不穏な空気です!
平成31年3月10日(日) 改編完了。
平成31年3月14日(日) 読みやすいように多めに行間を開けました。
アリシア大陸。愛と豊穣の女神『アリシア』様の恩恵を受けるためと名付けられたこの土地は世界神様が作り上げた四つの角のうちの一つだ。なぜ四角状に形成されているかは多くの学者が調べても未だに解明されていない謎の一つだそうだ。
だが私はそのようなことどうでもいい。この生まれ育った国で国王となった瞬間、国のために尽くすと決めて何度も政策を思考した。反対する貴族もいたが、それでもこの国のために、国民のためにと日々頭を動かしてきた。
しかしまだ我が国に愚か者がいようとは思わなかった。
側近として我が身を支えてくれているガンドルの報告に耳を傾け、私は椅子から立ち上がり、もう一度問いただすが、彼の口から同じ内容が飛び出した。
「陛下、ご報告の通りです。ヴィルス公爵当主・ヒョーキー伯爵当主・ホゼル子爵当主の三名が勇者召喚を行いました。幸い召喚陣に不備が当たったため、不発に終わりましたが、いつ世界に影響が出るか分かりません」
「そうか……それでその三名は今どうなっておる」
「牢獄で拘留中です。三大陸の盟約により、死刑もありえるかと」
「――っあの馬鹿共が!」
ダンッと机に拳を叩きつけても腹から煮えかえるような怒りが込み上げてくる。
我が国『フィリオ』はアリシア大陸の最大と名高いその訳は異世界より勇者召喚を行い、魔王を倒すことの出来る勇者の恩恵を得ていたからだ。しかしそれも昔の話。
敵対していた魔族や魔物の大陸『シオルツェリ』で、魔王がフェンリル様に代替わりして以降、その必要もなくなり、勇者も英雄の象徴として残された。
そうしてエルフと妖精の大陸『イリアナ』のエルフ王・『シオルツェリ』の魔王・アリシア大陸から私の曾祖父が代表して盟約を交わした。お互いの利益と協力と勝手な侵害をしないために。
だがこうして我が国でそれが破られる形となってしまう。このままでは我が国が裏切り者として扱われ、多くの国民が路頭に迷うだろう。
それにもっとも危険なのは勇者召喚を使用すると、魔素が急激に変化して発生地の周辺に影響する。私は見聞しただけだが、地殻変動や魔物侵攻という被害もある。中には魔族と人間の一部が獣人と呼ばれる新たな種族に変化したのもこの勇者召喚が原因だと伝えられている。それほどに勇者召喚は危険なのだ。
あの三名がなぜそれをやろうとしたのかは報告を受けていないが、もともと権力に固執しいた者たちだ。容易に想像がつく。
「今すぐエルフ王と魔王に文を届けてくれ。だが各国にはこのことを内密に」
「はっ」
用件を思い出し、ガンドルが頭を下げて私室から出ようとするのを制止させる。
「一つ言い忘れていたが……」
「ヨークの国王陛下にはお伝えするのですね。分かっております」
「ああ、助かる」
側近を見送り、一人っきりになった部屋でようやくふぅっと息を吐いた。国で優秀な職人達がしつらえてくれた家具たちを、胸のうちで悶々と煙のように燻る焦燥感からつい乱暴に扱ってしまう。
すると閉じられていた窓をぶわあっと押しのけて風が割って入ってきた。鳥の形となったその風が私の元へ降り立つ。声を高く鳴きあげ、風の鳥が羽根を大きく広げて、青々と穏やかな海を見せつけた。暗んだ空を映してなお、魅力を損ねぬ神秘的な光景を阻害するように一人の男が躍り出た。
「やっほほほー。久しぶりー、これから嵐になるから波に乗るんだ。楽しいぞ」
「久しぶりに顔を見せたと思ったら録なことをやるのだな。貴殿は相変わらずのようで私は嬉しい」
「あはははー。キミのツンケンとした態度が見れて満足した。あ、そだ。キミのところでずいぶんと無謀なことをした輩が四人もいるみたいだぞ、セリオス殿」
こちらを見据える青い目に、体に力を込めて胸を張る。予知をしたのだろうか。だとしたら恐ろしい方だ。同盟国であることがこんなにも安心感を覚えるとは思わなかった。
私が対峙する方は港を管理しているヨーク王国の国王、ヘンリール・ヨーク殿。少々愉快な方だが、ヘンリール殿が持つ予知能力は国益にも等しい存在価値がある。それを理解する抜け目のなく、こうして情報を提供してくれることも。
「四人……こちらで捕まえたのは三名なのだ」
「ん? んーあーセリオス殿の探し人は俺も分からんぞ。覆面で顔を隠してたし。ただ分かるのは他の輩に『サンデル様』と呼ばれたことだぞ」
「サンデル……神聖アリシア国の司祭長か?」
「さあてね、俺は知らないぞ。――そだそだ、嵐が去ったらシーザーが大量に上がるからセリオス殿に分けてあげるぞ」
「シーザー……あの目玉の大きい魚か。私はあの見目を少々苦手としておる」
「知ってるー」
ヘンリール殿は日に焼けた顔を楽しそうに歪ませると、もう1つ爆発を起こしてきた。
「あーそれと、魔王とフェニックスの長がそちらに向かってるぞ」
「はっ……待て! それはいつなのだ」
「秘密。簡単にバラしたら面白くないんだぞ。じゃな」
「ヘンリール殿!」
海が漂っていた光景を消し去り、風の鳥は私の前から開いていた窓に飛ぶ。やがてその鳥は風と一体となり、溶けていった。
私は情けなくも気が抜けてしまい、背もたれに体を預けた。その縁に頭を倒し、片腕で目を覆い隠す。暗くなった景色に安堵が滲み、混乱する頭を鎮めていった。
そうしばらくして決意を固めると、部屋の前にいる兵に声をかける。
「すまないが、宰相とガンドルに部屋に来るよう伝えてくれ」
「はっ」
兵の遠のく足音を耳にして、私服から正装に着替えた。貴族なら使用人が着替えを手伝うのだろうが、私は必要な時は自ら支度するようにしている。特に今のような緊急性の高いものは使用人を呼ぶ時間さえ惜しい。
ガンドルと宰相のダナー・ガイズに部屋の入出を許可する。部屋に入ってきた二名は私の姿に驚いているようだ。しかし覚悟するのはこれからだ。人払いをし、ヘンリール殿からの情報を伝えた。