第7話 魔王
捕虜になりました。
捕虜になって縛られて海を渡ってどっかのお城の地下の牢屋に放り込まれました。
まぁ、当然だわなぁ。
そこまではいい、いいんだが、コレはどういう事なんでっしゃろ?
「では小僧、お前の話を聞かせて貰おうか」
「は、はぁ…?」
今、俺の目の前で座っているのは他でもない…
魔王様である。
看守は居ない。
何故?
「どうした?貴様が言ったのだろう?前世の記憶がある、と。それともやはりアレは嘘だったのか?」
「いや、そうじゃなくて、なんて言うか…こう言うのって普通王様がやるもんじゃなくない?」
「はて?小僧の話を聞き入れたのは我だ。責任を持って己で対話するのが当然と言うものだろう?」
「まぁ、そうなんだけど…」
そうなんだけど、違くね?こう言うのって、もっとイカツイ人が来て『何を知っている!吐け!吐くんだ!』とかそう言うんじゃないの?
まぁ、俺は前世記憶持ってるってだけで、そんな子供を尋問しに来るかは知らんけど、どっちにしろ魔王様が直々にやる事じゃないよね?
危ない〜、とか、もしもの時〜、とか考えないの?
それにここ、牢屋の中だよ?王様が来る場所じゃないよね?
「まぁ、いいや…で、アンタは俺の前世から何が知りたいんだ?理想の兵法?それとも強力な兵器の作り方か?」
そんな物は知らんがな!
「要らん。勝つならば我々だけの実力で勝利するまでだ」
お、おう…格好良いこと、言うじゃない…
「じゃぁ一体何を?」
「そうだな…では先ず、お前の前世とやらを話してみろ。その生活、人、街並み、覚えている事を出来る限りだ」
「そうか分かった。んじゃ話すぞ?俺の前世は……」
俺は前世の世界、地球についての話を魔王にした。
地球では人間しかいなかった事、魔法がなかった事、科学が発展していた事、その技術力、文化、生活、街並み。記憶を辿り、持てる伝達力を総動員し、身振り手振りを加え、話続けた。
それに対し、魔王は偶に質問を挟める程度で、驚く程静かに聞き入っていた。
「……と言った感じだ」
「にわかには信じ難いな…」
「でしょうね」
「そうだな…確か医療技術についても発展しているとお前は言ったな?」
「あ?確かに言ったけど……俺は医者じゃないぞ?」
「人体の仕組みを知り、万病が治る世界なのだ、基本的な事くらい分かろう」
「万病が治るって……大袈裟だな。まぁ、ごく一般的な事なら」
「それで構わん。毎年、この時期になると我が国では流行病が横行していてな。その病は風邪に似てはいるのだが、突然高熱となり、怠惰感、食欲の低下、更には関節の痛みにまで至る始末だ。オマケに強い感染力を持ち、長年ラシュフォンドを悩ませる痼りとなっておる。幸い、感染者に対し死者の数は少ないが、放っておけるものでもない。コレをお前の知識でどう対処する?」
え?それインフルエンザじゃね?
いや…ここは異世界だ、同じ病が早々あるはず……風邪って言ったよね?
アレ?コレ本格的にインフルエンザじゃね?だったら対処法は結構簡単だけど…
俺に何を求めてるんだこの魔王様は?どう対処する?とは、俺だったらどうするか?って事だろう。成る程、魔王は俺を試しているんだな?
前世の知識を持っていると言う事は、俺は大人の知恵を持っていると言う事になる。そしてその前世はこの世界ではない、もっと発達した世界だ。なので『俺の知識=未来の知識』と言う式が成立する。
するのか?
つか俺まだ高校生なんだけど…
とりあえずそれは置いといて。
それならば当然、魔王と同等、もしくはそれ以上の回答を導き出せる筈。
コレは挑戦だ。本当にそんな知識があるのなら見せてみろと言う魔王からの挑戦!つまり俺は、魔王の考えを見破れば良いという訳だな?成る程、成る程…
分からん!
「え〜、俺の前世に同じ病状の病があった。と言うか多分同じ。だから、それの対処法を言うけど、それでいい?」
普通に言お。
「構わぬ、続けろ」
「じゃぁ、最初に質問なんだが…コッチの世界じゃ、病ってどうやって感染してる事になってんだ?」
「む?病は病だろう?人から人へ移る呪いの様なものだ」
「あ〜、やっぱそんなレベルか。んじゃ、そこら辺から説明させて貰うわ。今回の病気の原因だけど、コレは空気中に漂う病の元を吸い込んでしまい、それに対し体の対抗力が下回ってしまった事で引き起こされる病って感じになる!のかな?」
「むぅ…歯切れの悪い…して、その根源とは?」
「う〜んコレの説明が難しいんだよなぁ…前の世界ではコレをウイルスって呼んでた。目にも映らない程小さくて、空気中を漂い、動植物の内部に侵入する事で繁殖をし、宿主を苦しめる物。生物のカテゴリには含まれなかった様な気がするけど…まぁ、要はメチャクチャ小さな寄生虫が入り込んで、それが繁殖することで病気が引き起こされるとでも思ってくれ」
「き、寄生虫…」
「こっからが対処法なんだけど、先ず、このウイルスは湿気と高温に弱い」
「湿気か…」
「家に帰ったら手洗いうがいを心がけて、体を冷やさなければ、そう簡単にはかからないだろうね。後は栄養と免疫力…病気に対抗する能力の問題だ。もし患っちゃった時は、栄養と水分とって、体温めて寝る。それと、このウイルスしつこいから一週間くらいは出歩かない方がいいよ、一見治ってても、体の中には潜んでるから移っちゃう」
とりあえず、思いつく限りを言ってみたけど…大丈夫だろうか?『ハイ残念でした』とか言って殺されないよね?
まぁ、心なしか魔王様から優しそうなオーラが出てるから大丈夫だと思うんだけど。
「ふむ、成る程…では早速試してみよう」
は?何言ってんだコイツ?嘘だろ⁉︎
「お、おい正気かよ⁉︎俺が言ってる事が本当とも限らないだろ⁉︎信じるのか…?」
そうだ、信じる筈がない、俺は大敵のガキ、コイツは魔王だぞ。王なんだぞ。それがこんな簡単に……
「ならば貴様は、嘘を吐いたのか?」
「い、いや、嘘じゃないけど…俺の言ってる病気と当てはまるかも分からないだろ!ここは俺からしたら異世界なんだぞ?」
なんで疑わない?分からない?コイツの考えがさっぱり分からない…誰もが嘘をつかないなんて、そんな平和な世界に生きてる訳じゃないだろう?
「いや、お前の推測は当たっているよ」
「…なんでそんな事が分かるんだ?」
「先人の知恵と、体を張った研究者達のお陰だ。お前の言った対抗策は全くもってそれに当てはまる。それどころか病の正体についても語って見せた、その対策すらも。コレは我々亜人族の歴史をもってしても、誰一人辿り着けなかった領域だ」
だとしても!
「全部俺の嘘や妄想かもしれないだろ…」
「嘘を吐くヤツが態々その様な事を言うか。それに、我は人が嘘を吐いているかどうか、分かるのだよ!」
……え?
「じゃ、じゃぁ何か?お前最初から…」
「ハッハッハッ!分かっていたさ。いやいい拾い物をした、これからも暇潰しがてら、しばしば訪れるだろう」
そう、笑いながら言った……
この野郎!俺で遊んでたな‼︎つかなんだよ嘘が分かるって!畜生やられた…俺は暇潰しの遊び道具か…!
「おちょくってたのかよこの魔王…‼︎」
「我は魔王ではない」
「え?」
急に真顔ヤメテ、怖い。
「魔王とは人間が勝手につけた名称に過ぎん、魔族もな。我々は亜人族!そして我こそはラーナー大陸亜人国家ラシュフォンド王国国王ヴァリエンテ・ラシュフォンドだ。小僧、お前名は?」
「クライ…クライだ…」
なんとなく、本当になんとなくだけど、ベルガンドは名乗らない事にした。
別に貴族とバレると殺されるかもしれないとか、情報を知ってると思われて拷問されるとか考えた訳じゃない。
ただ、”俺はベルガンドじゃない”と、そう思ったからだ。
と言うかコイツはそんな事するようなヤツじゃないだろう。コイツは、魔王と言うには余りにも慈愛に満ちている。
敵じゃない。
なんの確証もないけど、そんな気がした。
「ではクライ、また来る」
「あ、あぁ…ヴァリエンテ」
魔王は去った。
牢獄を…
代わりにムッキムキの看守の人が来ましたよハイ。
と言うかこの牢獄なんなんじゃろ?俺以外人がいない。そんなに犯罪率少ないのか魔族は!いや、亜人族って言ってたな。
もしかしたら、”魔”なんてのは人間の偏見で、案外いいヤツ等なのかも知れない、なにせあの王だ…いや、アイツ等は街を破壊して人を沢山殺した。人間の敵ってのは間違いじゃないんだろう。
ならなんで俺は助かった?
そもそも、なんで亜人族と人間は戦争してんだ?と言うか戦争してんのか?前のが最初の接触…いや、あの見張りは魔族の王がどうのとか言ってたし、仲は悪いんだろう。
魔族なんて言うから無条件で人間の敵って考えてたけど、よくよく考えてみたら俺、この世の事情なんてサッパリ知らなかったな…
「ま、いいか」
そら強制引きこもり生活してりゃそうなるよね。
知らんものは知らんし、どうにもならんし、今悩んでもしょうがないから置いとこ。
それより牢獄かぁ、また監禁生活だよ、どうしようかな?監視は真面目そうなおっさんだし、牢屋の中には何もない、つまりやる事がない……
体鍛えよ。
「ふっ…!ふっ…!」
「ん?」
「ふっ…!ほっ…!」
「何やってんだよお前…」
看守が話しかけて来た。俺一人しかいないからな、変な事してりゃぁそうなるか。
「見て分かんないか?体鍛えてんだよ」
「…牢屋入れられてやる事がそれって…どんな神経してんだよ」
「俺も知りたい」
うん。知らん。だって他にやる事ないんだもん。
「はっは〜ん。分かったぞ?お前鍛えて檻を壊してここから逃げ出そうってんだろ?いかにも子供が考えそうな事だ。やめとけやめとけ、この檻は特殊性で、鉄よりずっと硬いんだぜ?それを素手でぶっ壊すレベルになるなんて一体何十年かかるやら…」
へ〜、鍛えりゃ壊せんだ。スゲェなこの世界。
よっし、いざと言う時の為にも、気合入れて鍛えとくか〜。
「あ、看守さん、ダンベルかなんか持ってない?」
「お前…俺の話聞いてたか?」
「あ、バーベルでもいいよ」
「……」
それから俺は牢獄の中で鍛錬を始めた。
朝起きて、エアダンベルに始まり、牢屋の中を走り回り、腹筋、腕立て、背筋…なんかをやったりしたんだけど、なんの重しもないと幾らやっても疲れないのよね、コレが。どうやら俺も大概人間辞めてたらしい。
と言う訳で、わざとアホみたいに力入れてやる事にした。昼になれば飯を食い、とにかく思いつく動きをやりまくる。
看守の白い目を無視しながら牢屋の中で暴れ回る俺。時折煽る様に反復横跳びをしてやる。
そんな事を続けていたある日。
「久しいな、クライ」
「あ、魔王」
また魔王がやって来た。
「だから我は魔王ではない。ラーナー大陸亜人国家ラシュフォンド王国国王ヴァリエンテ・ラシュフォンドだ」
「はいはいヴァリエンテさんですね、覚えてますよ〜」
「むぅ…」
今更だけど、俺、相当ナメた態度なのに怒られないのね。楽でいいけど、逆に怖いよ。
え?お前そんな喋り方だったっけって?
うん、シルヴィア逃す時に死ぬ覚悟決めたら、色々吹っ切れてこうなった。
「で、今日はなんの用なんだい?」
「あぁ、クライの言っておった対策法が、試験的に一分の家庭で開始される事になってな、その報告も兼ねて雑談に来ただけよ」
捕虜に雑談しにくる王。
大丈夫かよこの国…
と言うか採用されたんかい!王様だけじゃなくて家臣も似たような考えなの⁉︎
「さてと、では聞いてくれ」
「ッ⁉︎」
魔王が突然真面目な表情になり、俺は驚いた。
よくよく見たら看守がいない、前にコイツが来た時もそうだったが、コレは明らかに人払いだ。
雑談ってのはハリボテ…やっぱり魔王は俺に何か真剣な話があって来たに違いない!
「実はな…」
な、なんだよ溜めんなよ…怖いじゃないか!
「家臣のローベルトに子が生まれたのだ!」
「…………は?」
なんの話だよ。
それからという物、本気で魔王の雑談が始まった。俺が一方的に聞き手に回っている状態ではあるが、マジで普通の話ばかりだった。
産まれた子供の名付け親になってくれと頼まれた〜だの、王都で流行りの何々が美味かった〜だの、終いにはこの前のどれそれは面倒くさかった〜など、愚痴まで挟んでくる始末。
別に苦ではないし、いいやと思いつつ聞いていると、案外驚く様な話もある。
「それでレインネルが怒ってしまってな。いや、アレは恐ろしかった、死ぬかと思ったぞ」
なんと、魔王より強い存在がいたのだ。
その名も、レインネル・ラシュフォンド。
魔王の嫁である。
簡単に言えば。どこの世界もかかあ天下よ…と言う訳だ。
どうやらこの魔王、既婚者らしく、8歳の娘さんもいるそうだ。名前はディアナ・ラシュフォンド。
俺がこの人から感じていた、どことなく優しいオーラは、もしかして父親のソレなのかも知れない。
だけど、どうしても分からない事が一つある。
「それからと言う物は、記念日だけは絶対に忘れまいと…」
例え、亜人達が心優しい種族だとしても
「しかし、公事などが重なってしまい、我にもどうする事のできない日もあるのだ。どうにかしたいとは思っているが、それがどうにも」
例え、本当に暇つぶしだったとしても
「我とて家族を蔑ろにしている訳ではないのだ。ただ、少しだけ休みが」
どうしてここまで俺に構う?人間である、敵であるこの俺に、だ。
それがどうしても分からないんだ。一体、この魔王は何が目的何なんだろう?
大体、コイツは世界征服なんて柄じゃない、見てて分かる。なのになんで戦争なんてしてるんだ?あの惨状の中、平然と立っていられたんだ?
分からない。
分からない。
コイツの事を知れば知るほど、分からない。
コイツは、魔王ヴァリエンテ・ラシュフォンドは一体、何がしたいんだろうか?
「…い……おい…おい!聞いているのかクライ」
「あ?悪い聞いてなかった」
「全く、人の話はしっかりと聞かねば失礼だぞ」
「にしても最近よく来るなお前」
「お前ではない、我はラーナー大陸亜人国家ラシュフォンド王国こくお…」
「はいはい、分かってますよ。ヴァリエンテさんですね」
「むぅ……」
「そういや、病気はどうなってんだ?」
「うむ、結果は良好だ。熱が下がるまでの期間はそれ程変わらぬが、感染率は減ったぞ。全く大した知識だな」
「別に俺の見つけた物じゃないけどな、前世の先人のお陰様だよ」
「それでもお前はしっかり先人の知識を受け継いだのではないか。ならばお前の知恵と同じだ。…知恵と言えばこの間王都で開催された知恵比べ大会がだな…」
「まだ続けんのかよ!」
結局、コイツの本心が分からないまま、俺はコイツと仲良くなっていくのだった。
病気の部分はリアルさを出す為にわざと自分の知識と憶測のみで書きました。何かとんでもないミスがあったら遠慮なくツッコンで下さい。
多少の誤差なら…まぁ、向こうの世界の医学者さんがどうにかしてくれるでしょうw