第11話 武器
「フーッ‼︎」
肺の中の空気を吐き出し、肉を締める。踏み出すは左一歩、地面を抉りながらの踏み込みだ。そのまま右足を振り上げーー
「ォア‼︎」
ーー目の前の木へ向けて蹴りを放つ。
ズドン‼︎と言う重い音が鳴り響き、幹がギシギシと悲鳴を上げる。
だが、折れはしない、大きく揺れただけだ。
「ゼァッ‼︎」
続いて拳。左拳が木の幹に当たる瞬間握り込み、腕の筋肉を限界まで締める。
ドォン‼︎
同じ要領で右拳。
ズダン‼︎
そして最後とばかりに左の後ろ回し蹴りを放つ。
メギッ‼︎
決まった!どう考えても12歳の子供どころか人間の出せる力の域を大きく超えた一撃に、木がメキメキと音を立てながら倒れて……あ、コッチに倒れて来ますかそうですか。まぁ、方向的にそうなるよね〜。
「ぶっねえ‼︎」
咄嗟に飛び込み前転で回避。
木は大きな音を響かせその場に倒れた。
「ふぅ〜…いよいよ持って人間辞めて来たかな?」
一つ呟き、大の字になる。
俺の新しい誕生日から1ヶ月弱、色々と変わった事がある。
先ず、俺は魔力が扱えるようになった。
漫画みたいに瞑想とか座禅とか組んでやってればイケるかとは思ったが、マジで出来たんでビックリしたわ。
体の奥底にあるエネルギー、それが魔力だった。イメージ的には体の内側に木があるような感じだ。血管程細部までは届いていない、四肢を除いた体に宿る、枝の多い細木。一度それを認識してしまえば、引き出したり閉まったりする”魔力操作”ってのは大して難しくはなかった、強くイメージするだけで割りかし簡単に出来てしまう。
今さっきの人ならざる打撃力も魔力のお陰。コーティングする様に全身に魔力の薄い膜を纏い、締め、鎧とし、更に魔力を消費して攻撃力を上乗せする。
”肉体強化”ってヤツだ。
他にも魔力を使えば視力を上げたり、聴力を良くしたりなんかも出来る。それが身体能力強化だ。
全体的な底上げが肉体強化、部分的な上乗せが身体能力強化と言った感じなんだろう。
まぁ、そんなワケで俺は魔力が扱える様になった。
その為、修行項目が増えたが、今は置いておこう。
次に、ヴァンが真面目になった。
いや、元々真面目なワケではあるんだが、何せ俺と会うと完全に仲いいだけの友達だからなぁ、仕事の愚痴は言うし、やりたくないサボりたいなんてよく言ってて…アレ?元から真面目じゃなくね?
ま、まぁ、そんなヴァンが、最近随分と仕事熱心になっているんだ。多分戦争の事だな、色々偉い人と話し合ってるんだろう。あ、一番偉いのはヴァンか。
そんなこんなでヴァンと会う時間はかなり減ってしまった。
代わりにレインネルさんと良く会う様になって、魔力の使い方を教わる事が多くなった。無属性とは言え魔力、やっぱり応用の幅は広い。思ったより色々出来そうだと期待している。
そして最後にディアナちゃんなのだが、10歳になり、習い事が増えた。
「お・に・い・さ・まッ‼︎」
「ゴハッ⁉︎」
不意に高速タックルを喰らい、肺の空気が全部何処かへ飛んでいく。肉体強化をかけていなかったら気絶していただろう。
それをやった人物は--
「今日は何をしてましたの?」
「でぃ…ディアナちゃん……タックルはやめてって…言っとるやんけ…ぐふっ…」
「あら?お、お兄様?お兄様ー‼︎」
--ディアナちゃんである。
習い事が増えた反動か何か、やる事が大胆になったのは言うまでもない。まぁ、タダでさえ遊び相手も甘える相手も少ないのに、両親と会う機会すら減って、習い事ばっか増えたら、必然的に兄ポジションの俺にシワ寄せが来るか。
その俺は別段何をしている訳でもないしな、甘んじて受けよう。
にしても流石は魔王の娘、力が尋常じゃないな、素でコレとは末恐ろしい…さて、ディアナちゃんがアタフタしてるから気絶のフリはやめようか。
「まぁ、大丈夫なんだけどね」
「へ?も、もぅ!驚かせないで下さいまし!」
「悪い悪い。でも、コレ下手にやるなよ?大変な事になるぞ」
「お、お兄様くらいにしかやりませんわよ…」
ん?なんかモジモジしてるな、後から結構恥ずかしい事してたのに気付いた感じか?
「そ、それにしてもお兄様!少し汗臭いですわよ!」
「そりゃ朝から動いてりゃこうもなるっしょ。と言うか汗ついてない?」
「それは大丈夫ですが…毎日毎日よくもまぁ飽きません事」
「うん、目標も決まったからね、出来る限りの事はしないと。さっきのパンチも全然だなぁ〜空振りと当てるのじゃ全く違ぇや。もっとこう…足、腹、胸、背中、肩って段階的に一瞬で…はっ!ほっ!」
「あぁ、またお兄様の病気が始まりましたわ…コレは止めるまでやめませんわね……」
やっぱ”出来そう”じゃダメだ、”出来る”にしないとな。今さっきだって殴ったのは動かない木だ、コレが同じ様に肉体強化の掛けられる人間なら話は別だろう。筋肉量、受け方、流し方、体格、力の伝わり方は違う。
俺の体の使い方だってそう、肉ももっと締められると筈、拳の角度、重心のズレ、全身のブレ、課題は多いな。
「フッ!ッ‼︎」
「あ、そうでした。お兄様、お兄様!」
「え?何?」
夢中になって体を動かしていると、ディアナちゃんに呼ばれ振り返る。
「そう言えば、お父様が探してましたわよ?何か渡したい物があるとか」
「はい?なんじゃろ?あぁ、もしかして刀か?」
「カタナ?」
「俺の故郷(前世)の武器でな、その刀から放たれる”抜刀術”は凄いんだぜ!」
「そうなのですか?それは是非とも見てみたいですわ」
「あぁ、刀が出来上がったらその内見せるよ」
「出来たぞ?」
「うぉぉお⁉︎ビックリしたぁ!」
「あ、お父様」
突然ヴァンが肩越しにぬっと生えてきた。いつの間に近づいて来たんだコイツは。
後ろにはムルガさんもいる。
「其方の方は?」
「うむ、鍛冶師のムルガだ」
「お初にお目にかかりますディアナ姫。ムルガ・ガンドと申します。以後、お見知りおきを」
どうやらここは初対面だったらしい。
自己紹介を終えたムルガさんが、2人に一言入れてから俺の方に向き直る。
「ほぉれ!頼まれてた品だ!出来る限りの事はしたつもりだが、何分製造法が分からんからなぁ!それでも自信作だ!受け取れ!」
そう言ってムルガさんが差し出すのは正に刀だった。艶のある漆黒の鞘に、宵闇のような黒い鍔、吸い込まれる暗黒が如き柄巻き……黒過ぎね?そんな疑問が一瞬脳裏に浮かんだが、武器を持てると言う高揚感が勝り、はやる気持ちを抑えつつ、俺はムルガさんに俺をいい、刀を受け取…ズドン‼︎
「重っっっも⁉︎」
ムルガさんが手を離した瞬間、俺の腕にかかった負荷は想像を絶した。気を抜いていた腕が一瞬で伸ばされ、そのまま地面に激突。
オイなんだコレ⁉︎明らかにこの大きさの物の重さじゃねぇぞ⁉︎何キロあんだ⁉︎
「ちょ⁉︎何で出来てんですかコレ⁉︎」
「あ?あ〜先ずミスリルだろ?オリハルコンだろ?アダマンタイトだろ?あと世界樹と〜」
「ファンタジー金属のオンパレードかよ⁉︎つか世界樹って何⁉︎切ったの⁉︎」
「何を言っとるんだお前は…切るわけないだろうが、枝の一分だ」
なんつーチート武器を用意してくれたんだムルガさん…こんなの作れるのはマジで凄いと思うけど、申し訳ない事に重過ぎて振り回せない。
肉体強化使っても振り回される方になるだろう……どんなに強い武器でもレベル足りなくて装備出来なかったら意味がない、課題が増えたな。
「まぁそんな事より、そのカタナを抜いてみろ。自分で言うのもなんだが、スゲェぜ?」
「お、おう…」
スゴイって何がスゴイんだろうか?トンデモ金属使いまくってる時点で相当スゴイ代物だと思うんだが、鞘の中は一体どうなってんだ?
ゴクリ…と唾を飲み込み、右手を柄に掛ける。そのまま力を込めると、一瞬の抵抗の後、その刀身が姿を現した。
「こ、コレは‼︎」
俺は、余りの衝撃に目を見開いた。
日の下に顕現したその刃は、刃先から鎺に至るまで全てが黒一色。まるで常夜の全てをこの一振りに恐縮した様な刀だ。
なんてさっきから言葉を飾っているが、簡単に言おう。
カッコイイ。
否、格好良すぎるのだ。故に、
痛い。
コレはダメな奴だ、黒歴史からそのまんま取り出した様なヤツだ。今の俺にコレを装備するには幾ら何でも勇気が足りない、と言うかキャラに合ってないでしょ⁉︎なんでこんなもん渡したのさ⁉︎
「どうだ、良いだろう?その色彩は我が考案しのだ」
犯人お前かヴァン‼︎何が色彩だよ黒一色じゃねーか⁉︎オイコレどうすんだよ……え?俺が使う感じなの?こんなある意味呪われた武器使ってたら精神の方にダメージ蓄積されるんじゃないか?
ど、どうする俺!
「あのお父様?お兄様が困ってますけど…」
「いや、あの、うん。すごく言いづらいんだけど…俺には重過ぎる、色んな意味で…コレはない」
「な、何ッ⁉︎」
「ガッハッハッ!やはり坊主は好まんかったか‼︎そう言うと思ってたぞ!陛下、申し訳ないが本人がこう言う以上、無理に押し付ける事は出来ません。このカタナは陛下がお納め下さい。この者には、代わりに私が”念の為”打ったもう一振りを渡しましょう!」
「むぅ…仕方あるまい」
そう言ってムルガさんがどこかから刀を取り出した。
念の為って強調したけど、絶対ムルガさん的にもないと思ってたよねコレ。
改めて渡された物は、さっきの極黒刀と大体同じ大きさだ。重さはさほど変わらないが、こちらの方が幾らか軽いだろう。刃渡は70センチ程だろう。
鞘は目立ちすぎない程度の黒で塗装されており、ザラザラとした表面だが余計な模様は入っていない。鍔は金色で円形、そこには龍ならず竜が飾られていおり、柄は鞘に合わせたのか黒だが、柄巻きの向こう側は白い。
「ありがとうございます、抜いてみても?」
「勿論だ」
「じゃぁ遠慮なく…」
先程と同じ様に、柄に手を掛け、鞘から刀身を引き抜く。
「おぉ…」
思わず声が漏れた。その刀身は普通の刀よりも僅かに濃く、灰色に近い。だが、鏡の様でありながらも曇った刃の光沢がそれを感じさせない。とても美しい刀だった。
「綺麗ですわね…」
「コレが俺の、刀……」
「そうだ、それがお前の武器だ!そのカタナからは中々に学べる事が多かったぜ!お陰でまた一歩前進した気がする!何かあったらいつでも言ってくれや!」
「俺も目標に向けて本格的にのめり込めそうです、本当にありがとうございました」
「なぁにいいって事よ!飾りの武器なんざ作るより、使って貰った方が武器も喜ぶだろうしな!では陛下、私はこれで」
ムルガさんはヴァンに頭を下げると、騎士に送られて帰って行った。
俺も早速刀を手に、素振りを始め、ディアナちゃんがそれを眺めると言う日常の風景が広がった。
「黒い方が良いと思うのだがなぁ…」
そんな中、納得いかない様なヴァンが呟き、俺は聞こえなかった事にした。