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第7話 蘇る記憶

吹き抜けの天井は、どこまでも続いている。

天窓から差し込む日の光が、フロア全体を明るく照らしている。

ロビーの真上には、巨大なシャンデリアが吊るされている。





生まれてこのかた目にした事のない景色に、オヨコは思わず瞳を震わせた。




ーー何て素敵な建物。




ーーそして華やかな空間 。




オヨコはロビーの真ん中に立っていた。

そして天井を見上げている。






まるで時間空間を止め、華やかな舞台の上でスポットを浴びる主役のように、両手を大きく広げ天窓からの光を独り占めしていた。





誰もがオヨコを見ていた。




それは空から不意に降りてきた天使を見つけては、驚いたような眼差しである。




まるでオヨコに魔法でもかけられたように……





オヨコのブロンドの長い髪が揺れると同時に、グリーンのラメ色のドレスも宙を舞った。




ゴールドのハイヒールが床に着くと、七色の光の粒が水しぶきのように跳ね上がる。




人々の視線は舞台の上の主役に釘付けだ。









「おいっ、そこのブタ‼︎」




突然一人の男が叫んだ。




オヨコは我に返った。




辺りが一瞬ざわついた。







「ブタ…⁈」








オヨコの脳裏に自分の姿が浮かび上がった。





ブロンドの長い髪とグリーンのラメ色のドレスを着た女性が、見るみるとオヨコの脳裏から薄れて行く。





そして消えた場所から巻き戻すように、元の三段腹で醜く太った自分の姿が映し出されたのだ。





それは正しく元のオヨコの姿であった。





あれは枯れ果てた地のように、色を無くした街並み。





小さな部落の町でひっそりと暮らしていた自分が蘇る。




オヨコの住む町は辺り一面が、取り残された島のように人々から孤立していた。




トタン屋根の掘っ立て小屋に、家族七人で暮らしていた。




父は寝たきり、母の収入ではとてもじゃなく家族七人の生活を賄うのは厳しすぎた。




家族みんなが痩せ細る中、オヨコだけは太り続けた。






食べる物などない筈が太り続けるため、周りの者からはやっかみを言われ家族からも疎外された。




ストレスを感じる度に、風船のように膨れ上がる身体。




身体の境い目が無くなり、容姿は醜くくなるばかりのオヨコを見て周りは、《呪われた子ども》と呼んだ。






石や泥玉を投げつけられ路地裏に逃げ込んで泣いた。




野良猫が雑誌の上で、何処からか拾ってきた残飯を食い散らかしては立ち去って行く。



あまりの空腹にオヨコは、その上に散らばった残飯のクズを、拾い集めては口に放り入れた。




後には残飯の汁で汚れた雑誌が、虚しく残されていた。



オヨコはそこから浮かび上がる、雑誌の表紙を見た。






オヨコと同じ年頃の少女が、フリルの沢山ついた泡色のワンピースに、花柄の真っ白いブーツを履いていた。






髪は緩やかなウェーブで腰までと長く、やはりふわふわとした花が沢山ついたカチューシャをしていた。





まるで童話の世界から飛び出したお姫さまのようである。








少女の名は《ルル》。







とても愛くるしいルックスだ。






オヨコは一瞬にして彼女の虜になった。






そしてオヨコはルルになりたいと思った。









オヨコは、ルルになるために町を出た。






何故なら、






「ダイアモンド・ムーンに照らされたなら、どんな願いごとも叶うもの」






オヨコの手に取った、残飯の汁の染み込んだ《ライムベリー増刊号701号》の雑誌の中でルルと言う少女はそう答えていたからだ。







「その月は何処にあるの?」







モジャモジャと頭の天辺に紫に染めた髪を寄せ、手には羽ペンを握りしめた記者らしき男は、そう質問した。






「遥か彼方……かな?」







ルルは言った。







「遥か彼方かぁ……どれくらいの距離なんだろね……?」





記者らしき男の質問が続いた。




「フフ……そうね。




きっと……









七億丁目くらい先かな?」







そう言ってルルは笑った。











「ひぃっ……」



オヨコは思わず声が出た。




そして身体中が震え出した。






「おいっ、そこのブタ‼︎お前だ、こっちへ来い!」




また背後から男の声が響いた。




自分のことに違いない。



オヨコは振り返ることが出来ずにいた。





「おい!聞こえないのか?そこのチビ‼︎」





男はさらに声を荒げた。




「チビ⁇」



オヨコは恐るおそる振り向いた。




そこには小さな少年が、丸く大きな棒付きキャンデーを舐めている。



少年は年で言うと五、六才であろう。

だがかなり太っている。

言わば肥満児だ。





「おい、そこのチビ‼︎」





叫んでいるのは、青い制服を着たガードマンのようだ。

眉毛は太く吊りあがり、少しばかりの口ひげを生やしている強面の男である。





少年はガードマンに気づくと、持っていた棒付きキャンデーを素早く後ろに隠した。





「おい!聞こえねかったか、このクソガキ‼︎お前どこから入りやがった?そのキャンデーはどこで盗んだんだ?」





男は勢いよく少年の前に歩み寄った。





「ぼ、ぼく……盗んでなんていない……」





少年の口の回りは真っ赤である。




キャンデーの色が鼻の頭や口回りにべっとりと付いたのだ。




「盗んでないだと?この野郎!」






男は少年の腕を掴んだ。





「いやぁ!やめてーー」





少年は地団駄を踏んだ。





「嘘を言え!おめぇーみてーな汚ねーガキがこんなとこ入れる訳ねーだろが!」





男はそう言いながら、少年を引きづると正面入り口の方へと進んで行く。




「本当だよーー父ちゃんにこずかい貰ったんだーー

本当なんだー盗んでなんかいないよーー」





少年は泣きながら、男に引きづられて行く。





「ちっ!このクソガキ、重てーのなんのって、このチビブタ野郎がっ!」




幼いながらも、まん丸と肥えた少年を男は汗だくで引きづっていた。





「連れてかないでよ、本当だよーーぼく盗ってなんていないよーー」




「うるせーー」





オヨコはまるで自分のことを言われていると勘違いしたが、男はオヨコではなく幼い少年に向かい叫んでいたのだ。






安心したのも束の間、オヨコは気づくと男の前に立ち塞がっていた。








「お…お…お?」





男はオヨコを見た。すると吊りあがった眉は一瞬にして垂れ下がった。




男の視線がオヨコの全身の下から上へと、移り変わる。

そしてもう一度オヨコの顔を見ると、一瞬顔が赤らいだ。






「あの…この子盗んでないって…」






オヨコは男へ呟いた。






「あ…え?な…?」





明らかに男は動揺していた。






美女に変身したオヨコを前にして、男の目は確かに泳いでいる。




「あの…この子どこへ連れて行くのですか?」





オヨコは男を睨みつけた。





そんなオヨコの怒った眼差しに、男の表情は変わると思いきや、男はデレっと鼻の下を伸ばし、いやらしく微笑んだ。





「え、え?あの…お嬢さんはこの子と知り合いで…?」





男はそう言い、鼻の頭を二度かいた。




「い、いえ。知り合いでは……」





「そうだろな、お嬢さんみてぇーな綺麗な方にこんな薄汚ねーガキなんぞ知り合いのはずがねーですよ」






「そ、そんな……あ、あの、この子さっきから盗みなんてしてないって」




オヨコは小さな少年を見た。







その時だ‼︎


少年は男の手を嚙りついた。







「痛っーー‼︎」




そして少年は逃げ出した。





「こっ、このガキっーー‼︎」






男は少年を追いかけた。






オヨコも男の後を追って走り出した。






少年はまん丸と肥えているにも関わらず、逃げ足だけは速いようだ。




ガードマンの男とは、かなりの距離が開いている。





その後ろを追うオヨコはと言えば、元々太っていた事もあり運動神経はゼロに等しく、少年も男にもあれよあれよと引き裂かれて行った。





「待って……あぁ」




息が切れて声も出ない。





「私どうして走ってるんだろ……」





そんな事を考えた時である。




オヨコの目の前に、細長い脇道が見えた。




オヨコはどうせこのまま後を追っても無駄だと思い、駄目もと覚悟で脇道へと入って行った。





脇道と言えど、船と海をつなぐ橋である。

今まで走って来た道のように、きちんと舗装もされていなければ広さも無い。




横幅二十センチあるかないかの橋である。




しかも重心も無いのか、スリムな身体になったオヨコでさえ、足元がガタつき横に縦にと揺れ動く。






「きゃっ‼︎」






オヨコは一瞬横へと大きく傾いた。




下を覗くとスカイブルーの海が見えた。




オヨコはめまいに襲われた。




実はオヨコは高所恐怖症であった。




高い場所へ上ると恐怖の余り、めまいに襲われるのだ。







「ひゃぁーー‼︎」





オヨコは一度立ち止まり、息を整えるとゆっくりと落ち着きながら前へと進んで行った。





脇道の間には、大きく豪華でしかも高層な船を前にして気づかなかったが、何隻もの小さな船が沢山並んでいる。




みなトマが乗ってるような小さく古びた船ばかりだ。




しかも乗ってる人物と言えば、冗談にも皆気品があるとは言えない人相や容姿の者ばかりだ。




トマの言っていた通りである。




小さな船に乗ってる人物は皆、決して裕福な感じには見えなかったからだ。








「あっ、あの子‼︎」




オヨコは少し先の船の上で、先ほどの太った少年を見つけた。






「ちょっとーー‼︎」





そう言いかけた時だ。




少年は自分の前に停泊していた、黒っぽい船に乗り込んだ





「あぁー待ってー‼︎」






オヨコは叫びながら、少年の方へと駆け寄って行った。





少年が黒っぽい船に乗り込んだ時である。



黄色いバンダナを巻いたイカツイ男が、突然少年を羽交い締めにした。






「わぁっー‼︎」






少年の悲鳴が聞こえたと同時、少年の口を塞いでいる。





「え?」



オヨコは船へと駆け寄った。







「な、何してんのーー‼︎」





オヨコも船へと飛び乗った。





同時に船は大きな汽笛を鳴らした。




オヨコは船の中に置いてある、木箱の後ろに潜り込んだ。そして男たちに見つからないように小さく身を隠した。





デッキの中心辺りで少年の口もとを押さえている男が隣にいる男に話しかけた。






「こいつは使えそうだぜ!」





男はそう言い隣に居る男の吸っている巻きタバコを取り上げると、美味そうに吸い込んだ。




鋭い金切音と耳をつんざくような、汽笛が鳴り響いた。






大砲を打ち上げるような音がして、船に大きな振動が走った。








そして船が音を立て揺れ動き始めた。





すると船の下から、金属の音とともに何かが上がってくる。





かなり大きな物である。金属の音と振動は益々激しい音となり、辺り全体に響き渡った。






オヨコは耳を塞いだ。







オヨコはそっと身を隠し、その光景をじっと眺めていた。






「帆?」




オヨコは目を見開いた。






それは小さな船全体を覆い隠せる程の大きな旗のようである。






ゆっくり音を立てながら、上へと登ってゆく。




旗が頂上へと登りついたと同時に、またもや大きな汽笛が鳴り響いた。





そして横風を煽りながら、旗は一瞬ザッーー!と音を立てて大きく開いた。






強烈な突風がオヨコを襲った。








「きゃっーーー‼︎」





オヨコはとっさに、口元を押さえた。












オヨコの目の前に、巨大な帆が現れた。





《ゴオッーーーーーー‼︎》



さらなる突風が、追い打ちをかける。







オヨコは帆を見て絶句した‼︎







ーーーー「あっっ‼︎」ーーーー

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