第4話 イカれた修行
シルヴィアを守りたい。だけど、今の俺には全てが足りないし、無い。
金も、権力も、力も、価値も、地位も、名声も、何もかもが無さ過ぎる。
そればかりか、シルヴィアには逆に助けられてばっかりだ。
こんなんじゃいけないっしょ。もっと本気にならないと死ぬ気で強くならないと。そこでこの間思い付いた方法がそこそこ役に立った。
「お兄ちゃん大丈夫…?」
「あ、あぁ、大丈夫だよ」
俺は現在ボコボコになっていて、シルヴィアの魔法によって治癒されている。
うん、悪くないな。
俺がこの間思い付いた方法、それは至って単純な物。だが、多分普通の人が聞いたら頭おかしいと思うだろうね。
ただボコられる。
これが俺の考えついた鍛え方だ。最高にクレイジーだろう?
だけど、あの会話を聞いた俺は思ったんだ、アイツ等は俺を殺せない。まぁ、あんまり調子に乗ると殺されると思うけど、現在は利用価値があるので殺されない筈なんだよ。
そこで俺は、あえてサンドバッグになる事で奴等の動きと、受け身の取り方を研究している訳だ。
アドベルの攻撃は明らかに何かを習っているので参考になるし、クソジジイの暴力は受け流すのが大変なので流しがいがある。それに、殴る蹴るされているのにそれを観察しようとする事で、目を瞑らない特訓にもなる。そして極め付けはシルヴィアの魔法。死んでなければ打撲くらい直ぐに治る。
お陰でこの狂った鍛錬はかなり効き目を発揮してくれてる。殴られても顔以外なら目を瞑らなくなったし、痛みにも慣れ始めた。それに加え自主トレもしているので、絶好調である。
言っとくけどMじゃないぞ?
ただ、この方法はシルヴィアが俺の事を心配してくれて、魔法を使う事が前提になっているので、打算がましくて申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
「ねぇお兄ちゃん…」
「うん?」
「私、お兄ちゃんに近づかない方が良かったのかな?」
「え?なんで?」
「だって…私がお兄ちゃんと遊ぶせいで……お兄ちゃんが虐められて…」
しまった…そう言う風に考えるのか。
「お前の所為じゃないよ」
「でも…でも…!」
「あ〜もう。泣くな!泣くのは弱い子だぞ?」
「グスッ…うん…」
「よし、強い子だ」
全く優しい子だなぁ。
いつだったか、差別しない子になって欲しいとは願ったけど、不安だ。
差別をしないと言うのは、他の人間とは考え方が違うという事。それは人々にとって異端に見える、人を差別しないシルヴィアだからこそ、人に差別されてしまうんじゃないだろうか?
「俺は、殴られるよりシルヴィアと会えない方が辛いよ」
俺は卑怯者だ、なんだかんだ言って寂しいんだろう、だから妹の優しさに漬け込む。それが良くないと分かっていながら。
俺にとってたった一人、本当の家族と呼べる肉親。
愛おしくない筈がない。離れたい訳がない。
でも、いつかは別れないといけないんだ。この子は勇者で俺は異端児、俺はきっとこの子の妨げになる。
だからこそ、強くならなくちゃいけない。教会の人がシルヴィアを迎えに来るその日まで、この子を守れる様に。
心も、体も、強く。
「明日も遊ぼ?」
「俺の修行は遊びか!まぁいいや、また明日」
シルヴィアが部屋から出て行き、俺はホッと胸を撫で下ろした。そして立ち上がろうとして、倒れた。
「やっぱ無理し過ぎたかな…」
魔法でも、疲れまでは癒せないか。傷は癒せるのに、全くどう言う基準なんだか…
もう、手足が震えて動きやしない。猛烈に眠い。
俺はそのまま冷たい床で眠りに落ちた。
筋肉痛の体に鞭打って部屋から這い出した俺は、殴られるべく本館の周りをうろちょろしている。
Mじゃないぞ?
この時間帯シルヴィアは習い物で不在だ。ここらをほっつき歩っていれば、アドベルかクソジジイに遭遇する筈。また受け身の練習と見稽古が出来る。
っと、そんな事を考えてる側から足音が聞こえて来るぞ、さぁ〜て、だ〜れっかなっ!
「ッ⁉︎」
……誰?
なんか、メイドを連れた見た事ない貴婦人がそこにはいた。
コッチを見て目を見開いて同様してる。流石に初対面でこの黒尽くめは効いたか?
「な、なんでこの子がここにいるのよ……」
ん?俺の事を知ってるのか?
「なんで…なんで‼︎どうしてあそこまで酷い事をされて平気でいるのよ!どうしてこの家から抜け出そうと思わないのよ!」
「お、奥様‼︎お気を確かに‼︎」
奥様?クソジジイのハーレムの一人か。
「気持ち悪い!気持ち悪い‼︎私に一体なんの恨みがあるの?取り憑く様にベルガンド家に居ついて産みの親である私に罪悪感でも与えようとしてるの⁉︎」
ん?
「貴方を産んだせいで私がどれだけ惨めな思いをしてると思ってるのよ‼︎もう十分じゃない‼︎まだ足りないって言うの?私だって好きで貴方の様な子を産んだ訳じゃないわよ‼︎」
あぁ、この人、今の俺の…
「母さん?」
「ッ⁉︎」
その時、母であろうその人物は、目に見て分かる程に震え上がった。ゾッとする。なんてレベルじゃない。
一体どうすればあそこまで身震い出来るのだろうか?殺人鬼を目の前にしてもあんなにならないだろう。
そう、まるで、身から心から全てが拒絶する様に。
「どうしてその名前で呼ぶのよ……どうして‼︎どうして‼︎」
「奥様‼︎もう行きましょう‼︎」
メイドが腕をとり、俺の横を通り過ぎ様とする。
俺はそれに対し、何を期待したのか、手を伸ばした。
「貴方なんて、生まれて来なければ良かったのに‼︎」
伸ばした腕を引っ込め、虚空に揺れる手のひらを眺めていた。
全身全霊の拒絶なんて…初めてだな。
俺はそう思うと、散策を再開する。
「っふ!ハッ‼︎ふっ‼︎」
やっぱり武器は欲しい、想像するのは刀だ。ジャパニーズサムライソウルだ。
と言っても、そんなもんがこの世界にあるのか不明だし、今振り回してるのは木の枝だけど。しかも、俺がこの屋敷にいる間、刃物を持たされる事もないだろうな。
だけど、いざって時に刃物の一本や二本使える様にして置いて損はないだろ。だから練習練習。
え?なんでイメージが刀かって?
刀、格好良いじゃん?
「なんか…前見たのと違う」
「前見たって、どっかで剣術を見たのか?」
「うん。騎士団の人の模擬戦見た事あるよ!でもお兄ちゃんのはなんか…違う」
…この子は瞬間記憶能力でも持っているんだろうか?
「まぁ、俺、素人だし。刀と両刃の剣じゃ、動き方も変わって来るからね」
変わって来るけども、普通分かんないだろ、6歳だぞ。シルヴィアには一体何が見えてるんだ?これが勇者の素質?才能?それとも能力?成る程、これは鍛えたら幾らでも強くなるわなぁ。
主人公補正ってヤツか…あれ?使い所違います?
にしても、主人公か。そうか、この子もいずれ戦場に赴かないと行けないのか……その時俺は何処にいる?シルヴィアを守ってはやれないのか?
「”かたな”って何?」
「刀って言うのはな、こう…片刃の曲剣でな?反りが浅く、鍔が丸くて、剣身の細い、両手持ちのヤツだよ」
まぁ、刀っても日本刀だし、種類もいろいろあるけど大体こんな感じかな?槍とか脇差は置いておこう。
「へ〜」
「丁度いい、シルヴィアもやってみよう」
やっぱり俺は酷い兄だ。シルヴィアを守ると誓いながら、それが出来ないって考えて、あまつさえそうなった時の為に、シルヴィアの力でなんとかして貰おうなんて考えてる。
本当クソ野郎だ。
これしか出来ない。俺は、無力だ……
「いいよ!面白そう!」
「お前は何でも面白いんだな」
なんやかんや、子供らしい遊びをさせてあげられてないや。ごめんなシルヴィア。
「お兄ちゃんと遊んでれば何でも楽しいもん」
「ははっ、それなら良かった。よーし、んじゃやるか」
「はーい!」
適当に棒を拾い、シルヴィアに渡す。
「まず、こう構えるんだ」
「何コレ?」
「コレは正眼って言ってな、刀を使う時の基本の構えだよ」
まぁ、正確には剣道だけど。
「へ〜。でも、盾はどうするの?」
「へ?盾?」
「あと、刀ってどこで作ってるの?」
「あぁ〜、それはえっと…」
「お兄ちゃんどこでそんなの習ったの?」
「う、う〜ん」
まぁそらそうなるか。確かに閉じ込められてたヤツが持ってる様な知識じゃないよね。
どう説明しよう……
「独学?」
「そ、そうそう!独学!我流!格好良いだろ!」
「へ〜」
変に質問される前に速攻で話題を変える!
「し、シルヴィアは盾を使いたいのか?」
「うん。盾欲しい」
「しかし、もう使う武器まで決めてるなんて、戦う気満々だな……」
「だって私が皆を助けるんでしょ?だったら頑張らないと!お兄ちゃんも守ってあげるからね!」
「それは心強いや」
本当にそうならない様に気をつけないとな。
「そんじゃ、”抜刀術”を教えようか」
「”ばっとうじゅつ”?」
「おう!兄ちゃんの考えた最強の剣術だ!」
嘘です。
「もし、自分が鞘に剣を納めた状態で、相手に斬りかかられたらどうする?」
「盾で防ぐ!」
「盾もなしで!」
「え〜…鞘で防ぐ」
「コレから教えるのはそんな時に使える、相手の意表を突く技だ」
「早く答え教えてよ」
「あ〜はいはい。答えは…」
俺は枝を刀に見立て、左てで輪っかを作り、それを鞘に見立てる。
一瞬で重心を落とし、どっしりと構えた。コレは体術の練習で教えたから言わなくても出来るだろう。そして、同時に上半身を少し捻りーー
「抜きながら斬る‼︎」
ーー直後、上体を前に向かわせると同時に枝を抜き放つ。それは空で一筋の線を描き、散ってきた葉を”偶然”斬った。
俺もビックリ。
「おぉ〜!」
「これを応用すれば色んな場面で使えるぞ。歩きながら、座りながら、後ろに引きながら。ポイントは剣を抜き放つ時、一緒に鞘を引く事だ。ただし、鞘は捨てちゃダメだぞ、負けるからな!」
「え?なんで?」
「何でもだ!んじゃ、やって行こうか!」
「えぇ〜何それ…」
そうして俺は日々を過ごす。
朝起きて、走り込み、受け身の練習、見稽古、飯を食い、シルヴィアと特訓、筋トレ、棒を持ち、動き、イメージトレーニング、もう一度動作を確認、身体を清め、飯を食い、イメージトレーニングをしながら寝る。
イメージトレーニングは多岐に渡る。俺の状態は刀、もしくは素手。相手は両刃剣、曲剣、長剣、大剣、短剣、細剣、長巻、長槍、単槍、鉾、薙刀、棍、棍棒、斧、弓、鞭、槌、鎌、思いつく限りあらゆる武器を想定し、相手は常に俺より強い。
手や足の皮は何度も剃り向けた。肉離れや疲労骨折も何度も体験した。その度シルヴィアに治して貰うと言う強引なやり方で体を鍛え続けた。
そうしてーー
「お兄ちゃん!」
「ん?どうしたシルヴィア」
「お誕生日おめでとう!」
「どうした急に、俺の誕生日なんて俺でも分かんないんだぞ?」
「今日はね、私とクライお兄ちゃんが初めて会った日なの!だから今日から、今日がお兄ちゃんの誕生日ね!」
「なんだそれ、ふふっ…ありがとうシルヴィア」
「どういたしましてクライお兄ちゃん!」
ーーまた一年が過ぎた。