第12話 次のステップへ
「ホレ!重心がブレておるぞ!」
「は、ハイぃ!」
「返事をする暇があったらもっと集中せんか!」
「す、すいません」
「それが要らぬと言うておるんじゃ!」
現在、レインネルさんに喝を飛ばされつつ魔力操作の修行中。
なんかね、この前やってたアレ、肉体強化じゃなかったわ。いや、肉体強化ではあったんだけど、不完全な状態だった訳だよ。
今やっているのは内にある魔力を身体に目一杯広げ、循環させる作業。
イメージして貰いたい、内にあるエネルギーの細木を、自分の体パンパンまで膨らませ、そこからギュルギュルと回転。凝縮・解放を同時に行う。
うん、多分よく分からんと思うから簡単に言うと、体の内に、自分の形した竜巻作ってる様な感じ。しかも体の外に漏らしちゃダメって言うね。
辛い。
まだ拙い所為で全身に力入りまくりだし、もう汗ダッラダラだよ。しかもレインネルさん結構スパルタだからさ、こんなのを魔力が尽きるまでひたすらやらされるんだよね。
クッソ辛い
だけどこの程度はまだ序の口らしい、消費してから本番だとさ。
誰だよ使えねーとか言ってたやつ、扱えねーの間違いじゃねぇか。あ、俺だわ。
「ぐ…ギギ……‼︎」
自在に出来る様になれば相当運動能力が跳ね上がるらしいけど、体とイメージと魔力がバラバラの今じゃ動くことすら出来ない。一歩でも歩ったりすれば、魔力の回転方向が可笑しくなって風船の空気が如く抜けてく。
と言うか、コレ自在に使うって事は、体動かしながら魔力操作して、それを正確にイメージしてないといけないんだろ?そんでもって敵の攻撃にも対応すると。
無理じゃね?
「慣れじゃな」
心読むねぇこの一家は……と言うか、前みたいにこの人達の魔力量が異常だから出来るだけなんじゃないのか疑わしくなって来たわ。現状出来る気がしない。
あれ?なんか目が回ってきたぞ?回してるのは魔力の筈なんだけど…
え?魔力操作は大して難しくなかったとか言ってただろって?
記憶にないなぁ!
と、とにかくどうにか制御せんといかん!ヤベ!なんか余計なことした!ズレたぞ⁉︎おぉ狂う狂う。あ、ダメなヤツだわコレ、取り返しつかないパターンだわ。なんかこのままやってたら怪人よろしく爆発するような気がして来たぞ。ちょ、制御できない⁉︎ヤバ…
「阿呆…」
マジで爆発するかと思ったその時、レインネルが俺の腹に手を当て、もって途轍もない魔力の波動を送り込んで来た。
途端に俺の魔力はかき消され、そこで息すら出来ていなかった事に気づく。
「ぐ…ごほッ!ごほッ!」
「暴走させてどうする。力み過ぎじゃと言うておろうが」
「す、すみません…」
やっぱ格が違うな。俺自身全く制御出来ない魔力のうねりを、そよ風でも吹かす様に吹き飛ばしちまった。お陰で魔力がスッカラカンだ…
「ま、徐々に慣らすしかあるまいて。続きは明日じゃのう」
「はい、ありがとうございました」
「そっ!ふっ!ふんっ!」
レインネルさんに師事をしてもらった後は、お楽しみの刀タイム。
一日の中で一番の楽しみが刀を振る事って、普通に聞いたら狂人だよね。
はてさて、刀を持って見て分かった事だが……今までの修行があんまり意味ねぇ…いや、違うな、この刀が重すぎるんだ。推定14、5キロはあるじゃないだろうか?ぶっちゃけ地球じゃ絶対使えないよこんな代物、今の体だから片手でも持てるけど、流石にキツイ。片手逆立ちみたいにバランス取るだけとは訳が違う。
しかも、俺が普通の刀を想定してたから余計に酷い。どうせ1、2キロくらいだろ〜なんて思ってたのにこりゃねぇぜ。
更に更に、刀を振って気づいた事が一つ。
コレ斬れてない。
刀を振るう度空気抵抗が少しづつ違うんだ。簡単に言えば刃の向きがおかしなまま振ってるって訳なんですよ。50センチ定規なんかで試してみると分かると思うけど、真縦にして振り下ろすのと、連続で適当に振るうのじゃ、感覚がちょっと違う。これじゃぁ相手に当たっても最大限の威力を発揮できない。
「強化系がちゃんと使えればなぁ……」
そう、肉体強化・身体能力強化なんかがしっかりと使えれば、この重さの刀をだろうと自由自在に振り回せる。んだが、まぁ、無い物ねだりしてもしょうがないよね。
それに、魔力とか、そういう物に頼ってても良くない気がする。
「やっぱちゃんと鍛えるしかないかな」
「ズルでもするつもりでしたの?」
「ぬぉっ⁉︎」
声に驚いて振り向けばディアナちゃん。なんだ、親父の真似事か⁉︎
「ふふふ、お兄様は意外と臆病なのですわね」
「いやいや、考え事の最中にいきなり声かけられたら普通に驚くって…」
悪戯が成功したかの様に笑うディアナちゃんに、俺は苦笑しながらもそう返す。
しかしこの子、いつから聞いていたんだか…
「ついさっきですよ?」
「ナチュラルに心読まないで」
「それで、どんなズルをするつもりで?」
「あぁ、そう言うところは読めんのね。いやねぇ、肉体強化でも完璧に使えればこの刀を軽々と振り回せるだろうけど、それは修行的にズルなんじゃないかって考えてたんだよ」
「成る程…確かにそれでしたらその刀を扱えるのでしょうけど、魔力が尽きた場合はどうしますの?流石に肉体強化だけで戦闘を行う訳ではありませんわよね?」
「あ〜、そう言う問題もあるか〜。刀の振り方もまだまだだし…どうしたもんかなぁ?」
腕を組んでう〜んと唸ってみるが、何も思いつかない。ふと、隣を見ればディアナも一緒に考えてくれてる様だ。その姿がなんとなく微笑ましい。
その時、ふと、何かを思いついた様子で顔を向けられる。
「お兄様は、より実践的に強くなりたいのですよね?」
「そうだね」
「では、模擬戦をしてみてはいかがでしょうか?」
「……へ?」
「相手ならお父様が用意してくれますでしょうし、誰かと一緒に行う方が楽しいと思うんですの。それに、ただ一人で特訓するよりは、ある程度知識や実績のある人としたほうが捗るかと思いますわ」
「……」
成る程、実戦に勝る訓練無しと、
その発想はなかった!
全くだった。普通に考えてそうだわな、なんで思いつかなかったのか逆に不思議……
あ!俺、嫌われてたからか!人に頼る思考に行きつかなかったのねこの人間不信!
こんな所でも弊害が……許さんあの一家…もう死んでるけど。
と、言う事で、ヴァンがいる晩飯の時、早速訪ねてみる事にした。
「まぁ、そんな感じで。いい訓練相手とかいない?」
「唐突だ……流石に直ぐには出来ん、皆仕事がある故な」
「お主は鍛える事しか頭に入っとらんなぁ」
「全くですわ」
俺の話を聞き、ヴァンはそう答えるも少し考える素振りを見せ、レインネルさんは呆れた様な視線を向けてくる。そして発案者であるディアナちゃんは何故かレインネルさんに乗っかった、解せぬ。
「やはりわたくし何て眼中に……」
ん?ディアナちゃん何か言ったか?
「言ってませんわ」
おおう…読むねぇ。
「クライ、その訓練の相手とやらは、騎士や兵隊の様な戦い慣れた人物でなければならないのか?」
どうやらヴァンが何か思いついたらしく、俺に問いをかけねくる。
「いや、強くなれればそれでいいんだ。特にこだわりは無いかな」
「ならば、我に一つ考えがある」
「ほうほう」
「ラシュフォンドには闘技場と言う物があってだな……」
その後暫く、俺はヴァンの考えを聞かされた。その内容は至って簡単で、分かりやすい物だ。
ラシュフォンドには闘技場と呼ばれるコロシアムの様な物がある。そこでは騎士の演習や、闘技者への挑戦、闘技者同士の試合などを行っており、それを見学したり賭けしたりできる娯楽施設だ。
確かに、そこに行けば腕試しが出来る。だが、残念な事に俺は人間なのでそんな場所に出れば色々と問題になるだろう、そこでヴァンが目をつけたのは、闘技場で捕獲されている魔物達だった。
まぁ、俺も闘技場とか出て来た時点で何となく予想はしていたけど、この施設、やはりと言うか当然と言うか、人vs魔物の試合もあり、闘技場地下には様々な魔物が生け捕りにされているらしい。
なので、閉館後、ヴァンの権限で闘技場に入り、魔物と戦う事で俺に戦闘経験を積ませると言う寸法だ。
「兵に負担をかける訳にもいかんでな、人払は我がどうにかしよう。どうだ?良い案だと思うのだが」
「うん、めっちゃいい案だと思うよマジで。だから直ぐにやろうそうしよう」
興奮の余り俺は立ち上がる。
ファンタジー!闘技場!魔物との戦い!燃えるじゃないか!
「ま、待て、落ち着かんか!直ぐには無理だぞ!」
「いいや待てないね‼︎」
「何故に⁉︎」
無理矢理立たせようと掴みかかる俺、拒むヴァン。実はこの時、ヴァンの反応が面白くて半分くらいふざけてやっていたんだが…
「バカをやっておらんで飯を食わぬか!」
「……すんません…」
怒られた……
結局、俺が闘技場に来たのはそれから一週間が経った頃だった。
ローブを被り、宵闇の中を移動する俺。付き添いのヴァンも同様だ。裏路地を通り、なるべく人と会わない様に闘技場へと向かう。
なんだかとっても悪い事をしている気分になる…
そうして辿り着いた建物は、巨大な円形をしており、中に入ればその殆どが観客席だと言う事が分かる。控え室や通路は観客席の下や地下にあり、建物自体に天井はない。
「ここが闘技場だ」
「完全にコロシアムだよね?」
「む?よく分からぬが、説明を続けるぞ。ここでのクライの相手は魔物だ、力量に合わせ、適切な魔物をお前とぶつける形となる」
「分かった」
「基本、不味い状況に至ったら助け舟を出す事になるが、クライの判断で中止を促しても構わん」
「おお!助かる」
「それと、この場にいる者達は皆我が信頼を置いておる部下だ、安心して励むがよい」
「オーケー!励むわ!」
「では、始めよう」
俺は観客席から中央広場へと降りると、何やら人がいる鉄格子の方へ向く。
その鉄格子の向こう側、何かが蠢いている。ソレが俺の相手なのだろう。未だ重さに慣れない刀の鞘を左手に持ち、習った事もない抜刀術の構えを取った。
それを見たヴァンが手を挙げ、作業員が何やら動きを見せる。
次の瞬間、ガゴォン!と音を立て、鉄格子が上がり始めた。さて、何が出るか?獣型の魔物だろうか?それともゴブリンか?月明かりで照明は十分。先ず見えたのは足。二足歩行か、ならゴブリーーデカくね?
いや、普通に俺の足の数倍は太さあるんだけど…
見えた胴体は肥満なのかでっぷりと太っており、その上に隙間だらけの鎧を装備している。手には戦斧。身長は180を超えているだろう、鉄格子が上がりきった今でも、洞窟状になっている通路の所為で丁度頭部が見えない。
「ちょっとヴァン君?アレ何?」
「見れば分かるだろう…」
ヴァンがそう言った瞬間、デカブツは動いた、踏み出したその足は短い、手も同様だ。そして、月明かりの下に晒したその素顔は--
「オークだ」
--豚だった。
ってオイィ⁉︎
馬鹿じゃねぇの⁉︎いきなりオークかよ!そこはゴブリンとかからじゃないのおぉ⁉︎
「いや!ちょ!ま!ダメだろアレは⁉︎下手したら死ぬよ俺⁉︎狼みたいのが出てくるんじゃないの⁉︎」
「ぬ?何を言っているのだクライ……弱い者イジメはダメだろう!」
んな所で良心ださんで良いわアホ‼︎コイツは俺を殺しに来てんのか⁉︎
「いやいやいや!無理だって!デケェし!鎧着てるし斧持ってるしデカイし‼︎一旦中止!マジで!」
「安心せい、最初に言ったであろう、お前にあった相手をぶつけると」
「因みにその俺にあった相手って判定してるのは誰なん?」
「無論我だ!」
あ、ダメだコイツ、後で殴ろう。
「兎も角、出来る所までやってみれば良かろう」
「ブルァアアア‼︎」
咆哮と共に豚が走り出す。
超怖い。
「クライ、コレはお前が望んだ事なのだぞ」
うわ、最悪だ。軽い気持ちで魔物との戦いなんて言うもんじゃなかった…
完全に自業自得、最初から勝てる相手と戦えるなんて甘ったれた事考えてたのが悪かったんだ。
考えを切換えろ!
そうだよ!実戦じゃ相手は選べない。ヴァンが選んでくれてるだけ俺は優遇されてるんだ!
しかもアイツだって暇じゃない筈なのに、わざわざ付き合ってくれてるんだ。無下には出来ないよな!
覚悟を決めるぞ‼︎
と言う洗脳‼︎
「うおぉぉぉお‼︎やってやらぁぁぁああ‼︎」
あああぁぁぁあああ‼︎超怖ぇぇぇえええ‼︎
こうして俺の修行は、次のステップへと進んだのだった。