その中に勧誘に乗った人はいないの?」
「今のところ、聞いていない」
「……」
「なんだよ、お前急にやる気なくしちゃって。俺がこんだけ情報集めてやったっていうのに。札幌まで遠かったんだぞ」
春哉が不服そうに、メモをひらひらさせてアピールする。
昨夜の話は春哉にしていない。あれは夢だったのではないかとまだ疑っているほどだから。けれど夢でないのはわかっている。かといって昊が犯罪に加担したことは、春哉にはさすがに言えない。
昊の本心を聞いてしまった今、本当にこのまま探し続けていいものか、迷っている。
『僕を追わないで』
千代香の足取りを追えば、千代香殺しの犯人を追うことになる。それはつまり、千代香を殺した『博士』を追うということになる。『博士』が捕まれば昊は生きていけないと言う。『博士』しか、昊という存在を守ってくれる者はいないから。
この状態で昊を連れ出しても、きっと意味がないんだ。
「ま、確かにあんまり面白い情報にはありつけなかったな。初動捜査じゃこんなもんか。――で、どうするんだよ、これから」
どうするったって……。
「またたちばな病院に行く? それとも千代香の住んでいた家の近隣に聞き込みにでも行くか?」
警察が聞き込んだ以上の話が出てくるだろうか。
「おい、しっかりしてくれよ。これはお前がやる気出さなきゃ何も動かないことなんだぜ」
「……ねえ、もし奥さんが」
「は? 奥さん?」
「あ、間違えた。愛情ないんだったね、言い直す。もしあなたの大事な人が、自分の望んでいることと逆を望んでいるなら、どうする?」
「嫌なヤツだな。わざわざ言い直しやがって……」
「自分の欲求を優先させる? それとも相手の望みを叶えてあげる?」
「知るかよ、俺は優しいから相手を優先するよ。もともと自分なんて持ってない人間だしな」
すごい開き直り。
「けど、お前はそういう人間か? 今まで躊躇なんかしなかったし、俺を巻き込んでも平気だったくせして、今更迷う?」
「……」
「お前ははじめから自分の欲求のためにしか行動してなかったろ。その時、昊とかいうヤツのこと、少しでも考えたか?」
考えて……なかったかも。ただ私が昊に会いたくて、昊に戻ってきて欲しくて……。
見つけ出せれば戻ってきてくれると思い込んでいた。何を考えているかなんて、会えばわかると思っていたから。
でもそうじゃないんだ。
「別に誰にも強制されてるわけじゃなし、お前が諦めたらそこで終わりだ。やめるっていうんならこのまま帰ろう。――どうする?」
何故追わないでと言った? なら、何故そもそも私に会いに来た? それは私に存在を知って貰いたかったから、私に会いたかったから――ではないのか。あの二週間、楽しかったのは私だけではないはずだ。愛してると言った。あれは嘘じゃないはず。でも昊ががんじがらめで、『博士』から逃れられないというのなら。
私が昊を助け出す。




