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『あ ほの荘』  作者: 白桔梗
第一章  あけぼの荘の人々
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第二話   

 正信がマリノ親子に見送られ玄関を出ると、両手に荷物を抱えた京が帰ってきた。

 京はマリノ親子の一つ置いた部屋の住人だ。市場で八百屋を営む京は売れ残った安い食材を買って来ては、佐波へ提供している。

 あけぼの荘では老婆、節子に次ぐ古参で、節子の食事を担当し、係りとわずかな謝礼を貰っている。

 正信の内心は、自分は無料ボランティア。京は有料ボランティア――だろう。だが要する時間と手間を思えば、正信はそれを口に出すほど、ずうずうしくもなれないようだ。


「今日は生きのいい秋刀魚が手に入ったよ。ほれ、大根と青菜は売れ残りのおまけだよっ」


 京の粋のいい声と同時につき出された袋を、佐波はしずしずと受け取り、徐にエプロンから財布を取り出す。


「お代は秋刀魚だけ、ああ、半額でいいよ。代わりにちょっと頼まれておくれでないかい?」


 京は二階の老婆の夕食を佐波に頼むと、会合へ出ると言って早速出かけて行った。



 一時間後、ついでのついでですよ。という佐波の申し出で、正信は二階の端部屋で節子と向きあって秋刀魚を突ついていた。


「若い兄さんと一緒にご飯を食べられるとはねぇ。けど兄さん、箸使いがずいぶんと下手だねぇ」


 小骨と格闘し皿いっぱいに剥き身をとっ散らかしながら食べる正信。反する老婆は、取り寄せた小骨を一隅に綺麗に並べ、それは美しい箸捌きで食している。


「いいんだよ。食うのは俺なんだから」


 魚……特に小骨の多いものは昔から苦手な正信だった。一匹が二匹に増えているんじゃないの? と母親にもよく呆れられていた。


「兄さんは明日休みだったねぇ。どうだい? マリノを連れて出かけられないかい?」


 それが意味することは正信にも理解できた。

 今日は佐波の給料日。明日はそれを目当てに佐波の元夫が来るだろう。実は先ほどのマリノの嬌声に、早速来たかと身構えたのだった。


 本来なら夫に原因がある離婚なら慰謝料とは言わなくても、養育費をもらう立場にあるのは佐波だ。

 だが、佐波の元夫は度々金を無心に訪ねて来る。そして毎回罵詈雑言の応酬が繰り返される。その姿をマリノに見せるなと節子は暗に言っているのだろう。

 明日は実家へ溜まった洗濯物を持っていくつもりだった正信。


「ああ、んじゃ、俺んちへ連れてくよ」


 実家といっても正信の家は同じ町内にある。

 四つ違いの兄が春に結婚し同居するようになって三ヶ月、正信はあけぼの荘に引っ越した。

 家を出て独立したというより、新婚夫婦が醸し出す特有の気配が嫌でも漂う家から、自分が息を吐ける空間へ移ったというところだろうか。

 思春期真っ只中にいる正信が主張する意味を察した両親は、安アパートの代名詞的なあけぼの荘ならと妥協した。

 結果正信の暮らしぶりは、洗濯物を週末持ち帰り、ついでに飯を食ってくるなど実家に依存する部分が多い。それは正信の甘さを如実に語っていたが、今時の大学二年生なら致し方ないだろう。


 苦学生なるバイト三昧の学生や、親の金で遊び放題の学生など、正信の周囲には多様なキャンパスライフを送る学生が、男女の別なくたくさん存在していた。

 その中で正信はこれという目標がない代わりに、苦学する事情もなければ、寝ずに遊び回るほどの情熱もなく、節子やマリノ親子の状況を、見ないふりする器用さも持ち合わせていなかった。



 翌朝、正信の申し出に佐波は言葉少なくマリノを正信に託した。

 正信は自身の洗濯物と、マリノのスケッチブックとクレヨンが入った二つの袋を片手に持ち、空いた手で小さなマリノの手を握った。

 マリノは新地冒険気分丸出しで、繋いだ手を大きく振り回し意気揚々と歩き出す。正信の家へ行くのは二度目である。前回は昼ごはんをご馳走になり、若いお姉さん(兄嫁)と遊んだ。

 今日は正信一家を絵に描くつもりらしい。


「まさのぶ、安心しろ。カッコよく描いてやるぞ!」


 その背中には佐波が家中からかき集めただろう、お菓子が入ったリュックが背負われている。


「いや、普通に描け。それで十分カッコいいだろ!」


 佐波に笑顔で見送られ、遠ざかりながらも二人の応酬は続いていく。




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