私は考える。
そもそも何故、私のクローンが作られたのか?
まずはそこから考えてみる。クローンが作られる目的。映画や小説なら、本体の人間の臓器移植のためだ。
だけど私はすこぶる健康体だ。年に一度の健康診断だって一度もひっかかったことはない。小さいころ大きな病気をしたことも、入院したとこともない。
いや、『何故』なのかは作った本人に聞けばいいことだ。昊の言う『博士』。この人物を探し出すのが一番手っ取り早い。けれど私が認識している範囲で、博士と名の付く人物などいない。
母だろうか? 私の知る限りでそんな人はいないけれど、一度調べてみる価値はありそうだ。
翌朝早く、港区の母のマンションを訪れた。合鍵を使って中に入ると、玄関入ってすぐの壁に、私と母が並んで笑っている写真が飾ってある。
廊下の真っ直ぐ突き当り、広いリビングに足を踏み入れる。葬儀の前日に入ったままの状態だ。当たり前か、ここにはもう家主がいない。この部屋も処分を考えなければならない。弁護士にはもう少しこのままにしておきたいと頼んだものの、私にこの部屋を維持出来るだけの財力はない。
ほんの三週間ほどほったらかしにしていただけなのに、カーテンを開けて光を入れると、家具が埃を被っている。お手伝いさんには私がやるからと言ったくせに、ほんとに私ってダメだ……。部屋の掃除にも来ていなかったことを、心の中で母に謝った。
きちんと整理整頓された部屋。私が部屋を出てから、こうやってじっくり部屋を眺めることはなかった。
台本を読み込み、紅茶を飲んでいた母の姿を思い出す。芝居のことを考えながらいつの間にか寝てしまうと言っていたソファに座り、母の残り香を嗅いだ。ぼうっと辺りを見回す。
何から探す? アルバム、手紙類、住所録……廊下を少し戻り、寝室へ。収納棚に収められている書類に目を通していく。が、やみくもに探しても、博士と名のつく書類が都合よく見つかるとは思えない。
『クローンとは、全く同じ遺伝情報を持つ生物個体のことだよ』
昊の言葉が蘇った。
スマホのネットで『クローン』と検索してみる。
体細胞クローンとは、主となる体細胞から核だけ取り出して入れ物は捨て、別の、核を取り除いた卵子に取り出した細胞核を入れたものを培養し、母体に戻したもの。これを育てて出産すればクローンの出来上がり。
……まったくわからない。私が単に馬鹿なだけなのか。
母体に戻す……? 母がそんなことをしただろうか? 私以外に妊娠したという話など聞いたことがない。アルバムを見直す。産まれたての私。病院のベッドで母に抱かれている私。面会に来てくれたのか、若かりし白衣姿の宇野が私を抱いているのも映っている。次は家のベビーベッドですやすや眠っている私。寝返りを打つ私。ハイハイしているところ、つかまり立ちしているところ。歩き出したところ。一歳、二歳、三歳……。隣で微笑んでいる母は、どんなに注意して見ても、妊娠していそうな気配などない。
それに何より、母が人に言えないような実験じみたことをしていたとは思えない。清廉な人だった。私にも幼いころから『人に後ろ指指されるようなことは決してしてはいけない。堂々と、いつも背筋をちゃんとしていなさい』とくどいほど言い聞かせてきた人だった。それを自分の背中で証明していた人だった。
母親……代わり――。
そんな言葉が頭に浮かんだ。そうだ、『母親代わりの人がいる』と昊が言っていた。
代理母だ。
博士という人物が、どこかで私の細胞を盗み出し、それを使って別の女性を妊娠させた。それが代理母だ。そして昊が産まれた。この仮説が、一番筋が通っている。
昊は十八歳だと言っていた。私が生まれてすぐか、遅くとも一歳になったころに、私の細胞がどこかで盗まれたということになる。
細胞を盗むって……そんな人間をどうやって特定すればいい? 極端な話、髪の毛でもクローンは作れるとネットには載っているし……。
仮説を立てたのはいいけれど、すぐに壁にぶち当たる。
考え込みながら視線を巡らせていると、書棚の母子手帳に目が留まった。私のだ。パラパラとめくる。出産の状態。分娩の経過、頭位。正常分娩。性別、女。体重二八〇〇グラム、身長四九センチ。出産の場所、東京斎波会鳴海病院。分娩取扱者氏名、医師は高野、助産師は八幡。
ただの思い付きだ。でもほかに当てがない。
母の部屋を出る。出る間際、飾ってある写真立ての埃を指で拭いた。




