第3話 強く
ふと、気が付き、自分が寝ている事を理解する。寝起きといったところかな?意識はなかったけど、そこそこ長く気を失った事は理解出来てる。
気怠さが残るけど、仕方がない、起きよう。俺はゆっくりと目を開き……
「あ、起きた!」
「うぉっ‼︎」
びっくりした〜!起きたら目の前にシルヴィアの顔って、整って人形みたいだから逆にホラーだわ。
ん?ここ俺の部屋じゃないな…
「ここは?」
「私のへや〜!」
「……なんでシルヴィアの部屋に俺が?」
「お兄ちゃん、お父さんに酷いことされたの覚えてる?」
「覚えてるけど」
「あの後ね〜?私がお兄ちゃんをここまで運んだんだ〜」
「ど、どうやって…」
「こうやって!」
そう言ってシルヴィアが手を後方にかざすと、魔法陣が出現する。コレ、アレだ、クソジジイが魔力障壁とか言ってたヤツだ。
成る程コレで道を塞ぎつつここまで進んだ訳か。しかし、よくクソジジイもそれで引き下がったな…
「お父さんがね?その内教会の人が来るから、その時大人しくしてれば今回は特別に許すって言ってたの」
「ふ〜ん」
そう言えば…
『こ、これは⁉︎あ、ありえん…奇跡だ……何と言う事か!我が娘は神の子だったぞ‼︎』
な〜んて言って騒いでたよね、もしかしてシルヴィアって、とんでもない子なのか?
「それでね!それでね!お父さんが、教会の人が来た後も家にいれば、お兄ちゃんと遊んでもいいって!」
「おい⁉︎お前それ、利用されるだけだぞ⁉︎」
話からして、恐らくシルヴィアは特別な子だ、教会はそれを保護しに来るのだろう。だがクソジジイは俺を餌にして、シルヴィアをこの屋敷に留めさせる気なんだ。目的が何かは分からないけど、どうせろくなことじゃない。そんなの絶対ダメだ!
「う〜ん?でもお兄ちゃんが外に出られる様になるならいいじゃん!閉じ込められてたんだよね?」
「おま⁉︎気付いてたのか…」
「うん!今日から自由だよ!」
全く…事の重大さが分かってんのかよ畜生…俺のことなんてほっといて、お前が自由に生きればいいじゃないか。別に俺はあの空間でも辛くは…
「泣いてるの?」
ない…筈だったんだけどなぁ?どうして涙が流れるんだろうか?気持ち悪い感覚だ、嬉しい訳でもない、悲しい訳でもない、なのに涙が止まらない。
「あ、ありがとう、シルヴィア」
「えへへ…」
俺は掠れた声でお礼を言いながら、愛しい妹をギュッと抱きしめて誓った。
この子は、俺が絶対に守ろう。
そう、心に誓った。
翌日、いかにも宗教ですって感じの白い正装に身を包んだ老人達と取り巻きが家に押しかけて来た。恐らく教会のお偉いさんかなんかなのだろう。
俺はその時庭にいて、早速外で体を動かしていたが、広い敷地の中でもその集団はあまりに目立っていた。
あんな連中に黒髪黒眼の俺が見つかったら何を言われるか分かったもんじゃない、そそくさと隠れるに限る。
直ぐにシルヴィアが呼ばれ、本館へ入っていった。
俺は敷地内を自由に歩ける事にはなったが、好んで本館へ行こうとは思わない、何故ならあそこにはクソジジイを始め、兄、母、義母、使用人と、俺を好んでいない連中の巣窟だ。と言うか、俺を気味悪がらないのはシルヴィアだけ。使用人でもアレなんだから、街に繰り出したところで同じだろうなぁ。
ま、とりあえず外から音で中の状況を探る。
「お、おお‼︎これは‼︎」
「か、神の加護⁉︎」
おぉう…スゴイな我が妹よ、加護て、俺が転生する時でも神になんぞ会わんかったぞ…
「大司教様…それでは我が娘は…」
「は、はい…間違いありません、彼女こそ勇者です‼︎」
どうやら俺の妹は勇者だったらしい。
…
……
………
えええええぇぇぇぇええぇぇえええーーーー!?!?!!?
「す、直ぐに枢機卿…いえ!教皇様に連絡を!使者を送りましょう‼︎」
「誰か!馬の用意を‼︎」
お、おいおいマジかよ……天才とは思ってたけど、まさか勇者とは…アレ?俺、勇者になるとか目標立ててたよね?
徒労乙。
「ベルガンド卿!直ぐにシルヴィア嬢を聖地イルレシャルムへ連れて行きたいのですが、構わないでしょうか?」
「私は…娘の意見を尊重したいと思っております……」
「では、シルヴィア嬢。私達と一緒に来るのです、貴女は世界中の人間を救う事の出来る、特別な力を持っているのです!」
「特別?」
「はい、この先、貴女には多くの困難が訪れるでしょう。それを乗り越え、貴女は人々を導く光とならなければいけません。そうなる為には、ここにいたのではダメなのです!」
「う〜ん…難しい…」
「…ではシルヴィア嬢。貴女には救いたい人が、守りたい人がいますのか?」
「うん!お兄ちゃん!」
シルヴィア……
「では、尚のこと我々と来なければなりません。今の貴女には、守るだけの力がないのです。さぁ、一緒に参りましょう!守りたいものを守る為に!」
どう答えるかは、分かっている。
「ん〜…ヤダ!」
「シルヴィア嬢⁉︎」
「なっ⁉︎何故⁉︎」
「申し訳ありません大司教様方、娘はこう申しております。先程言った通り、私は娘の意見を尊重致します」
「し、しかしベルガンド卿‼︎」
「それに娘はまだ幼い…理解できないのでしょう。私ども家族もまた、シルヴィアと一緒に居たいのです。どうか今回はお引き取り願えないだろうか?」
「むぅ…確かに焦り過ぎだったかも知れませんな」
「しかたありませんな…」
「分かりましたベルガンド卿。しかし、我々イーシャ教には、いいえ、世界には勇者が必要なのです!いつの日か彼女の力が必要となる事を、ゆめゆめお忘れなきようお願い致します」
「はい。私もその時は、覚悟は決めましょう…」
「では、また」
こうなる事は分かっていた、シルヴィアから聞いていたから。でも、付いて行って欲しかったな、きっとその方が幸せなのに…
一重に俺の所為、か。
どうやら大司教様とやらは帰った様だ、シルヴィアも戻ったみたいだし俺も……
「ふふっ…フハハ!」
なんだ?クソジジイの声?
「勇者‼︎まさか我が子が勇者とはな‼︎勇者を産んだとなれば我が地位も安泰!上手く利用すれは…王にさえ届くやもしれん!ククク…クハハ!ハハハハハ!」
……行って欲しかったな。
俺はシルヴィアが勇者認定された翌日から運動を辞めた。
本格的に体を鍛え始めたんだ。
「ふんっ……ふんっ……ふぁッ‼︎」
筋トレは回数じゃないらしい、計画的な食事と的確な鍛え方で筋肉を増やすそうだ。実際、毎日腕立て伏せを100回やったとしても、それに体が慣れるだけで、筋肉はそこまで増えないそうだ。逆に、筋肉に負荷を掛けつつ、適度な栄養摂取をすれば、3日置きでも筋肉は増える。
と言っても、俺はトレーナーでもなければボディビルダーでもなかったただの高校生だ。就職先は決まったけど卒業してなかったから高校生だ。うん。
とにかく、俺は前世の知識を持ってはいるが、前世の世界の全てを知っている訳ではない個人。どう言う鍛え方が適切なのか?どんな食事が鍛えるのに最適なのか?そんな事分からん。
だからただ我武者羅に鍛える。
「うぉお…!がぁッ‼︎」
筋肉付くと身長が伸びない?
無理のし過ぎは逆に筋肉がつかない?
そんな事知るか。
ここは異世界だぞ、地球の摂理の全部が全部当てはまる訳ねぇだろ。
体がぶっ壊れるまで痛めつけてやる‼︎
そして限界をーー
「ぬぉぉぉおおお゛お゛‼︎」
ーー超える‼︎
「お兄ちゃん煩い」
「あ、ハイ。すいません」
背中に乗ってるシルヴィアに怒られた。
現在俺は体を鍛えるべく、とりあえず無手でも出来る腕立て伏せから始めていた。が、それだけでは足りないと思ったのでシルヴィアを乗せたんだけど…コレは予想以上に辛い。
片手どころか指3本で逆立ち出来るんだから余裕だと考えてたのが馬鹿だった。アレはただ単にバランス感覚と筋肉の使い方、そこに子供の軽い体重が合わさった結果出来ていただけで、自重を超えるとなんの役にもたちやしない。
「辛いならやめれば?汗だくだよぉ」
「も、もうちょい…」
限界を超えるって決めたばっかなんだぞ!そんな簡単にやめられるか!
「何をしているんだ貴様は…」
ん?聞いた事ない…いや、ある声だな。誰だ?
「あ、アドベルお兄ちゃん」
あぁ、あのキザな兄貴か。
「シルヴィアお前…その穀潰しをペットにでもしたのか?ぶふっ…なかなかやるな…」
うん、この格好だけ見たら俺がイスになってるように見えるよね。完全に下僕ですハイ。
でも違うから!やめて!そんな目で僕を見ないで!どんな目してるか分からへんけど!
と、とにかく弁解だ。
「シ、シルヴィアちょっと降りて!」
「は〜い」
「ふぅ。これは勘ちがっ……」
立とうとしたら立てない。と言うか頭を押さえつけられている。
「誰が私の前で立っていいと言った?バケモノめ」
お前もかーい‼︎お前もクソジジイと同じタチかーい‼︎
「クライお兄ちゃんをいじめちゃダメ!」
「シルヴィア…お前本気でこの汚らわしいバケモノを兄だと思っているのか?」
「だってお兄ちゃんはお兄ちゃんなんでしょ!」
「はぁ…お父様の甘やかせっぷりにも困った物だな…いいかシルヴィア!勇者だかなんだか知らんが、お前は貴族なのだ!その自覚してがあるのか?高貴な存在としての嗜みを身につけろ!」
そう言ってアドベルは一歩踏み出し、それに反応してシルヴィアも一歩下がる。
コイツが何をしようとしているのか、何となく分かってしまう。
「教育と暴力は違いますよ…兄さん」
だから俺は、俺の頭から手を離した兄のその手を、掴んだ。
「……」
一瞬の静寂、後。
「触るな‼︎」
「ぐっ…⁉︎」
強烈な裏拳が俺の顔面を襲う。
「が…がぁぁあ‼︎ぐ…!」
「ふんっ!」
倒れ込んだ所に容赦なく髪を鷲掴みにされ、頭が強制的に上がる。見れば物凄い形相のアドベルが此方を睨んでいた。
はは、怖い顔してるよ兄さん。
「シルヴィアに気に入られたからと言って、調子に乗るなよ?誰が兄か。貴様の命はベルガンド家の面目によって繋がれているのだ。今まで追放されなかったのも貴様が目立った事をしなかったからに過ぎん。だが理由などいくらでも作れる、今後この様な事をしてみろ、父上に言って追放させてもらう」
「……」
ヤバイな……クソジジイ程では無いにしろ、力も運動神経も向こうの方が数段上だ。なんか習ってんだろコイツ。
「まぁ、あまりふざけた真似をすると、追放の前に私が殺してしまうかも知れんがな…ん?」
その時、俺を掴んでいアドベルの腕を誰かが掴んだ。と言ってもまぁ、一人しかいないんだけどね。
「やめろシルヴィア…俺に構うな」
「クライお兄ちゃんいじめちゃ、ダメ」
「……」
アドベルがシルヴィアの腕を払い、を睨みつける。また手が離され、拳を握り始めた。
だから俺はもう一回アドベルの腕を掴んだ。
ダメだろ、高貴なお方が暴力なんてさ。
「このッ‼︎」
瞬間、空いた方の腕が俺の頬を打ち、大きく仰け反った。だけど今度は離さなかったぞ!
「どうやら人語を解さない様だな‼︎ならば殺してしまっても構うまい‼︎」
忠告したばっかで同じ事されたもんだから頭にきたのか、猛攻が始まった。明らかに素人の動きじゃないのが見て取れる。
腹、右頬、鼻先を順に打たれ、倒れこむと、馬乗りになって殴打して来る。
酷ぇ紳士だなオイ。カルシウム足りてないんじゃないか?
「やめてよアドベルお兄ちゃん!」
「煩い‼︎」
「きゃ!」
なんだコイツ?俺にキレるのは分かるが、なんでシルヴィアにまで当る?クソジジイとは違う…何か、こう…何かがズレてる。
「何が勇者だ!魔法が少し使えるくらいで調子に乗るな!そんな物私も使えるんだぞッ‼︎」
あぁ、分かった…
「嫉妬か」
「ッ‼︎」
あ、ヤバイ完全にキレた。コレはダメかも分からん。
拳になんか集まりだしたよ、死ぬ…
「アドベル‼︎」
「だれ…ッ⁉︎父上⁉︎」
「こっちへ来なさい…」
「……はい」
今日は槍でも降るのか?一番ないと思ってた奴に助けられたぞ…
「クライお兄ちゃん!大丈夫?」
「おう…無茶苦茶痛い」
どう言う風の吹き回しだよ……拾え俺の耳!
「何故止めるのです父上!」
「いや何、お前にも話して置こうと思ってな」
「一体何を」
「シルヴィアについてだ」
「…またシルヴィアですか…それと一体なんの関係があると言うのです」
「そう不快そうな顔をするな。お前もベルガンド家の跡取りなら分かるだろう、アレの利用価値が」
「それは心得ています…しかし、だからと言ってあそこまで好き勝手させるのは我慢なりません!」
「シルヴィアは勇者だ」
「ッ⁉︎また…」
「今シルヴィアに首輪を掛けておけば、いずれベルガンド家はさらなる繁栄を迎えるだろう。しかし、それには教会が邪魔だ。だからと言って奴等を消す程の力はない。お前ならどうする?」
「なるべく長い間、手元に置く…ですか」
「そうだ、そしてその餌としてヤツだ。今殺されては困るのだ」
「成る程……つまり殺さない程度にならいいと言う事ですね」
「ふふ…流石我が息子だ、よく分かっているではないか。だが、シルヴィアの前では止めておけ、余り反感を買うのは得策ではないだろう?」
「分かりました」
あ〜、違うわ。このクソジジイ違う。俺を人として見ていないんじゃない。それに加算して人を道具としか捉えてないんだ。
使えるか使えないか、それだけ。
狂ってる。
あぁ、強くなりたいな……せめてアイツ殺せるくらい強く、シルヴィアを守れるくらい強くなりたい。
今の俺は本当にただのサンドバッグだ、殴られるだけの、抵抗も出来ない木偶の坊……俺は弱い。
鍛えないと、もっと、もっとだ。もっと鍛えないと。強くならないと。
あ、そうだ!
いい事思い付いた。