第8話 親友
「クライよ、娘が機嫌をなおしてくれぬのだが…どうすればよい?」
「知らねぇよ‼︎果てしなく知らねぇよ‼︎」
はい、そろそろ一年経ちます、未だ牢屋の中ですタイ。
そして目の前にはまたまた魔王が居ます。
結果的に言うと…
友人になった。
うん、僕もビックリ。最初は普通に雑談しているだけだったのが、ある日『聞いてばかりでもつまんないな〜』って思って、悩みや失敗に対して助言をしてみたんだ。そしたら魔王がそれに食いついて、段々雑談は相談にシフト…遂には家庭内事情まで〜……相談しにくんなや‼︎
なんで俺が娘さんのご機嫌の取り方知ってると思ったんだよ!分かるわけねぇだろ!
「だが…好物をくれてやっても、人形を買ってやってもダメなのだ……ディアナに嫌われた、我は王を続けられる自信がない…」
「物で釣ろうとするからじゃねぇの⁉︎つかなにしたんだよ!」
「うむ、実はな。それが我にも分からんのだ……朝はやけに機嫌がいいし、我に話しかけてくると思ったのだが…気づいたら機嫌が悪くなっておった。レインネルに聞いても我のせいだと言われて、もう訳がわからん」
え〜チョーめんどくさいんデスケドー。
何それ?どういうことよ?当事者が分からんのに俺が分かるのか?
テレパシーなんて覚えた記憶ないよ僕?
しっかしどうすっかな、このまま駄々こねられても面倒だし、とりあえず話だけでも聞いておくか。
「え〜、じゃぁ。ディアナちゃんに何かしたとか?」
「ふぅむ、特にいつも通りだった筈だ、何かした事は無いだろう」
「ならディアナちゃんに何か変わっていた所とかは?何時もよりおめかししてたとか」
「う〜む。そう言えば、そうだった気も、むむむ…」
「むむむじゃなくてだな、一人娘なんだからちゃんと見ててやれよ、もしかしたら新しい洋服を見せたかったとか、意外とそんな事かもしれないぞ?」
「なるほど、それは覚えておかねばな。しかし、ディアナがそれくらいで怒るとは思えんのだが」
「そうなん?う〜ん、おめかし、機嫌がよかった、話しかけてくる…もしかして……」
「おぉ!何か思いついたか!」
「なぁ魔王さんよ」
「む、我は魔の王などではなくラーナー大陸亜人国家ラシュフォンド王国国お……」
「いやそんな事はどうでもいいんだ、それよりあんた。娘さんとなんか約束とかしてなかったか?」
「………………」
魔王もといラーナー大陸亜人国家ラシュフォンド王国国王ヴァリエンテ・ラシュフォンドが固まった!
これ一息で言うと辛いですぜ?
と言うか微動だにしないなコイツ。大丈夫か?
「アレ?おい?」
「…ちょっと行ってくる!」
そう言って目にも留まらぬスピードで牢屋から転がり出てどっかいった。
「あ!オイ!ヴァンお前なにすっぽかしたんだー‼︎」
行っちゃったよ。なんなんあの人?しかも最後思いっきり口調砕けたぞ。
あ、因みにヴァンってのはヴァリエンテの略。愛称だね。俺も思いっきりタメ口だし、早速友達状態だしね。
つか開けっ放しだぞ、牢屋…
とりあえず外にいた看守の人を呼んで閉めてもらおう。
「すいませーん。牢屋開きっぱなしなんですけどー!」
「お前……逃げる気は無いのか?」
「いや全く?」
「そ、そうか」
看守を軽くあしらって、日課となった鍛錬を始める。
最近のマイブームはコレだ。
「ま〜たそれか、飽きねぇなお前」
看守は飽きている様だが、俺は飽きない。監獄修行パート1だ。
体を鍛え、打撃練習も粗方やり尽くし、刀を持っている仮定での鍛錬、イメージトレーニングすら飽きてしまった俺が始めた事。それは…
「集中集中…」
刀を持っていると強くイメージしながらの鍛錬。
コレが今までの物と何が違うのかと思うだろうけど、全然違うんだよね。
仮定では、ただ刀を持っている仮定での練習に過ぎない。刀を持っている時、どんな動きが可能なのか?どの動きは出来ないのか?逆に刀を利用したらどんな動きが出来るのか?振り方、使い方、応用。そんな風に、ただ持っていると仮定して、出来る出来ないの合否を押すだけだ。
イメージトレーニングに至ってはイメージでしかない。体力も減らない、痛みも感じない、何より実戦経験のない俺が作り出すソレは”人の形をした何か”でしかなかった。ソイツに思い付く限りの武器を持たせて、色々と試したけど、やっぱり実戦とは違うんだろう、勝ってしまうんだ。負ける時もあるけど、それはあらかじめ『負ける』と意識した結果に過ぎないんだ。
二つとも無駄ではないけど、足りないんだ。仮定にはイメージが、イメージには実戦経験がたりない。
だけど、その2つを合わせると、また違った効果を見込めるんだ。
刀を持っていると仮定し、動かしたらどうなるのかイメージする。
敵はいない。否、今の俺じゃぁ創れない、創ってもイメージトレーニングと変わらないだろう。刀を強く想像する。刃渡、柄、鍔、鞘、重さ。それを動かせばどうなるのか?どう動かす?袈裟斬り、逆袈裟、斬り上げ、振り下ろし、薙ぎ払い、すれ違い様に、大上段から、回転斬り、水平斬り、刺突、峰打。重心は?その時の体勢は?勢いは?何を斬る?どう斬る?断つ、突く、薙ぐ、裂く、打つ。右へ、左へ、上へ、下へ……
コレでもまだ足りないんだ。何が足りないのか?
見本だ。
確かに本を正せば全ての剣技・格闘技にだって開祖がいる。そしてその開祖は一人で技術を磨いたんだろう。だけど、流派は開祖一人の物じゃない。何代にも渡って技を受け継ぎ、昇華させ、そうやって磨かれていく川の中の石の様な物。一代で極まる様な物じゃない。と、俺は思ってる。
ま、だからと言って俺に師事してくれる様な奴もいないんだけどね。
ならどうするか?
記憶を辿る。
誰だって剣技の一つや二つ、見た事があるだろ。例えば風邪で学校を休んだ日、テレビでやっていた剣道の大会。例えば夜更かしした日、たまたまやっていたフェンシングの大会。
少しでもいい、思い出して、真似する。
右足を前へ、腕をしっかりと据え、正眼に構える。
剣道。
「フッ!ハッ‼︎」
息を吐くのに合わせて腕を振るう。いや、振るうと言うよりは手首のスナップを効かせ、ひっぱたくといった感じだろうか?
左足は滅多な事が無ければ前に出さない。重心移動と、最小限の足捌き。
記憶にある剣道の限りを再現し、一通り終わったら次の特訓へ移る。
のだけど、今日はちょっと先に進もうかな?
次の構えだ。
腰を落と、足を広げ、体を前のめりに…いや違うな、コレは突きを放った時のだ。アレ?フェンシングの構えってどんなだっけ?
う〜ん……あ、ヤバイ、思い出せん。
仕方ない次の修行へ移ろう。
監獄修行パート2。その名も室内ランニング。
やり方としては先ず、牢屋の端へと移動します。次に、クラウチングスタートの姿勢にはいり、足の筋肉を締め、一気に解き放ってスタートします。そのまま壁へ向かい、ぶつかりそうにならったら壁へ足を踏み込みましょう。そのままの勢いで、二歩目、三歩目と踏みしめ、後は速度を落とさない様に天井、反対側の壁、床と走り抜けます。ポイントは遠心力を利用して壁や天井に張り付く様にして走る事ですね。偶に方向を変えて見るといいかも知れません。
うん、地球じゃ無理。
「お前なら本当にこの檻をその内ブチ破る気がして来たぞ…」
縦横無尽に走り回る俺を見て、看守がそう言った。
まぁ、毎日こんな事やってたらそうも思われるか…
「と、言うわけだったのだよ…」
「ほーん」
翌日、またヴァンが俺を訪ねてきた。
どうやら昨日のディアナちゃんの一件は、コイツが前々から約束してたお出かけを完全に忘れていた事が原因らしい。
何やってのパパさん?本気で嫌われるぞ…
王権をフル活用して約束は果たせたらしいけど、その内愛想尽かされかねんよ?
「今度からメモでも取っておいた方がいいんじゃないか?」
「おお!その手があったか‼︎」
「お前、それで仕事どうしんてんだよ…」
「いや、そこら辺は大臣がだな…」
気の所為だろうか?親しくなればなるほど、コイツのカリスマ性が消えていく気がする…
「あぁ、そうだクライ。明日でお前を牢獄から解放しようと思う」
「唐突⁉︎」
いや事前に言っとけよなんだ急に⁉︎この国じゃ大事な事でも事前って前日でいいのか?そんな訳ないよね?
「いやなに、流石の我でも友を牢屋に入れ続けると言うのは心が痛くてな」
「なら最初から入れんなよ…」
もしくはもっと早くに出せや。
……いや、出してもいいって信用するまでにかかった時間がコレなのか。しかも判断して即決、次の日に解放なんて、ヴァンは俺が思っている以上に俺を良く思ってくれてるのかもしれないな。
普通ありえないだろ、捕虜が敵国で、敵国の王に友として迎え入れられるなんて。これ以上ない待遇。なんだか不思議な気分だな…
「だってぇ〜、我もこんなに仲良くなるなんて思ってなかったしぃ〜?」
え?何コイツ、キモい…
「なんだよそのキャラ……無理すんなよ照れ隠しか」
「むぅ……と、とにかくクライ、明日からは王宮生活だ。部屋は今用意させておるから、楽しみにしておけ」
おおう……王宮暮らしとかマジでこれ以上ない待遇やん。
ん?でもちょっと待てよ?人間と亜人族は戦争してるんだよな?んで俺はなんだ?
人間ですよね〜。
ダメじゃね?警備兵に捕まる姿しか想像出来ないんだけど…そこら辺聞いてみよ。
「でも俺人間じゃん?大丈夫なのか?」
「抜かりない。王宮にいるのは我の忠実な部下、家臣、従者たちだからな、問題ない。だが、王宮外からくる者には見つからないようにしてくれると助かる。一応表向きでは処刑した事になっているからな」
つまり王宮内は基本大丈夫で、王宮外は魔窟と、OK把握。
つうか死んだ事になってんのかよ…
「うっへぇ…俺は亡霊かい」
「ははは!そう言うな。『人間を王宮に住まわせてます』などと言えんからなぁ、仕方のない事なのだ」
「そうかい。まぁなんだ、これからもよろしくなヴァン」
「あぁ、よろしくクライ」
一つ握手を交わし、ヴァンは去って行く。
友達か、なんだか酷く懐かしい響きだよな。しかも、その友達が魔王と来た。全く、俺の人生は驚きの出来事ばっかだな…ん?驚き?
あぁそうだ‼︎フェンシングの構え!なんか驚いてる様な体勢だったっけ。後腰に手を当ててるのとか、腕を捻ってるのとか…色々あった気がするぞ。一個思い出したら次々出てくる!よっし、早速実践だ!
「フッ!フッ!うん、こんな感じだった!フッ!」
「お前…出れるって聞いても特訓止めないのな」
看守が呆れた顔で見てくるのを無視しながら、俺は特訓を続けた。
翌☆日!
「さぁ出るぞ、準備はよいか!」
「いや準備するもんなんてなくね?ここ牢屋だよ」
そんな会話をしつつ、薄暗い牢屋を出て、光差す階段を上登る……なんとなくかっこよさげに言ってみた。
光の眩しさに目を細めつつ、地上へ舞い戻った俺が見た物は!
「うっは。石ばっか」
まだ地下だもんね。地上へはもう幾つか階段登らないとダメだよ。
しかし、なんだろうあのライト代わりに光る石。壁に埋め込まれて明るくなってるけど、魔法石とかそう言う感じのやつなのかな?
まぁ、そんな事はどうでもいいか、魔法がある世界なんだ、魔法石くらいあるんだろう。
「く、クライ…?」
「え?」
振り返るとヴァンが目を見開いて固まっていた。
にしてもコイツ、デカイよな。身長190はあるんじゃないか?筋肉質なのは分かるけどムキムキって訳でもない、が、顔はイケメン。髪は漆黒、羽も闇色、角は常闇、肌がディムグレーで目は紅。改めて思う。
魔王だわなコレ。
……ん?ちょっと待て、角なんかあったか?
じゃなかった、なんか固まってるけどもどしたんじゃろ?
「何?」
「お、お前ッ⁉︎」
「え?ちょ⁉︎」
うぉおう⁉︎何事⁉︎急に型を掴まれたぞ!おい!揺らすな!せめてなんかいいながら揺らせよ!分かんないだろ!
「その傷、誰にやられたのだ⁉︎看守か⁉︎何があった⁉︎言わんかコラ!」
え⁉︎何⁉︎ちょ、やめ…なんだよ⁉︎傷?なんの話してんだコイツ!つかまた口調が変になってるって!ゆ、揺らすな!勢いよく揺らすな気持ち悪くなるだろ⁉︎
「な、なんだよ⁉︎傷?お前なんの話して……あ」
気づいた。
俺、ボロボロだわ。
まぁね、そりゃね、体鍛えるとか言って暴れてたからね、まだまだ壁に衝突したり転んだり天井から落ちたりするよね。極め付けはこの足裏、足腰が主体になってたから、皮が剥けて血が出てる。
痛くないのかって?
いや、痛いに決まってんだろ。
でも、痛いだけだ。我慢できない程じゃないし、こんなの前から日常茶飯事。シルヴィアが治してくれるかそうじゃないかくらいの違いだ。
だってのにコイツは…
「いや、コレは俺が自分でやったんだよ。ちょっと鍛錬してたらこうなったんだ」
「本当なのか⁉︎大丈夫なのか⁉︎心配するでない、我は王だ!クライの味方だ!脅されているのならそれに怯える必要はないのだぞ!」
全く…なんだよもう。本当に王かお前。
「ッ⁉︎ど、どうした⁉︎い、痛むのか⁉︎泣くな!もう大丈夫だぞ!」
「…え?」
泣いて…る?俺、泣いてんのか?なんで泣いてんだ?
あぁ、シルヴィアの時と同じか。そうか、俺、嬉しかったんだな。ずっと一人だったもんな、シルヴィア以外、こんな親身になってくれるヤツなんていなかった。ヴァンが本気で俺を友と思ってくれてるって痛感して、嬉しかったのか…
全く、シルヴィアには泣くなとか言ってたクセに、涙脆いヤツだなぁ。俺。
「ははっ、ありがとう、ヴァン」
「そんな事を言ってる場合か!」
「いや〜、なんだか止まんねぇんだわ、コレ。声も顔も普通なのにな、変だよな」
「何が変なものか!精神は大人かもしれんが、今のお前は子供!当然の事だ!誰か!治癒魔法の使えるものを呼べ!大至急だ!」
「大袈裟だなぁオイ…」
転生して十一年目、俺はこの世界で初めて親友と呼べるヤツを見つけた。