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『あ ほの荘』  作者: 白桔梗
第三章  正信
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第九話   

 目を開けた正信が見た世界は――。



 小学三年の正信。

 にいちゃん、僕一人で出来るから見てて。体だって洗えるよ? シャンプーの泡なんか平気。目をつぶっていれば痛くないもん。ほら出来たでしょ? 上手だったでしょ? えへへ。にいちゃんも真似してみて? ねえ? 大丈夫だったでしょ!



 小学四年の正信。

 お化けなんかいないんだよ、にいちゃん。一緒に寝たら……狭くて窮屈だよ。にいちゃんおっき過ぎじゃないか。えっ、一人じゃ怖いって? しょうがないな、じゃ、お布団二つ敷こう? 僕がにいちゃんと一緒の部屋で寝てあげるよ。



 小学五年の正信。

 ムリって……なんで? 可哀想じゃない。ほっといたら死んじゃうよ? にいちゃん、待って! 連れて行こうよ? 僕が世話するし、お願いもして見るから。

 あ、お帰んなさい、母さん! ねえ、このチビわんこ、公園で見つけたんだ。雨の中でちっちゃい声で鳴いて震えていたんだ。飼っても良い? そうだよね? ほら聞いただろ、にいちゃん? 僕が言った通りじゃん。母さんはいいって言ってくれただろ? だからにいちゃんも一緒に面倒見るんだよ? 



 小学六年の正信。

 どうしてそんなに怒るんだって? 袋ラーメンを煮てもいいけどさ、火事にならないように、火はちゃんと止めなきゃだめなんだって。だから一人の時はお腹が空いてても勝手にガスをいじっちゃだめなんだよ。わかった? 

 ……だろ? そうだろ? 俺の作ったラーメン美味いだろ?!

 よぉ~し、母さんは明日も遅いから、俺がご飯を炊いて炒飯作ってやっから。にいちゃんは俺に感謝しろ!



 中学生の正信。

 え? その人誰? かっかのじょ、だぁ? にいちゃんは勉強だけしてればいいじゃんか! にいちゃんのくせして生意気な……。

 えっと……あ、お名前は慶子さんですか? にいちゃんがいつもお世話になっています。

 もうね、にいちゃんって見ての通り、ダサくてぼんやりで、どうしょうもない男で……すみません。きっとご迷惑をかけているんだろうなぁ。弟としてはいつも気が気じゃないっていうか、昔からにいちゃんの面倒見てきたんで心配なんですが。

 けど、悪い人間じゃないですから、まあ、多少朴念仁なところには目を瞑ってください。

 どうかこれからもこの至らない兄のこと、よろしくお願いします。



 正信の目の前で兄と過ごしてきた長い年月が、走馬灯のように流れていった。そこには洋一と正信の逆転の図が描き出されていく。

 正信は当惑しながらも、目の前で繰り広げられる光景に徐々に笑いがこみ上げてきた。


 いつも自分が頼るばかりで、勝てなかった兄、洋一が自分を頼りきっている。

 高校生の洋一と慶子が中学生の正信に、解けない公式の説明を求めてくる。それに朗々と解説をしている自分がいた。

 二人の結婚式で慶子の両親に深々と頭を下げ、頼りない兄を頼み込み挨拶をしている自分を、自慢げに見つめる両親がいた。


 やがて目にしている自分の姿に、正信の意識が重なり、正信は目の前に立つ洋一の肩に手をかけていた。


「にいちゃん、慶子さんのこと泣かせないように、大切にしなきゃだめだよ?」


 洋一は照れくさそうに、コクンと一つ首を縦に振る。その仕草に全く可愛い兄だな、と笑いを堪えながら正信は眼を細める。

 再び洋一に声をかけようとした時――。




「兄さん、どうかね? いい夢が見れたかい?」


 皺枯れ声と同時に正信の目に映る光景が古畳だけになった。





 その夜正信は手にした古ぼけた鍵を眺めながらベッドに寝転がっていた。


「もうここへ通うのは潮時だと思っているんだよ。でも、これを持っていると来たくなっちまうだろう? だけどねえ、兄さん。あたしがあの部屋でくたばって、鍵もろとも消えちまったら、このドアは開きっぱなしになっちまうんだよ」


 節子はそう言って正信に鍵を渡した。



 正信は自分が切望するのは慶子と過ごす時間だとばかり思っていた。だが、本当の願望は兄、洋一へ抱いた罪悪感や劣等感を払拭する事だったらしい。そこに至れば慶子へ抱いた恋心は、兄が自分より慶子を……へのささやかな敵愾心の裏返しなのかな? と思えてくる。

 どうやら人の本心、願望というものは本人自身にもわからない場合もあるようだ。

 正信は、ばあさんはとっくの昔に気がついていたんだろうなあ~と呆れつつ、やられた……感で脱力していた。


 ふと正信は、初めて三号室へ入った日、マリノが正信の家にある小さな庭先で、夢中で土遊びしていた時の会話を思い出した。


「マリノ、おまえ、なんでミミズばっか、集めるんだよ?」

「まさのぶ、知らないのか? ミミズは生きにくいところを生きやすいところに変えてくれる、すっごい虫なんだぞ?」

「え?」

「家にミミズがいれば、かあちゃんが楽になるだろっ?」


 思い出した途端に耳たぶまで赤くなってくる。


「俺って……ちっせぇヤツ……」


 実際に目にした光景を思い出すと、再び三号室へ行く事はないなと思いながらも、同時に、誰かがあそこへ入り込まないよう、鍵はしっかり持っていようと決心する正信だった。



(おしまい)


 最初の連載なので、長くなく……ともかく完結させましょう。を目指しました。

 正信の章はいくつかパターンを考えていましたが、この結末が一番『あ ほの荘』らしいかな? と。 


 書き終えて思うのは、もっときちんとした文章をかけるようになりたいなぁ。です。


 そんな課題が見えた創作でしたが、結構楽しく書き連ねられました。自分が楽しむという課題は一応(?)クリアです。

 最後までお読みくださった方、本当にありがとうございました。 

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