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ここ、どこ?

平成31年3月10日(日) 改編完了。

平成31年3月14日(木) 読みやすいように多めに行間を開けました。

 木々の生々しい匂いに混じって獣臭が鼻につく。私はその正体が気になって目を開けた。


「あれ?」


 風が葉っぱを揺らして、数え切れない幹の列が密集している。手入れがまったくされず伸び切った枝葉の隙間からわずかに青空が見えた。


「変だなあ、夕方だったのに……それにここはどこだろ」


 辺りを見回しても人の気配はなく、ただ自然が生い茂っているだけだ。不安で胸がいっぱいになって、心細くなってきた。


「さっきまで公園にいたよね。あそこも自然は多かったけど、こんな風にたくさんの植物に囲まれていなかったし……森? ジャングル? 知らない間に外国に連れてこられたとか……」


私は少し前の記憶を辿る。もふりとした三毛猫、ツンデレ後輩、夕焼け空、虹。


「あれ、何か足りない、なんだろう……猫、あの子、オレンジ色に染まった空――」


 思案していると、後ろからがさりと音がして意識がそちらに向いた。

 (くさむら)をかき分けて、大きな男の人が現れた。首をぐっと伸ばしてやっと彼の顔が見える。

 星をまたたく夜空のような青みがかった黒髪で、そのふわりと柔らかそうな髪が形のいい鎖骨を触り、丸みを帯びた目は淡い翡翠色で綺麗だ。猫のような愛嬌のある顔立ちをしていて、私と年が近いような雰囲気があるが、腰を丸めて老人のようにも見えた。

 白いワイシャツに、蝶々結びをした黒い飾り紐が垂れている。すらりと足に密着したダークブラウンのズボンで、足元は茶色でコーティングされた革靴を履いている。

軽装ながら上品な身なりだけど、森のなかにいるとなると違和感がある。それに黒外套を羽織って、さらにその上から白衣を身につけていた。


 変な格好をしていると思ったが、個人の趣味に文句を言わないように外面を作って話しかけた。


「すみません、道に迷ってしまいまして、街への行き先を教えてもらえませんか」

「――なにこれ、なにこれ」

「え?」

「欲しい、欲しい、欲しい……っ」


 じっとこちらを見下ろしていた男の人が、頬を赤らめて目を潤ませる。ワイシャツを掴んで息を荒くする彼はゆっくりとこちらに距離を詰めてきた。

 これでは街に行く前に自分の身が危ない。

 そう直感して私は踵を返して逃げ出すと、後ろから男の人が追いかけてくる。恐怖を押し殺して彼を気にしながら走る。

 私はこの森の地理に詳しくないし、もしかしたらあの人に捕まるかもしれない。だからせめて安全が確保できるところを見つけたい。

 だけど彼の方がリーチが大きくて、どんどん距離が詰められていく。


「はあ……っはぁ――逃げなきゃ」


 なんとか上手く働かない脳を必死に回して、打開策を考える。


 そのとき、後ろから風が通り抜け、「あいつ!」と舌打ちまじりの声が聞こえた。

 私は近くの幹に隠れて男の人の様子を伺うと、彼は渦を巻いてその場に留まる不自然な風を睨んでいる。それから髪を掻き乱して私に視線をやる。思わず半身を反り、ファイティングポーズをとると彼はおかしそうに喉を鳴らした。

 さっきとは違う様子に、これも作戦じゃないのかと警戒する。けれど男の人は私に視線を寄こすことなく踵を返した。


「えっ」

「もう追いかけないよ。私もどうかしていたようだし……ああそうだ。君がどうしてこの森にいるのか知らないけど、あまり長居はしないほうがいい。人間には危険だからね」


 まるで自分が人間ではないように言ってのけた彼は言葉通りに去っていった。


 しばらくぼうっとしていたら、上から草笛を吹いたような甲高いものが響いた。反射的に空を仰ぐと、鳥が火の粉を振りまき、大きな羽根をはためかせる。


「雷にでも打たれたのかな、あの鳥……」


 ほとんど逃避に近い言葉を呟いて、目を凝らした。けれど現実が変わらず、その鳥は生い茂る枝葉に隠れるまで炎を纏っても平然と飛び続けている。


「わあ、ファンタジー……実はフェニックスだったりして。はは、まさかなあ~」


 思わず遠くを見つめていると、獣臭が再び匂ってくる。どこからなのか判別つかないが、今の状況を思い出すには充分だった。


「ああ、そうだ。ここは森だったんだ。さっきの人に助けを()えば……それは最終手段にしよう、うん。あの人もどこに行ったか分からないし」


 トラウマを拭うのが難くて、とりあえず拠点探しをしようと歩き出した。


「せめて小屋があれば一晩凌げるし、そこに電話もあったら助けを呼べるから。まあ、クマとか動物に気を付ければ大丈夫だよね」


 後に考えればこのときはすぐに帰れるだろうと楽観して、足取りも軽かった。



 空は徐々に暗くなり、月がはっきりと見え始めた。スマホや懐中電灯もなくて一般人が森の中を進むのは無謀すぎたようで、できるだけ暖を取ろうと木の根っこに座りこんで縮こまる。

 そして私は恐怖を堪えて歩くか、このまま獣に警戒しながら朝日が昇るのを待つか、選択していた。

 喉の渇きを唾を飲むことで誤魔化していると、ふいにポチャンと水が跳ねるような音が耳に入り込み、私は反射的に走り出していた。

 人間の生存本能だったのか、音の発生地を目指す。石に(つまず)きかけて、枝にひっかかりそうになりながらも夢中で走り、ようやく木々が開けた場所に到着した。

 向こう岸が小さく見えるくらいに大きな湖で、月の光が集まって昼間のように明るい。

 私はそこに近寄ってしゃがみこみ、そのまま手を使って水を掬う。透き通ったそれを軽く口づけると、変な味もせずに軽々と飲み込めた。

 飲めることを確認して、それから水面に顔をつける勢いで半日ぶりの水分を体内に流し込んだ。

腹のなかがぷかぷかと浮き、満足して顔を上げると水面がぼんやりと私を映す。

 茶色い髪が肩の上で浮き、頬がふっくらとして目も大きいみたいだ。小さい体が纏った身に覚えのない白いワンピースは土や砂で汚れて台無しになっている。


「は? どうして私。あれ、小さい。これって六歳のときの……え、え?」


 そのとき、ふっと記憶がビデオテープのように巻き戻る。


「そうだ、虹が見えて、それで……えっと子猫に逃げられて。その前なんだっけ、公園で休憩に。違う、もっと後。後輩になぐさめられて、それから……クラクション? うん、車に青年が、あれ、轢かれ……私、轢かれたの?」


 内部からどんっと強い衝撃を与えられて、倒れそうになるのをなんとか堪えた。けれど手足が震えて力が出ない。脳から与えられた情報に理解できない。

 ――このようなところで何をしておる、(わらべ)

 ふいにそんな声が蘇り、誰かにポンッと頭を撫でられるように柔らかな暖かさが降ってくる。すぐにその感覚は消えたけど、さっきみたいに混乱することはなかった。


「なんだったんだろ、今の……でも懐かしいな」


 思わず頬が緩んで、あの感覚を確かめるように髪を軽く触る。

そして冷静になった頭で今後どうするかを考えていると、それを妨げるように「クゥン」と耳に入った。

私は反射的に耳を澄まして辺りを見回す。相変わらず木々に覆われた空間で再び聞こえた。


「――クゥ」

「また!」


 動物の鳴き声かもしれない、と最初は逃げようと思ったけど、助けを求めているように聞こえてほっとけない。そのとき、「ク……ゥン」と再度力のない声が耳朶に触れる。


「ああっ、もう我慢できない! 確かめるだけ、確かめるだけ」


 自分に言い聞かせて声の元へと探りながら、歩を進めた。

 探していたものはすぐに見つかった。湖に近くに植えられた大木の根っこがあり、そこに銀色の毛の塊が寝転がっている。


「うそ……」


 どうやら動物のようで、ぽんやりとしながらも凜々しい顔立ちはニホンオオカミの子狼にそっくりだった。

 子狼が鼻をぴくぴくさせながら苦しそうに息をしていた。その小さな体は血で濡れ、切り傷やら火傷やらが毛の間から見える。動物の症状に詳しくないけど、酷い状態というのは分かる。


「こ、このままじゃ死んじゃうかも。でも私にはどうすることも出来ないし……見て見ぬフリをする? ――そんなのダメだ、絶対にダメ」


 弱々しく目を開けてこちらを見上げる子狼。湖に映る月みたいな金色と目が合い、消えかかりそうな生気だが強く生きようとする精神が感じられた。


(私はこの子狼を助けたい。この強く、脆い命を救いたい)


 ぎゅうっと両手を組んで祈る。

 そのとき男性の声が脳に直接響いてくる。

――やっと見つけたよ~。はい、力をあげるね。

 突然周りの空気が逆流する。見えない何かに体をおさえつけられ、そのまま体内が侵食される感覚がした。気持ち悪くて、私は異物に堪えきれず反射的に自分の体を抱え込む。

 けどそれもすぐに収まり、無駄な力が抜けて体が軽くなったようだ。


「なにいまの?」


 呆然と立っていると、「クゥン」とか細い声が耳に入った。ハッと子狼の様子を確かめようとした瞬間、子狼が突然光りだした。光は大きくなって小さな動物を呑み込み、私はその眩しさに目が開けられなくなる。

 子狼が雄叫びを森に轟かせた。様子は気になったけど、視界が眩んでまともに動けない。

 しばらくすると光は消えて私はようやく目を子狼に向けることができた。


 しかしそこに居たのは子狼ではなく、1人の男性が私を見下ろしていた。髪紐で結んだ銀の髪を肩まで伸ばしており、あの子狼みたいに月の色を目に持つ。顔の彫りが深く、野生的ながらどこかアンニュイな感じがする。

 身長が高くて180センチぐらいだろうか。細くもしっかりと筋肉がついた体だが、白く血色がほとんどない。黒く光沢のあるコートで、フードにはグレーのファーがついている。絹の青い服を中に着ており、ごつめの鎖ネックレスを首にかけて、少し粗目のズボンの裾を編み込みブーツのなかに入れ込んでいる。

 男性はじっと私を見て、その薄い唇で、「どういうことだ」と言った。私が思わず聞き返すと、彼はさらに続ける。


「なぜ俺を助けた。対価はなんだ」

「えっと何を言っているのかわからないんですけど」

「嘘を言うことは許さない。お前は俺の傷を治しただろ」


 会話がかみ合わない。私は子狼を助けたいと願ったけど、この人がなんなのか知らないし。

 子狼はいつの間にか姿を消していて、光が晴れたら男性がいた。だからつい突拍子もないことを考えて、それを口に出してしまう。


「あの、あなたはさっきの子狼ですか?」

「子狼?」


 男性がぴくりと眉尻を上げた。私はやっぱり違う、と弁解しようとしたら、彼は話を続ける。


「お前が言う子狼が怪我をした銀色のオオカミなら、俺のことだ」

「は?」

「……?」


 何を当たり前なことを、と訝しげに視線をこちらに寄こす目の前の男性を呆然と見上げた。私たちは沈黙を保ったまま顔を合わせていると、何を思ったのか、男性が私の体に手を回して米俵みたいに担いだ。お腹がちょうど肩の骨ばったところに当たって苦しくて文句を言う。


「ちょっといきなり何を……っ、そこやめてお腹が……お腹がぐえってなってるから!」


 じたばたと手足を動かして抵抗するが、彼が「じっとしていろ」と告げて私を抱えたまま走り出す。最初は釣り上げられた魚のような気分を味わいながら、目前の固い背中に何度も下ろすように説得したけど段々とスピードが上がって、これ以上抵抗すると余計にお腹に負荷がかかり、その気力も尽きてしまう。

 私は地面に視線を落として考えることを放棄した。砂塵が舞い、小石が飛ぶ。けれどそれらは不自然に男性や私に掛かることなく、意志を持って避けているようにも見えた。

 ふわっと風が通り過ぎて、お腹の圧迫以外の負荷を和らげている。それに安心感を覚えてついついまどろんだ。





ワイルド系イケメンに連れ去られた主人公!

さあ、これからどうなるのでしょう


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