第17話 手続き
「ひぃ……ひぃ……つ、ついたーーー‼︎」
イーシャ大陸に到着してからかれこれ5日目、俺はやっとの事で最寄りの町まで到着したのだった。
え?なんで5日もかかったかって?それは俺の回想でも見てくれ…
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ここはイーシャ大陸、南のはずれ。南北に隣だって二つの大陸が浮かぶこの世界では、もっともラーナー大陸と近い場所だ。しかし、つい先日まで戦争をしていたにも関わらず、この海岸には港町どころか砦一つない。
と、言うのも、ラシュフォンドは多種族国家の為、水辺の戦では、それ専用の特別舞台として魚人族と言う人種が出てくる。彼等はその名の通り魚と人間の間の様な存在であり、その容姿は人間に鱗とエラとヒレをもたせた様な感じで、当然海中を自由に動き回る事が出来た。
肺呼吸しか出来ない人間にとって、水辺での魚人族はこれ以上ない脅威、海辺で戦えば確実に負けるだろう。それを見越して人々はここに港町を作らなかった。代わりとばかりにあるのは浜辺と一面の緑。
そんな場所に、俺はいた。
「え?ここ本当にイーシャ大陸なんスか?無人島じゃなくて?」
「そうだよ〜。もっと東か西に行けば港町もあるけど、ワシ等亜人じゃ人間に何されるかねわからんからなぁ〜、ここまでで勘弁してくれや。ホレ、コレが地図で今はココら辺にいる」
なんて言いながら地図を渡され指を指される。
え?もしかてガイドはここまでなの?てっきり町の近くまで行くのかと思ってたんだけど…
「一番近いのはこの【エインド】って町で、まぁ、歩いて1日かかるかどうかって所だね〜。んじゃ、ワシは戻るから頑張ってね〜」
「え、ちょ…」
魚人のオッサンはそれだけ言い残して海に消えた。
ってオイ!説明それだけ⁉︎つーかコレ世界地図じゃん…場所なんて分かんねぇよ……ん?
『世界地図 イルベリス神話より』
オイ左上に書いてあるコレなんだ⁉︎正確なんだろうな⁉︎
と、とにかく上…じゃなくて北に行けばいいんだな、うん。いってみっか。
ガサッ…ガサガサッ!
え?何?なんか林から出て…
「ぐ?」
「げっ!」
このデケェクマ!コイツ闘技場で一番強かった奴じゃん!ヴァンが昔素手で倒したっていってたな、その頃はもっと強いのもいたけど檻の関係上へらし…いやそんな事はどうでもいい。問題はその闘技場最強の魔物、アイアンベアーが目の前にいるって事だ。
コイツ嫌いなんだよ硬いから!ヴァンに連れられた”魔獣の森”とか言う所でもそこそこ出て来たけど、いややり難い。
どうしよう、いきなり戦闘とか…とりあえず突きで行くか?一番効くし。
「グォォオオオ‼︎」
俺が構えをとる前にクマは動き出す。デカイ、立てば3.5メートルはあるだろう巨体だ。
でも、距離は十分ある。俺は余裕を持って構えを取ろうとした……その時だった。
ガサガサッ!
今度は別の茂みから音が聞こえる。まだなんかいんのかよ?なんて思いながらそちらに目を向け、そして俺は見てしまった。
「ギチギチギチ」
「あ…ああ…‼︎」
全長3メートル強の巨大ムカデを。
「ギャァァアアアア!??!!!」
俺の絶叫が響き渡る。
いやいやいやいや無理無理無理無理本ッッッ当に無理だってダメだってアレはぁぁあ‼︎
俺はムカデとゲジゲジが大嫌いなんだ!なんだよアイツ気持ち悪りぃ‼︎ああ!身体中ゾワゾワする!
気付けばソイツが出て来た所とは反対方向の森の中に突っ込んでいた。とにかくヤツから少しでも離れる事しか頭になかった。
アレはダメだよ無理だよ近づけないよ!どっちが強いとかそんな事は関係ない!ただ単純に体が受け付けない!拒絶しているッ!
そして一頻り走り、遂には俺は
「どこココ」
迷った。
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5日の内5日は迷ってたぞ、魔物は出るし、道は分からんし、人はいないし、魔物は出るし、砦あると思ったら何故か無人だし、そこでも魔物出るし…なんやかんや森抜けたのさっきだ、クソ疲れた……
町に入っていきなり叫んだ俺に好奇の眼差しが向けられるけどそんな事はどうでもいい!さっさと宿とって寝たい……水と食料はあったけど、碌に寝てないんだよ。
で、宿って何処だ?
いや、ちょっと待てよ?その前に俺の持ってるこの金って、ヴァンから貰ったラシュフォンドの金だよな?使えんのかコレ?
困った。物売るにしてもヴァンから貰ったモンだし、普通に出回ってる物かどうかも分からない上、物価を知らんからぼったくられるかも知れない…人の買い物除くのも、ねぇ?
あ、魔物の皮とか角とか売れるんじゃないか?つーか売れるっしょ、あんだけ色々種類いるのに需要なかったら逆に引くわ。
「あの〜すいません」
そんな訳で、そこら辺を通る人に聞いてみた。
「あ?魔物の素材を売りてぇだぁ?んなもんギルド行きゃいいだろ」「ん?なんだあんちゃん冒険者志望か?ギルドはあっちだぜ?」「あぁ、ギルドの事ね、その角曲がって真っ直ぐ行った所よ」
誰に聞いてもほぼほぼ同じ回答が帰ってきた…え?何ギルドって?ハンターにでもなれるの?いや冒険者言うてたな。よく分からんがそう言う職業があるんだろう、場所も教えられたし、とりあえず行ってみるしかないか。
まぁ、大体どれか予想はつくんだけどね…この町、そこまで規模が大きい訳じゃない。道は踏み固められた土のままだし、周りの家も木造で1階2階建てばかり、外壁も木製で、隙間もしばしば存在する。出店や馬車がある為、賑わっている様にも見えるが、まぁ歩くのに困る事は先ず無いな。
そんな中、何故かかなりデカイ平屋の建物がある。
そこにゴツイ人やイカツイ人、稀に女性も見受けられるが皆武器や鎧を身につけ、入っていく。商人風の人や民間人もいるがかなり少数だ。明らかにおかしい。
剣と魔法が主流で、魔物がいる世界で、国の兵士って訳でもなさそうな人達が武具持って入ってく。絶対ギルドってアレでしょ、あの人達冒険しそうな格好してるもん。
しかし、随分賑わってるな。ま、目立たなそうでいいか、こう言う場所は絡まれるのが定番だからな。
近寄ってみると入り口にデカデカと【冒険者ギルド エインド支部】って書いてあった。他の人達に紛れて中に入れば、中もかなり広い。
どうやら演習場の様な場所も兼ねているらしく、裏の方からは打ち合う様な音が聞こえている。壁には沢山の紙がグループ分けして無造作に貼られており、酒場にもなっているのか朝から呑んだくれがチラホラ見受けられた。
いや〜、ゲームとかならいい感じの雰囲気なんだろうけど、現実だと何ていうか……恐っ。アレだよ、学校でうっかりヤンキーの溜まり場に足を踏み入れちゃった的な感じだ。
まぁその内慣れるだろと、正面に見える、若い女性の座った受付へ足を運ぶ。
「冒険者ギルドエインド支部へようこそ!どの様なご用件でしょうか?」
「え〜っと、魔物を狩ってお金が稼げると聞いてきたんですけど〜」
「はい、冒険者登録ですね。文字を読む事は可能でしょうか?」
「あ、はい」
「では、コチラの書類に必須項目をご記入の上、受付へ提出をお願い致します。何か分からない事が御座いましたら、職員の方へご遠慮なくお聞き下さい」
役所か!
しっかし、まさか文字読めるかどうか聞かれるとは思わなかったなぁ〜、識字率割と低いのかね?あ、一応俺は文字読めるし書けるぞ、勉強したんだ、何で最初っから言葉は分かるのか知らんがな。
一旦受付から離れてペンの置いてある台へ移る。
んで、渡された書類っての2枚。1枚目が履歴書みたいなので、2枚目は同意書みたいなやつだな。とりあえず同意書を読んでみるか。
…
……
………
こう言うのって…読んでても全然頭に入って来ないよね。
んまぁ、特に難しい事しろとは書いてなかったから大丈夫だろ。犯罪するな〜、ルール破るな〜、ケンカするな〜、無茶するな〜、って感じだ。
同意っと。ん?拇印?あぁ、指印の事か。へぇ〜、指紋鑑定にでも使うのかね?とりあえず朱肉みたいなのあるからちゃっちゃと押そ。
よし2枚目!必須項目は受付の人が丸つけてくれたからな、え?名前だけ…?そんな事あるのか⁉︎と、とりあえず書けるとこまで書いて出すしかないか。
あ、朱肉ついた…後に回せばよかった……仕方ない、このまま進めよう。
え〜っと、名前は…
「ブルー・アルトリオ、っと」
黒髪の頃の俺はクライなら青髪ならブルーでしょ!と言う事で、半日かけてそこに落ち着いたブルーで登録しよう。マジであの半日は無駄だった。
え?アルトリオって何か?
適当だよ!ベルガンドと似てるし語呂合わせもいいからアルトリオにしたんだよ!悪いか!
次だな、性別は男、年齢16歳、出身。…あ〜!なんだっけなあの都市。ヴァンに教えてもらったんだよなぁ…そうだ『ルシード』だ!
よしっと、書けんのはこんだけかな?じゃ提出して……大丈夫なのかコレ…?大して何も書いてないぞ。
暫し悩む。と、偶然受付の女性と目が合ってしまったので、何事もなかったかの様に立ち上がり、書類を提出。
なんだか前世でしばしばこんな事あった気がする。
「はい、問題ありません。では、ギルドカードを発行致しますので、少々お待ちください」
うっそ〜ん!アレでいいのかよ…なんて少しの間考えてると受付の女性が帰ってきた。
「こちらがブルー様のギルドカードになります。記入ミスが無いかお確かめ下さい。現在空欄になっている場所は後からでも書き足す事が可能なので、もし必要な時は職員までお申し付け下さい」
「分かりました、大丈夫です」
「では、これよりブルー様はFランク冒険者として認められますので、Fランクの依頼を受注する事が可能になりました。依頼は向かって左側の壁に貼り出してあるのでどうぞご自由にお取りください」
「ありがとうございます」
「分からない事がありましたらお近くの職員、或いはギルド内に置かれている『ギルド規定』をお読み下さい。それでは、これにて冒険者登録手続きを終了致します。貴方の冒険に女神イーシャの加護があらん事を」
「はい、ありがとうございました」
にしても大分丁寧だったなこの人、流れる様に喋るよスゲェ。
その流れに乗る様に手渡されたのは1枚のカード。手のひらサイズで、何でできてるのか結構硬く、意図的にやらなければ壊れるって事はないだろう。コレなら多少乱暴に扱っても大丈夫そうだ。
さて、んじゃ先ずは!
ギルド規定とやらを読もう……もしなんかあったら困る!そうしよう、そうしよう。
さっき書類書き込みに使った台へもう一度行く。その台には、隅の方に紐で繋がれた本が置いてあり、題名には『ギルド規定』と書かれている。俺はそれを手にとって読みはじめた。
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本当こう言うのって読むのに時間かかるよね、しかも初めの方とか全然覚えてない。
何ていうかさぁ、書き方がねぇ?『〜〜は、〜〜は、〜〜で、〜〜のため、〜〜とする。』てな感じで、ただでさえ興味ない物なのに、読む気が失せる……とにかく分かりにくい……
しかも特に難しい事書いてなかったよ、同意書の内容長くした様なのから始まり、冒険者のランクについて。コレは魔物と同じ様に冒険者にはS〜Fのランクがあって、それによって受注できる依頼数が増えるとの事。Cまでは依頼達成率と達成件数、難易度で昇格できるらしいが、B、Aには昇格試験があり、Sに至ってはある条件をクリアしなければならないそうだ。ある条件についてはその時話すとしか書かれていなかった。後はCランク冒険者になると『冒険団』なる物が作れるらしく、それの説明が長かったくらいかな。
さてと、んじゃ魔物倒したけど素材なんてとってなかったから倒しに行こ……
え〜、確か依頼書に何やればいいか全部書いてあるらしいからな。適当に幾つかとって、宿代稼いだら次の町目指すか。
そんな事を考えつつFランクの依頼が張り出されている一番左の掲示板へ向かう。どうやら右へ行けば行く程依頼のランクが上がるらしく、Aランクの掲示板はガラガラだ。
ま、Aランクの依頼って事はそれだけ大変な訳だからね、沢山ある訳ないか。ちなみにSランクの掲示板ってのはなかった、多分秘密裏にどうにかしないとパニック起きるレベルなんじゃなかろうか?
で、一方Fはと言うと…
「うわ〜…」
掲示板から溢れかえってた。一応討伐と採取、それ以外で分けてはいるらしいが、どれがどれなこかさっぱりわからない有様だ。それどころかEをちょっと侵食してる。
内容はどれも家の手伝いとか、よく分からん草の採取、害虫駆除、Fランク魔物の討伐なんかの大した事ない物ばかりだ。
俺はその中でも一番手っ取り早く終わらせられそうな討伐依頼で、同じ地域の物を選んで引っぺがしていく。
宿代、幾らか分かんないしね。何度も行くの手間だから一回で終らせよう。にしてもゴブリンの討伐とか何枚あんだよコレ、1枚に纏めればいいのに。
そしてある程度束になった所で受付へ足を運ぶ。勿論さっきお世話になった受付だ。
「お願いします」
「はい…え?こんなに沢山ですか?しかも討伐ばかり……あの〜、これ等の依頼には期限がございます。高ランクの物ならば数日、多いものでは1ヶ月以上の物もございますが、Fランクになりますと殆どの物が受注から1日程の期限となってしまいます」
「えぇ、さっきギルド規定で見ました。でも、場所が近かったので大丈夫かなって」
「あの、先程冒険者登録したばかりですよね?その変わった形状の剣を見れば、何かしらの剣術を学んだ事は伺えます。しかし、いくら腕に覚えがあると言っても、この数をこなすのは難しいかと……」
「え、そうなんですか?」
「はい、これ等の魔物が1つの所に纏まっている訳ではありませんから…依頼は期日以内に達成出来なかった場合、先ず延滞金が発生し、成功報酬から差し引かれます。そして一定時間が過ぎてしまうと、達成した場合でも無効となり、破棄する場合には別料金がかかってしまいます。ですのでこの数をオススメする事は出来ません。今日1日過ごすのであれば……コレだけあれば足りるでしょう」
そう言って受付のお姉さんは数枚の依頼書を渡して来た。
ほぉ〜、成る程、流石プロ、めちゃくちゃ勉強になった。そうだよな、一ヶ所にまとまってる訳じゃないんだから探す時間の方がかかるに決まってるよな。ちょっと闘技場に慣れすぎたのかもしれない、”魔獣の森”も入れ食いよろしくいっぱい出たからなぁ、エサは俺だが。
「残りの依頼書に関しましては此方で貼り直すのでご心配なく」
「何から何まで、すみません。ありがとうございました」
「いえいえ大丈夫ですよ、ではお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「はい、ありがとうございました!」
こうして俺は初めての依頼向かったのだった。
「ぷっ…くくく…見ろよアレ」
「だから。なんだよあの数、馬鹿だろ」
「普通に考えて無理だつっーの!調子に乗りたいお年頃ってか?」
「「「ダハハ!」」」
近くの席で酒盛りしてた冒険者に笑われた…恥ずかしい…