第5話 ままならない
俺は強くなった。
最早クソジジイやアドベルの攻撃では痣すら作らない。
俺は強くなった。
本気で飛べば、建物の二階に届く。やはりこの世界の身体能力限界は地球より断然上の様だ。
俺は強くなった。
100メートル走るのに、大体5秒でいける。
俺は強くなった。
強くなった筈なのに、人生はそう上手く行かない物である。
守る力は手にいれた。大丈夫、間違いない、そう思った時にに限って、どん底へ落とす様に悲劇はやってくる。
もし神と言う物がいるのなら、俺はソイツを思いっきりブン殴ってやろうと思う。
それくらい、現実とは理不尽な物なんだ。
そう。アレは、なんの変哲も無い一日の事だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「フッ!セイッ‼︎」
俺は、この一年の間に自作した木刀を一心不乱に振り回していた。
「ハイお兄ちゃん」
「おう、ありがとうシルヴィア」
終わればシルヴィアがタオルを渡してくれて、少しだけ休憩を取る。たわいもない雑談をし、終わればシルヴィアも混ざって二人で鍛錬を始める。
「剣持ってたって変わらないからな、相手と相対する時は肩や肘の動きに注目するんだぞ」
「は〜い」
ちょうど、その時だっただろうか?
『カーン!カーン!カーン!』
と、小さな鐘を叩く様な金属音がする。
それは一度鳴り出すと、まるで反響する様に彼方此方から鳴り始めた。
この屋敷の敷地内からじゃない。街からだ。
俺はその音に嫌な予感がした。
こんな音は産まれてこの方一度も聞いた事がない。室内の話声を、消音壁越しで聞き取れるこの俺が、だ。
何か良くない事が起きる。いやもう起こっているのだろう。
「ねぇお兄ちゃん、この音なに〜?」
シルヴィアが首を傾げて聞いてくる。可愛い。だけど、これ多分アレだよ、ホラ時代劇とかでよく聞く…
警報を知らせる鐘の音。
「シルヴィア、今日の練習はこの位にしておこう、何か良くない物が来る」
「え?」
危機感を感じ、そう言った直後。
「た、大変です‼︎襲撃です‼︎」
あぁ、やっぱりそうだ。騎士か警備隊か知らんが、知らせに屋敷を走り回ってる。
コレはマズイぞ…外も騒がしくなって来た。
「シルヴィア!こっちだ!」
俺はシルヴィアの手を掴むと、屋敷の中に向かって走った。
きっとあのクソジジイの事だ、このままじゃ置いていかれるだろう。下手すれば行っても置いていかれる。
だけど、シルヴィアは違う、シルヴィアは勇者だ、特別な存在なんだ。確かにクソジジイはこの子を利用しようとしているが、裏を返せばシルヴィアに利用価値がある限り、この子は必ず生きていられる。連れて行ってもらえる。
だが、それだけじゃ足りないよな。利用されれば不幸になるのは目に見えてる。必要なのは教会という、勇者を保護・育成してくれる施設だ。
こんな襲撃にあった今、クソジジイがなんと言おうと、教会が安全圏までシルヴィアを連れて行ってくれる筈だ。何せ救世主に危機が迫ったのだから。
ははっ!この状況下で嫌に良く頭が働くよ!でも、それでいい。よし、いける‼︎
初めて自分から屋敷に入った。すると、メイドやら執事やらが大慌てで走り回ってる。俺は近くにいたメイドを捕まえ、とりあえず話を聞く事にした。
「今何が起きている!」
「ま、魔王軍が攻めて来ました、早く避難を!」
「何⁉︎」
そういやいつだか言ってたな、俺が魔族のスパイでどうたらこうたらとか言ってたな。魔族がいりゃその王、魔王もいるって訳か。しかも魔王”軍”ときた、状況は最悪だ。
「親父は⁉︎」
「既に避難済みです!お二人も早く!」
ハァ⁉︎ふざけんなよ‼︎この短時間で避難だぁ⁈自己中心的にも程がある、自分以外どうなったっていいってか‼︎
「あのクソジジイ!俺はともかくシルヴィアも置き去りにして逃げやがったのか⁉︎」
「ク、クライ様、それは少々お言葉が……」
「そんな事はどうでもいい‼︎お前らは⁉︎」
「私達は屋敷の貴重品を……」
「バカかッ‼︎金より命だろうが!早くお前らも逃げろ!」
「し、しかし…」
「いいから早くッ‼︎」
俺がここまで強く出たのは初めてだろう、それが例え従者でもだ。兎に角俺は、館を一周して全員に避難命令を出すと玄関へ向かう。
クソッ!お陰で大分タイムロスになっちまった。磯がねぇと!
しかし、それを阻む様に玄関の方から声が聞こえる。
「な、なんだお前達は⁉︎うわぁ⁉︎」
「おい野郎共!この屋敷のもん全部持ってけ!」
「「おぉぉ‼︎」」
「どうせ騎士様は魔族の対応で手一杯だ!今の内奪えるだけ奪って面かるぞ‼︎」
「「いぇぇえええ‼︎」」
そして直ぐに金属を打ち合う音がする。どう考えても戦闘音だ。
あれが魔王軍なのか⁉︎いや、幾ら何でも早すぎる、となると強盗か‼︎確かにこの混乱なら目立たないだろうなろ!畜生が‼︎
「クソ‼︎ふざけんなよ!火事場泥棒じゃねぇんだぞ!女から順に全員裏口に回れ‼︎」
もう言葉遣いなんてハチャメチャ。焦って意識してる暇なんてない、年上相手だろうと関係ない、今は逃げる事が優先だ。
しかし、それは全員が同じことだった。寧ろ、声をかけられるだけ俺の方が冷静だったのだろう。
我先にと逃げ惑う使用人達は、その身で裏口を塞いでしまった。
畜生!なんなんだよ!
「シルヴィア!目ぇ瞑ってろよ!」
俺はそう声をかけると、シルヴィアを抱き上げ、背中から窓に突っ込み、突き破る。破片が宙を舞い、尖った窓が俺の肌を斬りつけてくるが、問題ない。
空中で体を捻り、足から着地。そのまま走り出すーー
「なに…アレ……」
ーー前に空を見上げた。
シルヴィアが声を漏らし、俺も唖然とした。
先程まで晴れていた筈の空は、どうしてか薄暗く、明らかに異常だ。
その中で、何よりも一層強く自己主張する様に、鈍く、怪しく光る”ソレ”はあった。
巨大過ぎる程に巨大。余りの大きさに開いた口が塞がらない。ただ単純に、デカイ。
誰が見ても分かるだろう幾何学模様。
魔法陣だ。
「お兄ちゃん…怖いよ…」
シルヴィアが震える手で俺にしがみつく。
当然だ、まだ7歳なんだぞ、怖くない筈がない。
「大丈夫、きっと助かる」
不安そうな表情を浮かべるシルヴィア、だけど安心させてやる事は出来そうにない。気休めの言葉だけをなんとかかけた。直後、魔法陣から赤い何かが飛び出した。
「嘘だろ……」
それが何か、理解するのにそう時間はかからなかった。
蠢く球は小さな太陽如く空気を歪める灼熱の焔。
それが雨霰と降り出した。
オイオイ冗談だろ……あんなのに触れたら骨すら残るか分かんねぇぞ…なんで不安を煽るような事すっかなぁ。クソッ!
「シルヴィア、しっかり掴まってろよ」
「お兄ちゃん…」
「…大丈夫、お前は勇者なんだ。神様が見守ってる。助けてくれる。だからそんな顔するな、絶対助かる」
泣き出しそうなシルヴィアを宥め、俺は駆け出す。魔法陣は確かに巨大だが、この都市を覆う程ではない、精々4分の1程度だろう。
恐らく魔法陣のある方に魔王軍とやらがいる。つまり、魔法の届かない場所まで逃げればいいだけだ。
たったそれだけの超難題。
分かってる。コレがどれ程難しい事か、今だって後方で、焔が屋敷に直撃し、吹き飛んだ。
俺は勢いよく塀を越え、最悪な形で初めて街へと繰り出した。
当然、そこにあるのは活気溢れる街風景などではない。
「逃げろぉ!」「魔王軍だ!」「西だぁ!西へ逃げろォ!」「西門へ早く!」「あぁ!お終いだぁ!」「誰か!誰か私の子を知りませんか!」「助けてくれ!助けてくれぇ!」
「あぁ神様ァ‼︎」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
街道は逃げ惑う半狂乱の人間で溢れかえり、とてもじゃないが、その波へは飛び込めそうにない。蹴られて倒れて踏み潰されてしまう。
俺は進路を変え、人々が向かう方向へ合わせ、民家から民家へとシルヴィアと共に移動していく。
かなりのタイムロスだ、それでもあの人混みに入るよか確実に逃げれるだろう。
「お、お兄ちゃん!人の家に勝手に入っちゃダメだよ!」
「馬っ鹿!そんな事分かってるっての!言ってる場合か!」
降り注ぐ焔が家々を壊し、焼き、爆破させ、轟音が鳴り響く。その度叫び声や悲鳴、断末魔が木霊する。
ははっ!ファンタジー怖すぎだろ!転生して僅か10年!早速二回目の死を迎えそうだ!俺はまだ何もしてないぞ!死ねるかよ‼︎シルヴィアだってそうだ!勇者なんだぞ!殺させるかよ!
そんな事を考えながら障害物を乗り越えていく。
「う…うぅ……」
シルヴィアが辺りの状況に感化され、今にも泣き出しそうだ。
「泣くなシルヴィア!泣くのは弱い子だぞ!」
全く、本当に酷い兄だな、コレしか出来ん。
「ッ⁉︎……」
「よし、強い子だ。行くぞ!」
俺達は走り出す。しかし、そんな時一際大きい爆発音と共に、街を覆っていた壁の一部が崩壊したのが見えた。
は?
マジかよ。
遠くからは戦闘を行っているのだろう様々な音が聞こえる。
魔王軍が入って来たのか?いや、そうだろう。入って来たんだ、魔王軍が。
クソジジイやアドベルなんかじゃない、こちらを殺そうとする集団が、入って来たんだ、街に。近づいて来ているんだだコッチに。
嘘だろ?なんだよ急に、こんな急展開ありかよ、笑える。
コレは夢じゃないか?
俺、本当は死んでなくて病院にいるんじゃないか?
起きればまたいつもの様な生活が待っているんじゃないか?
いや、そもそも俺は死んでいてコレは…なんだ?
色々と余計な事が頭をよぎる。
死んで、生まれ変わって、また死にそうになっていて、妹と逃げてる、しかも異世界。なんだコレ?訳わからん。頭がこんがらがる。
俺も大概パニックを起こしているらしい。流石の恐怖と責任に限界が来たか。
そんな俺に追い討ちをかけるように、隣の建物が焔を浴び、周囲の人々を巻き込んで消し飛んだ。
熱風が窓を割り、ガラスが頬を切る。
ダメだ。
コレはダメだ。
大体そんだけ接近されて気づかないってどうよ?
もう無理だろ。
避難所なんてないし。
西門に逃げろとか言ってたけど、ソッチの壁まで後どれ程ある?未だ遠くに見えているだけなんだぞ?
ダメだ。
ダメだろ。
逃げきれない。
その時、袖を引っ張られた。
「え?」
「お兄ちゃん…」
シルヴィアだ。
「あ」
「大丈夫?」
あ〜、コレはいかんよなぁ?俺一人ならまだしも、シルヴィアの命もかかってんだ、しかもシルヴィアは勇者、絶対に逃げ切らないといけないよな!
簡単に諦めたらいけない。うん、諦めんぞ!
「あぁ!大丈夫だ!行くぞシルヴィア!」
「うん!」
俺はシルヴィアに笑いかけると、また走りだそうとしたがーー
「なッ‼︎⁉︎」
ーー耳をつんざく様な轟音と共に家が崩れ始めた。
恐らく何か魔法がここに飛んできたんだろう。
死因はまたピンポイントかよ‼︎本当ままならないな!
俺はとっさにシルヴィアを抱えると、近くにある机の下に転がり込む。家が崩れるのを嫌にゆっくり感じながら、衝撃と共に意識を失った。