第4話 路地裏の彷徨い猫
「あなたもお願いしたら良いのに……」
オヨコは地図を広げながら、考え込んでいる女に向かいそう問いかけた。
「あん?それはあたいの顔に、ケチつけてんのかい?」
女は咥えタバコのまま、モゴモゴと喋っている。
「そ、そんな意味じゃなくて……」
オヨコは慌てて、自分の口を押さえた。
「ハッハー!いいんだよ。本当のことだからな?
あたいがあの月に、願いごとをしたかって?見てのとおりさ?」
女は両手を広げ笑っている。
「……?」
「これ見てみな?充分に良くできたもんさ」
オヨコは女の顔を、まじまじと見つめた。
「お、おい!そんなに真剣に見つめんなよ?
女のあたいだって、あんたに見つめられちゃーまじで照れちまうよ」
オヨコはふと我に返った。そして再び顔を赤らめた。
今一度だって、自分に見つめられて良く言う者など居たためしはなかったのだ。
改めて自分の姿が変わったことに、驚いていた。
「あたいはこれで充分満足さ。
こんな立派な姿にして貰ったんだ、贅沢はいっちゃらんねーよ。それに美味い飯だって、食えるしな」
オヨコは改めて、女の姿形を見つめた。
失礼だが、何がどう変わったのか、さっぱり検討がつかなかった。
もしかすると、今以上に見栄えが悪かったのかも知れないと、あえて詮索するのは失礼だとも思った。
「あたいは今にも背中の皮と、腹の皮がくっつきそうな、みずぼらしい野良猫だったんだ」
女の顔から笑顔が消えた。
オヨコの大きく綺麗な瞳と、長く整ったまつ毛が、何度も忙しく動いた。
「そ、それじゃあなたも……?」
すると女は突然、振り返った。
「汚っねー猫でな?そりゃぁーみずぼらしいったらありゃしねー」
女は言いながら、片手で猫を真似た。
「だから人間も、仲間の猫からも嫌われてたさ。厄介もんさ。
人間には毎日のように、踏んだり蹴ったりの扱いさ。
仲間には罵られ、除けもん扱い。さらに近所の人間のガキからは、シッポをちょん切られちまったよ。とんでもねー奴らばっかりた!
街から逃げだすように、飛び出たのさ。ひたすら歩いて彷徨い続けた。
一丁目二丁目すぎ三丁目を過ぎた時点で、縄張りから外れたよ。
一瞬安心したのも束の間、また別の縄張りの中に入り込み、コテンパンにやられる始末……
生きるってことに、ホトホト疲れ果てていたんだ。
ずっと歩きながら、考えてた。
何処まで行けば、幸せに会えるのかってな……
何の希望も無くなりかけてたあたいを月だけは見てた。
優しく、ずっと……
ちょうど六億丁目付近から、月に出会えなくなっちまったんだ。
次の街では会える。そう思いながら、それからも途方もない距離を歩き続けた。
月の出ない街は、異様だった。
そしてあたいの身体も、限界に達していた。
背中の皮と腹の皮が、つかめちまった時あたいは死を思った。
そして今度再び月に出会えたなら、必ず願いごとをすると……
そしてあたいは死んだ。
「ああ……次生まれてくるならば、人間に生まれたい……そして美味しい飯を食って、長生きしたい……
消えゆく意識の中で、月を見た。
そして消えゆく意識の中で、願いを称えた」
「…………」
オヨコの瞳には、涙が浮かんでいる。
そして七色に輝くと、するりと頬へ伝った。
「ハハーなってたよ、人間に?」
女はしわしわの顔で、ウインクした。




