第6話 オーシャン・ルーの街並み
オヨコの目は泳いでいた。
それもそのはず広大な地平線をバックに、様々な装飾を施した外壁をもつ高層船が、円形を描くように建ち並んでいた。
どれも都会に聳え立つ高層マンションのように、皆20階はざらに越えた船ばかりだ。
しかもその船は7隻も並んでおり、下の階にはショッピングモールや、洒落た飲食店で賑わいを見せている。
訪れている人々もどこか皆気品が満ちており、富裕層ばかりだから不思議である。
船と船をつなぐ橋はどこも綺麗に舗装されてあり、両端には深い緑色をした木々が植えられてある。まるでどこかの街路樹を歩いているようだ。
そのあいだ間にも、オープンニングカフェがいくつもあり、皆ひと時の空間を楽しんでいるようだ。
オヨコは無言で、その街の風景を見ていた。
そしてその瞳は、ギラギラと輝いている。
「どうだい?すごいだろ?」
トマは持っているタバコを美味そうに吸った。
「凄いってもんじゃ…」
オヨコは曇った窓ガラスを、両手を広げ手で拭いた。
「あの建物は右端から、オーシャン・ルー2から7までの高層船になってんだ」
「オーシャン・ルー?」
「ああ。それは建物の名前だ。
ここはサムア・ガンと言う街で港街なんだ。
港の入り口には、港のシンボルとしてオーシャン・ルーヴィトーと言う高層船があるんだ。
まっ、要するにオーシャン・ルー高層船一号ってなもんだな?
そのヴィトーを抜け少し西へ向かった場所にこのオーシャン・ルー2から7までの高層船が円形を描くように建っている。
ここが街の一番の繁華街で、ここにくればなんでも揃うのさ。
まっ、あたいらには手の届かねー高価なもんばかりだけどな!」
オヨコの瞳は、さらに輝きを増した。
「このオーシャン・ルーの高層船の上階では金持ちばかりが暮らしているのさ。それはすっげーマンションばかりだぜ?
ほんと! 羨ましいばかりだよ?」
トマはタバコの煙を、思い切りふかした。
「へぇ…本当に素敵な船ばかり。
オーシャン・ルーは7まであるのね?」
オヨコの目は高層船のカラフルな装飾を映しだしてか、キラキラと輝いている。
「いや、先に行くとオーシャン・ルー8があるんだ。
しかしそこには一般市民はもちろん、あたいらなんかは立ち寄れない場所さ。
まっお偉いさんのいる、仕事場らしいがね。
管理棟とも言われて、不審船や怪しい空からの便などを監視してるんだ。
国で言う官公庁や、庁舎的なもんだな」
「へぇ…一つの街と言うより、孤立した都市って感じね」
「ああ、そうだな。
でも唯一、えっへんっ!」
そう言いトマは、わざとらしく咳払いをしてみせた。
そして鼻の頭を掻いた。
「ん?」
オヨコはトマを見た。
「まぁ、それでだ、唯一そのオーシャン・ルー8に入れるのは、こ、このあたいだけどね?」
オヨコをみてニヤリと笑った。
オヨコはそんなトマを、不思議そうに見つめた。
「嫌、実際あたいじゃなく、このラルラル号だけどな?」
「ラルラル号⁈」
オヨコの目は大きく見開いた。
「ああ、この船さ」
「こ、この船ラルラル号って言うの?」
オヨコは思わず吹き出した。
トマが一瞬オヨコをにらみつけた。
「あ、ご、ごめん!」
「べ、別にいいけどな。こんなオンボロ船には似合わねぇー名前ってことだろ?」
「い、嫌本当そんなこと、ごめんなさい…」
オヨコは余計なことを口走ったと反省したのだ。
「で、でもどうして、トマさんだけオーシャン・ルー8ってとこに入れるの?」
トマの顔つきが和らいだ。
「ああ、あたいの仕事は監視船だからな。この船もそのための船だ。毎日このサムア・ガンの港をくまなく巡回するのが、あたいの仕事だからな」
「へぇートマさんの仕事ってそうだったんだ。だからこの船の最上階にはあんな大きな出窓が付いてたんだ」
「ああ、そうだ。それにあの窓のおかげで、この船ん中からこのサムア・ガンの街にしか出ないダイアモンド.ムーンが見えるんだからな」
「本当ね!素晴らしいわ」
トマは少し気分が良くなったのか、腰のベルトの皮に忍ばせていたウイスキーの小瓶を取り出すと一気に飲み干した。
そしてほんのりピンク色に染まった顔でオヨコを見てにやりと笑った。
「だけどな、あたいらはあのオーシャン・ルー8の中にある管理会社に雇われてるただの雇われ人だからな、実際のとこじゃ、一度だってあの高層船に入ったことなんてないのさ。
まっ、要するにビンボー人は敷居はまたぐなって話さ」
トマはまたまたタバコに火をつけた。そしてタバコの煙を思い切り吸い込んだ。
「皆この街には憧れてやって来る。
そしてこの街に住んでる者はみな金持ちだと思ってやがる。
けど現状はあたいらみてぇーな、何年たってもビンボー人の奴らもまだまだいるって話しだ。
だいたい動く船に乗ってる奴らに、金持ちはいねぇーよ。
皆あたいらと同じ、下働きばかりの食いっぱくれどもさ!」
トマはグチャグチャと頭を掻きあげた。
そして窓辺に映るオーシャン・ルーの灯を遠い眼差しで眺めた。
「いいじゃない、船乗りで。下働きで何が悪いの?
素晴らしい仕事だわ。トマさん達の働きがあればこそ、あのオーシャン・ルーの人々も安心して暮らせてる。
みんな口には出さないだけで、きっと感謝してるに違いないわ」
オヨコは両手を広げ優しく微笑んだ。
そんなオヨコを見て、トマは一瞬眉を潜め目を閉じたが、大きく顔を上げると、
「お前さんは、幸せもんだ。何でもそう、ポデティブに考える。とっても素晴らしいことだな!」
そう言い笑った。
「うん!」
オヨコも笑った。
そんなオヨコを見てトマは、微笑みながら、そっと振り返ると厳しい眼差しで拳を握りしめた。
「お前さん、行ってみるかい?」
トマはふと振り返るとそう言った。
「え、何処へ?」
「何処ってそこに決まってんだろ」
トマは目の前の高層船を指差した。
そこには華やかににライトアップされた、オーシャン・ルーが建っていた。
「えっ、い、いいの?」
「ははー。お前さんなら、誰も疑わずに入れてくれるさ。
とっても素晴らしいドレスだ!」
トマはオヨコの着ているグリーンのラメ入りのドレスを、下から上へと眺めて言った。
「そ、そうかしら!」
オヨコの顔は赤く火照った。
「行ってきな!あたいはここで待ってるからさ。
しかし、あんまり長居はしないでおくれよ。あたいにもまだ仕事は残ってんだ。
こんなとこでサボッてんの見つかったらクビになっちまうからな」
「え?本当に行ってもいいの!で、でもそれならトマさんも…?」
「ばっか!あたいのこの格好じゃ、門前払いくらっちまうよ!ここは本当に富裕層しか入れないんだ。へたに騒がれちまったら、あたいの職も失いかねないからな」
そう言い、トマは自分の姿を指差した。
トマの言う通り、トマの格好はお世辞にも綺麗だとは言えなかった。
ヨレたTシャツもさることながら、Gパンには無数の穴やシミが見えている。
痩せこけた顔には、化粧化もなければ目の下には真っ黒なクマがあり顔色は悪い。しかも無造作に結んだ髪の毛からは、飛び出した後れ毛が散らばっている。
オヨコは納得せざるを得なかった。
目の前にあるオーシャン・ルーの周りを歩く人々と、トマの姿を何度も見比べてはみたが、やはりトマのような格好をした者は誰一人として歩いては居なかった。
いったいどんな街なのだろう。
オヨコは期待と不安を抱えたまま、ラルラル号からオーシャン・ルーへの連絡橋へと飛び移った。




