第十八話 (大人)泣かしました
先に浮遊図書館の応接室の一つに通したというレキの後をわたしはどんよりとした感じでついて行く。
貴族とか、関わり合いになりたくない人種ナンバーワンだよ。
「どんよりしても仕方ないでしょう。ご主人」
わたしの後ろを少し離れて歩くアトラの言葉に眉を顰めた。まあ、そうなんだけど貴族が嫌いなんだよね。
でもねぇ、
「めんどくさいじゃないか」
「思っても言わないでください。それにこの城にいる間はご主人が話の主導権を握れると思いますよ」
「唯一のメリットだからね」
カラカラと笑いながらわたしは歩く。
一つの部屋の前でレキは歩みをとめこちらを振り返る。
「こちらの部屋の中にお待ちしていただいます」
「よし、じゃ行こっか」
そういうとわたしはレキとアトラを従え扉のを開けた。
部屋の扉を開け、中に入るとソファーに一人、そして後ろに黒い鎧を着込んだのが二人。
さすがに一人では来ずに護衛をつけてきたようだね。
「お待たせいたしました。この城、そして我が主です」
レキに紹介され礼儀作法など知らないわたしはスタスタと歩き、空いてる席(偶然にも上座)座る。わたしの後ろにレキとアトラが控えるように立つ。
貴族の頭に青筋が浮かんだように見える。
「貴公がこの城の主か?」
「一応は主ということになってますね」
貴族とわたしは対面し顔を顰めた。
人を値踏みするような目線で見る。貴族特有の嫌な目だ。マナーとかないみたいだね。
まあ、こちらも礼儀とか守る気なんてさらさらないんだけどね。
「それでそちらさんはどなたなんでしょうか?」
「子爵であるわたしを知らないだと?」
あ、なんかイラついたのがわかった。
「何分、無知で若輩者なのでね」
「ふん、バァース・ド・ジルベーレだ」
聞いたことない名前だけど有名人なんだろうか?
「貴族三十二門の一つですね」
後ろのアトラが教えてくれる。うちの執事は有能だな。知らなかったよ。
「それで貴族のバァース子爵がこちらに何の御用でしょうか?」
あの悪事を書きまくった書類を返せと言うなら普通に返してあげるけどね。いらないからね。うちの子たちにも悪い影響を与えかねないからね。
「こちらからの要望は一つ、降伏し、直ちに全てを差し出せ」
「全て、ですか?」
「そうだ。先日奪い取った本の数々、新しい魔法を作り記した魔法書、そしてこの城、全てだ」
ふっかけてくるだろうと思ったけどここまでとは。
なかなかに面白いことを言ってくるな。
わたしはニヤリと笑う。
「なにがおかしい?」
「失礼。あまりにもばからし…いや、ふっかけてきたのでつい」
「なんだと!」
顔を真っ赤にしながら子爵どのは音を立てながら立ち上がる。
「あなたに渡す物はほとんどないということです。理由で言うと一つ、新しい魔法は別に公表する義務はない。二つこの城はわたしが手に入れた古代魔導具であり 、古代魔導具は見つけた者の物となると冒険者ギルドの項目にも書いてあったと思いますが?」
後ろに控えるレキとアトラがうんうんと頷く。
子爵は口をパクパクとさせて怒り心頭といった感じだ。
本については明らかに略奪品だから言葉にしなかったけどね。
この子爵様は決まってることを無視して事を進めようとしている。
そこが腑に落ちない。
「ならば戦争になるということになりますが、いいんだな?」
「短絡的思考すぎる気がしますけど?」
断られたらすぐ戦争という思考でよくこの国もってきたなぁ。自分の生まれた国ながら少し呆れちゃうよ。
「あ、悪事を書き出してる書類なら返しますよ?」
「全てを差し出せといってるだろうが!」
怒鳴りつけると腰に吊るしたやたらと装飾華美な剣を抜き
上段に構える。
レキとアトラが後ろで構えをとるのと魔力が高まっているのを感じる。
やば、ばかにしたつもりはなかったけど怒らしちゃったかな?
「主が何を言ってるのかわかりませんが」
後ろで控えていたレキが怒気を込めた底冷えするような声をだす
「我が主の本棚に入った時点でその本は我が主の物です。それを返せ? 盗人猛々しいとはまさにこのことですね」
え、いや、そんなことはないんじゃないかな?
元々奪ったのはわたしの方なんだし、返せと言われれば返すけど。書物だけならね。
「貴様! 言わせておけば!」
子爵は構えていた剣をレキに向かい横薙ぎに振るう、がレキは少し動くだけで剣を完全に躱す。
「くそ!」
子爵は幾度となく剣を振るうがキラキラ装飾の輝きが走るだけでレキには全く当たる気配はなく、最小限の動きだけで交わし続ける。わたしの頭の上でそんな狂気を振り回すのやめていただけませんかね。
「ふん」
軽く鼻を鳴らすと子爵が剣を振り下ろしたタイミングでまたも最小限の動きで躱す。そして一瞬で子爵の男体に密着。素早くかつ最小限の動きで右足に蹴りを叩き込んだ。
ゴキィィィィ!
鈍く耳障りな音が響き子爵は悲鳴を上げながら倒れた。
足はあり得ない方向に曲がってるし。
うちのレキは容赦しないなー。というかさっきの振り下ろしは危なかった。あのまま降り下ろされてたら死ぬとこだった。
そんな考えが表情に浮かばないようににやりと笑う。
「ご主人、悪い笑顔が浮かんでますよ」
笑顔はいいね。恐怖とか隠せるから。
あと、アトラはもうちょっとご主人を労わろうよ。
「街に戻り伝えなさい。取り返したいなら奪いにこいと」
ゲシゲシと恐らく折れているだろう足を蹴るレキ。容赦ないな。
「うがぁうう!」
レキさん、それ、悪役のセリフです。子爵さん、涙流してますよ。同情しそうだし。
子爵は従者に肩を貸してもらい立ち上がり、血走った目をわたしに向ける。え、睨む人間違ってない?
「きさまら、絶対に許さん!必ず皆殺しにしてやるからな!」
騎士の一人が剣を構え、主を護るべくこちらを警戒している。その間に子爵ともう一人の騎士が扉から出て行った。
「そんな警戒しなくてもこちらからはもうなにもしないよ?」
そう声を掛けるが警戒を解く気はないらしい。こちらを見ながらジリジリと扉のほうに移動し、姿が消える。
「これで戦争ですかね」
「レキ様、国盗り開始ですね!」
アトラの冷静な声とレキの楽しそうな声を聞いてわたしは胃が痛くなるのを感じ、ため息をついた。