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第16話 別れ

その日、ヴァンは泣いていた。

人間から魔王と恐れられ、亜人にはその強さと聡明さから圧倒的支受けた、現国王にして最強の亜人、ヴァリエンテ・ラシュフォンドが泣いていた。

歯をくいしばり、拳を握りしめ、悔しさと怒りに表情を染めて泣いていた。

自分は無力だと、自分は無能だと、泣いていた。


「すまぬ……すまぬクライよ……!我が不甲斐ないばかりに…‼︎」

「いいんだヴァン、俺が勝手にやるだけの話だろう」

「……だがこれでは…お前が…‼︎」


王座に腰掛け、嘆くヴァンの前には俺がいる。肩に手を置き、なんとか声をかけるもあまり意味はないみたいだ。


「死ぬかも知れないのだぞ‼︎」


だろうなぁ。何せ今から国の重鎮をぶっ殺しに行くんだ、捕まるか、返り討ちにあって死ぬか、勝手逃げるか…何れにせよ、今まで通りって風にはいかないだろうね。


「クソッ…‼︎クソッ…‼︎」


ヴァンは焦り過ぎた。まぁ無理もないよな、何せ、長きに続いた人間と亜人の戦争が、”理由の無い戦争”だったんだからさ。

コイツは数日間書物庫に篭っては資料を片っ端から漁り尽くしたらしいが、俺の言う『戦争の発端』は何処にも記載されていなかったと言う。

つまり、誰も争いの元を知らない。

両大陸共に食物は豊富、土地も広く、人口爆発も起こしていはいない。過去にもそういった歴史は存在せず、由来たるまのは見当たらない。現在戦争を行っている理由は完全に恨み合いのみ。どちらかがどちらかを征服したところで、国土が広すぎて到底管理仕切れないと言う。

無駄な戦争だ、鬱憤の晴らし合いの様で、恨みのなすりつけ合いの様な、実に無益な戦争だ。

それは、とてもじゃないが、ヴァンが許容出来る物じゃなかった。


だから強行手段に出た。

出てしまった。


反対派の意見を無理に押し切り、イーシャ側との平和協定を強制進行。信頼を勝ち取る為に人間側の条件を必要以上に飲み込み、しかしどうしても許容出来ない場面では脅す。

その為、亜人は勝利を約束されていたところから一転、同格へ成り下がり、人間には言い知れぬ不信感を与えた。

結果何が起こったか?

反乱だ。武だけでしかのし上がれない者、人間へ強い恨みを持つもの、ヴァンが王だという事が気に入らない者。彼等、反対派の中でもヴァンの言っていた『殆ど』に入らなかった幹部達が筆頭となり、反乱軍を立ち上げたんだ。

そしてその反乱軍は、途轍もなくタチが悪かった。

まず兵士だけど、彼等は国王軍の中でも戦う事しか能の無い者達、或いは人間に強い恨みを持つ者で構成されてた。元軍の者達は職を失う事を恐れ、功績を立てられなくなる事を恐れて寝返り、その数こそ少なかったが、裏を返せば戦う事に特化した集団だ、厄介極まりない。更に人間への恨みを持った者達が集い、その規模は国王軍にこそ届かないものの、王都に混乱をもたらすには十分過ぎる数。

次に参謀。コレはヴァンが王だと言う事が気に入らない者なんだが、彼は『自分なら王に成り変われる、自分ならばもっと良い王になれる』と信じて疑わない人で、それを豪語するだけの賢人。その腕前は敵ながら圧巻の一言で、見事反乱軍の存在を隠し通し、尻尾は決して出さなかった。

そうして気取られず、されど迅速に力を蓄え、やっとこさ情報が入った時には、爆発寸前だったんだ。


全くバカな話だ、何代にも渡って国を統括し続けた王家の優秀な者を、国民から多くの支持を得ているヴァンを殺して、国を操れる物か。

大体にして、ヴァンはこの大陸で最強だ、更にあのレインネルさんも優秀で忠実な部下達もいる。こんな反乱、成功する筈がない、反乱軍が、国王軍、ひいてはヴァンに勝てる筈がない。そう、皆思ってた。

だけど、次に入って来た情報は予想外の物だった。


敵には将軍、ガンズバル・ロディがいる。


それは、国王軍最高戦力が寝返った事を知らせる報告だった。

もし、もしもの話だ。反乱軍が王都で暴れ、内部班が反旗を翻し、将軍が国王夫妻と対峙し、その間にディアナちゃんが人質に取られたら?


現状物証はない。だから罰する事も出来ない。

となれば反乱を回避する方法は二つ。

一つ、示談。

だがコレは無理な話だろう、話を持ちかけたところでトボけられてお終いだ。仮に応じたとしても、相手の要求を飲まなければならない。最早穏便な話し合いの域なんて超えてるし、何を要求されるか分かったものじゃない。当然ボツ。

もう一つは、先手を打つ事。

反乱を起こす前に中心人物を殺害してしまえば、指揮を失った軍が行軍出来ない様に、司令塔がいなくなった反乱軍も機能しなくなる。更には主犯格を殺害する事により、周りへの見せしめにもなる。

幸い、今回反乱しようとしている者たちは、将軍以外あまり評判のいいとは言えない者たちだった。殺されたところで国民も騒ぎはしないだろう。

だが、ここで一つ問題が浮上する。

彼らは腐っても勇猛果敢な戦士、その力はヴァンにら及ばないが、高い。特に将軍は別格だ。並みの者では返り討ちが良いところ、下手をすればソイツが捕まり、面倒な事になりかねない。


ならば、誰がソレをやる?


そうして考えると、俺が適任だった。

俺の存在を知る者は極一部、それもヴァンが直々に認めるほど忠実な家臣。

剣技は異形。この世界のどの軍隊も剣豪も持たない、我流の物。常に最悪の場合を想定して臨機応変に戦える様に六つの剣技を俺は鍛えに鍛えていた。

力は異端、幼少から毎日続けた鍛錬は無駄ではなく、16歳にして常人のそれを遥かに超えている。

存在、技術、力量。全てに置いて俺が一番の適任者だ。だから俺は、進んで名乗り出たんだ。


「仮に成功したとて、お前はこの国に居られなくなる!」

「そうなったって別に死ぬ訳じゃないだろ。ほとぼりが冷めるまで、ほんの一時この地を離れるだけだ。それに、色々と見て回りたいとも思ってたしな…」

「平和を失わぬなどと大見栄を切っておいて…なんたる体たらくかッ……‼︎」


こうして見ると、コイツも普通の人間なんだなって思う。いや、人間じゃないか。まぁそんな事はどうでもいい。

ヴァンは俺の親友で、俺はコイツの事をよく知ってる。顔に似合わず抜けてて、変な喋り方してるし、ツノが生えたり翼が生えたり、黒色が異様に好きで、嫁さんに弱くて、娘に甘々で…優しい人だ。

そんなヴァンが、真実をしって、焦って混乱して、ミスをやらかした。国家単位のミスだ、当然許される様な事じゃないだろうし、これから先も詰られ続けるだろう。

でも、ヴァンって、今までそう言った大きなミスって一つも犯してなんだよ。それってスゴイ事だと俺は思う。100の成功より1の失敗の方が目立つし、批判家ってのは何処にでもいるから、それは仕方のない事なのかも知れないけど、俺はヴァンのした事を否定しようなんて思わない。


「そんなに自分を責めるな、誰にしも失敗はある、沢山失敗して、沢山間違えて、そして成功を、正解を見つけるんだ。夢なんだろ?人間との共存」

「あぁ!必ず…必ず成し遂げよう‼︎…その時はまた、笑って話をしようぞ‼︎」


コイツは王様の前に一個人なんだ、誰だってミスの1つや2つやらかすだろうし、落ち込む事だって、後悔する事だってある。でも重要なのはそこじゃない。よく言うだろ?次に繋げる事だって。

だから俺は、ヴァンが次に繋げられる様に、悪目立ちしない様に、反乱軍を潰す!今まで世話になった恩返しだ、尻拭いなんざ幾らでもやってやらぁ!


「ははっ!そうだな!そんときゃ今日の出来事も笑い話だ!じゃあな、行ってくるぜ、親友‼︎」

「‼︎…あぁ!また会おう!親友‼︎」


そうして俺は王宮を発ち、四人の反逆者を斬り伏せた。それからは浜辺に用意されていた船に乗り込み、船乗りの魚人に連れられ、6年ぶりになる人間の大陸、イーシャ大陸に戻って行ったんだ。

レインネルさんは何となく知ってた様子だったけど、ディアナちゃんに挨拶できなかったのは心残りかな。まぁ言える訳ないか。だから態々俺の誕生日パーティの準備して貰って、注意を逸らしたんだから。

船の中には食料、道具とその説明書き、金が積んであり、それは俺になるべく苦労をかけないようにとヴァンが用意してくれた物だった。俺はそれらをまとめる。


『あぁ、気に入った!小僧、貴様を捕虜としよう!』

『クライよ、娘が機嫌をなおしてくれぬのだが…どうすればよい?』

『ッ⁉︎ど、どうした⁉︎い、痛むのか⁉︎泣くな!もう大丈夫だぞ!』

『無論だ。問題は山積みだが、これから考えて行こう…もし行き詰まってしまっても、お前がいるしな』


思えば酷ぇ出会いだったな、死体の山での発コンタクト。なんでこんなに仲良くなれたのかが不思議なくらいだぜ。


『レインネル・ラシュフォンドじゃ。夫が世話になっとるのぅ、礼を言うぞ』

『カッカッカッ!いい威勢よのぉ。どれ、では魔力の使い方を教えてやろう』

『暴走させてどうする。力み過ぎじゃと言うておろうが』

『クライ、お主、ディアナと結婚する気はないか?』


レインネルさんのスパルタには本当に参ったよ。まぁ、お陰で大分強くなれたけどな。世話になりっはなしで碌なお礼も出来なかったなぁ、次に会う時は土産の一つでも持ってかないと。


『に、人間は恐ろしい人種だと聞きましたわ……あ、貴方も恐ろしい人なんですの?』

『もぅ、ちょっとはわたくしの事もかまってくださいまし!』

『では、こちらでの誕生日は今日にしましょう!そうすれば毎年しっかりと祝えますわ!』

『わ、わたくし達、婚約した訳ですし…これからは、ク、クライ様…とお呼びした方が良いのでしょうか?』


ディアナちゃんは気が利いて、頭が良くて、可愛らしい本当に良い子だ。俺の自慢のもう1人の妹。シルヴィアと再会したらもう1人妹が出来たって脅かしてやろう。いや、婚約者の方が驚くか?


熱いものが、頬を伝う。


ああ、楽しい日々だった。ヴァンが居て、レインネルさんが居て、ディアナちゃんが居て、そこに俺も居る。それだけじゃない、看守も、兵士も、使用人も、ムルガさんも、皆、皆、優しかった。本当に幸せな時間だった…


震える手で、荷物を整理する。


まるで走馬灯みたいだ。思い返そうと思ってる訳でもないのに、思い出が、皆の顔が、次々と流れてく。

楽しかった。

幸せだった。

そして何より、嬉しかった。

避けられて、嫌われて、殴られて、俺にはシルヴィアただ1人だった。でも、ラシュフォンドの皆は俺に普通に接してくれた。それが何より幸福な事だった…離れたくない、ずっとここに居たい、でも、それはもう、叶わない。

分かってる!今世の別れじゃない!またいつか会える!分かってるのに…


涙が止まらない。


霞む目を擦りながら、荷物を漁っていると、青色宝石のような物が付いたイヤリングが出てきた。説明書きによると、髪と目の色を変えてくれるらしい。左耳に装着し、鏡を見れば青色に変わっていた。

そうか、黒は嫌われるもんな、気ぃ効かせてくれたのか……もう、クライ・ベルガンドでもいられないな。この名前も、ヴァン達が呼んでくれるから、折角気に入り始めてたのによ…

だけど、不思議と寂しさは消えていた。この道具に、皆の優しさや思い出が詰まっている様な気がしたからだ。


「新しい名前……考えるか」


涙を拭って顔を上げる。


イーシャ大陸に戻ったら、先ずシルヴィアを探そう。そして言うんだ、新しい家族が出来たって。

俺はもう片方のイヤリングを思い出と共に握りしめ、また新しい一歩を踏み出した。

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