隕石と人の誕生についての真理と探究
一つ問いたい。
例えばの話で恐縮だが、あくまで例えばの話、俺たちの生まれて現在も住んでいる町が、はるか昔に落っこちてきた隕石から生まれた人たちが作った、なんて言う話しを信じるだろうか。
「何ぼうっとしてんだよ。感想は?」
ケネソンはくそまじめな顔で、詰め寄る。尤も顔が近づいただけだけど。
このくそまじめな仏頂面で、隕石から人が生まれるなんて話を聞けば、そりゃ誰だってぼうっとするだろうよ。そう言ってやりたい思いに駆られたが、ケルソンにそんなこと言ったって、表情も変えず「で、感想は」と言いそうなので先手を打って俺は感想を言う。
「ありえんだろ」
ありえんよ。常識的に言ったって、隕石から人がどうやって生まれるっていうんだよ。当たり前のことだ。疑う余地がない。普通だったら誰もが認める回答のはずなのに、俺は言った傍から自信が揺らいだ。常識的な方たちは、なぜだと、怒っているかもしれないから、一つ弁明をさせてもらうと、原因はケルソンだ。
何しろここには、俺とケルソンしかいない。
「なんでだよ」
ちなみにここでの「なんでだよ」は俺の「ありえんだろ」に対して言っているのであって、ここには俺とケルソンしかいない、ということに対して言っているのではないことを明記しておこう。鳥は飛んでるし、虫もいるし、さっきは野兎も見かけたが、彼らは普通除外していうものだろう。第一、地の文に突っ込みを入れるなんて間違っている。
「さっきからぐちぐちどこにいってるんだ。おい」
「分かった分かった。ケルソン。問題を一つ一つ整理していこうじゃないか。まず、大前提だが、隕石から人が生まれるかよ」
俺に課せられた使命といえばどうにかしてケルソンの自信を突き崩すことだ。奴の自信はいわば一枚の鉄板みたいなもの。正面から当ったら俺がさっきみたいに怪我をしてしまう。が、足元から崩せばさすがにころぶだろう。
「生まれるんだろうよ。何言ってんだ」
「だから、どうやって、って訊いてんじゃないか」
「言ってたか、そんなこと。お前の台詞で。――地の文では言ってるみたいだが」
「鬼の首獲ったみたいに、細かいこと言うなよ」
「細かいことじゃないだろ、全然。何だよ、お前が聞いたから答えてやってるってのによ」
なるほど確かに俺は聞いた。だが、「あの隕石ってのは何だろうな」という一言がケルソンが俺をバカ呼ばわりし、常識を教えてやると言いだし、こんなことになるなんて誰が想像する。
「はあー、わかったよ。改めて訊くぞ」
「おうよ」
「だからだ、俺が言いたいのは、どうやって隕石から人が生まれたっていうんだよ」
「知らねえよ。そんなこと」
「おい、真面目に答えろよ」
「俺は至って真っ当なことを言ってるだろ?」
「どこがだ」
「全部だよ。じいちゃんも言ってたろ」
「まあ、ばあちゃんも言ってたな。じいちゃんのじいちゃんも言ってたらしい」
「そのとおり」
「でも、それじゃあ俺が聞いたことに対して答えてないだろ」
「はあ、お前頭悪いな。――じゃあ仕方がない。お前が納得できるように言ってやるよ。俺は誰かが言ったことを引用するなんて主義に合わないんだが、この際だ。あのな、よーく聞けよ? 俺とお前、いるだろ。それから町も、あるだろ?」
「あるわな」
「それが証拠だよ。簡単なことだろ。隕石から生まれなくちゃ、俺たちも町もなかった。な?」
「な? じゃないだろ。それなら隕石から生まれた、以外の答えだってあるんじゃねえか」
「あるか?」
「あるだろ」
「じゃあ言ってみろよ。大体さっきから俺ばっかに喋らせやがって。お前が言いだしたことだろうが」
「ああ、あああ。言うから少し黙ってくれよ」
静かになったところで、俺は見た。俺たちのいる丘の天辺からはるか見上げるところまでの、巨大な隕石。これだけでも半分の大きさで、もう半分は埋まっている。隕石だけが周りと別な色で、ところどころクレータが開いている。隕石と丘の間に、俺たちの生まれ育った町。
「どうだ、答えは出たか」
「……」
「見詰めたって答えはでねえだろ。へっへっへ、どうなんだ」
「えーとだ」
俺は端緒を開いた。
「あの隕石は、だな」
「あの隕石は?」
「本当は隕石じゃないんだな」
「へえ。で、隕石じゃなかったらなんなんだ」
「山、かな」
「ほう、山。じゃあ、俺たちの祖先は何処からきたんだ。山から生まれたんじゃないんだろ」
「ああ、それはだな」
「それは?」ケルソンは顔を近づけた。変わらぬ仏頂面。俺はこいつにどんどん拙い方向へ追い詰められていることは、痛いほどわかる。だがしかし、答えないことには仕方がない。
「――来たんだよ」
「はあ?」
「どこかから、来たんだよ」
「どこか?」
丘の上から、一回り見廻した。広い平原。地平線は丸まっていることが分かるほどに、何も遮るものはない。隕石から生まれたよりもずっとあり得る回答だ。ある一事を除いては――
地響きがした。
地殻変動のそれではなく、ドタドタと無秩序に近づいてくる。
「来たな」
「ああ」
「狼煙を」
俺は言われたとおり、狼煙をあげた。尤も、地響きで気付いているだろうけど。
丘の麓をドタドタと駆ける八本足や十本足の極彩色の恐竜。連中は丘の上の俺たちには眼もくれず、俺たちの町へと走り込んだ。
土煙。
「相変わらず、時間通りだな」
「ああ、腹時計は信頼できる」
土煙の中から、なにかが高く飛んだ。
「あっ、ニルソン」
「あーあ」
落下した先では、恐竜が口を開けていて、二ルソンはすっぽりと収まった。一瞬、眼が合った気がした。
「考えてみるとさ」
「なんだよ」
「俺たちが一番安全なところにいるんだよな」
「そうだな」
毎日、昼時に食事をしにやってくる恐竜の接近を知らせる役割なのだ。俺たちは。普通、最も危険な役回りではないか。しかし、俺たちは丘の下を眺めていた。恐竜はここまで上がってこない。
「あっ、ネルソン」
「――それでだ、お前さっきなんやかんや言ってたよな」
「……」
「どこから来るって」
「どこか、さ」
「食われるだけだろ」
「まあ、そうだよな」
腹いっぱいに食った恐竜たちは思い思いに帰ってゆく。やっぱり、隕石から人は生まれたんだろうか。俺はまだ納得がいかない。けれど、他に回答はないのか。極彩色の恐竜は、爪で歯の掃除をしている。爪楊枝は要らないわけだ。もうひとつ、言わせてほしい。
常識はどこにいった。
「ここにいるだろ」
良くある午後のひと時の話である。
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