彼を見つけたい。
井田さんとの電話を切った後、私はあるホテルに向かった。稽古場から一番近いホテルだ。
井田さんの、困惑しっぱなしだった声が耳に残っている。やっぱり降板するってどういうこと、昨日まで楽しそうにやってたじゃない、どうして今になって。スタッフや共演者になんて言い訳するつもり? 宣伝もしてるし、ポスターだってもう刷っちゃってるのよ。戸波さんに睨まれたら、あなたもう芝居の世界で生きていけなくなるわよ? 調子が悪いのなんて今日だけなんでしょ、どうしたの彩羽、悩みがあるなら聞くから――。
稽古はボロボロだった。そもそも今までの稽古過程を知らないのだから立ち位置すら把握出来ていない。基本のセリフはなんとか頭に入っていたものの、声は通らないし体は動かないしで、周りの人の視線が痛かった。それでも前日体調が悪かったのだから、とフォローしてくれる人もいたが、戸惑いを隠せない表情だった。
演出家は何も言わなかった。演技については怖いことで有名なだけに、その沈黙は明らかに失望を表していた。
もうダメだ。もう終わり。私が演技をすることは、もう金輪際ない。
捨て鉢な気持ちは、怒りに変わっていった。それもこれも、昊のせいだ。どうして稽古
に出たの? どうしてわざわざ私から離れて
ホテルをとってまで、稽古に出なければなら
なかったの? 私がやる気を取り戻すまでの
繋ぎをしてあげたとでも言うつもり?
そんなわけはない。
思えば、昊は初めから勝手だった。母の葬儀で弱っていた私の精神状態に付け込んで、優しくするフリをして家に上がり込み、いかにも心配している風を装い甲斐甲斐しく世話をして、誰も知らない身の上まで語らせて、私の信頼を勝ち取った後、あっさり捨てた。
そして勝手に稽古に出て、私にそれがバレるとさっさと手を引いた。今日来なかったというのはそういうことだろう。
だから私はホテルに向かう。近場のホテルから虱潰しにあたってやる。
絶対に捕まえてやる。
一軒目で見事に当たった。私がロビーに行くと、「漣様、お忘れ物ですか?」と制服姿の従業員がにこやかに寄ってきた。
昊は出かけているのか。
「あ……、サングラスを」私は口から出まかせを言った。
「左様でございますか。さきほど清掃員がお部屋の掃除に入りましたので、ちょっと聞いて参りますね」
「いえ、自分で……。あの、鍵を……預かって貰ってますよね?」
昊が出ているのなら鍵をフロントに預けているのだろうとふんでそう言うと、従業員は困ったような笑顔を浮かべて、
「チェックアウトされましたので、お預かりということではございませんので……」
ああ、そういうことか……。
「そうですよね、ごめんなさいおかしな言い方をして。じゃあ清掃員の方に聞いて頂けますか」
かしこまりました。と従業員は奥に引っ込んだ。しばらくしてサングラスはなかったと、申し訳なさそうに戻ってきた。
私は礼をいい、ちょっとした確認のように、何時にチェックアウトしたのか聞いてみた。答えは、昨夜の八時頃だった。
昊は、昨夜稽古を早退したその足で、ホテルをチェックアウトしたのだ。
昊を見つける。
その晩、私の目的はそれになった。
今、彼が何を考え、何を欲しているのか、知りたい。
決心したのはいいけれど、足取りなんてまるで想像もつかない。結局私は、何も知らないまま出ていかれてしまったから。
あの日、昊がいなくなったと勘違いした日――聞くつもりだった。私はきみのことを何も知らない。教えて欲しい、と。いつもはぐらかされていたけれど、真剣に頼めば、少しは答えてくれたかもしれない。
けれど、一緒にいると自分がダメになるのでは、という危機感が邪魔をした。離れた方が自分のためになるのでは、とさえ思った。
どちらにしろダメだった。傍にいてもあのままダメになっただろうし、行方をくらませた今も、私はダメなままだ。
なら、自分が今一番やりたいことをやる。昊を探す。会いたい。話をしたい。




