第8話 春のとき
朝6時、今日も諒子は家族のために朝ごはんの準備を始める。自分のためにコーヒーを淹れ、お気に入りのC.Dをかけて。今朝の音楽は、マイケル・フランクス。信彦からのプレゼントだ。食事が終わると、子供を学校に、夫を会社に送り出す。幸せの日常はこうして始まる。何も変わらない日常。でも、ラジカセから聴こえてくる信彦の優しさが、諒子を優しくする。「なんだか今日機嫌がよくない?」夫が聞くと「あら、そう?」とさらっと答える。諒子の笑顔は夫を幸せな気分にする。(これでおあいこね)諒子はいつの間にか夫のスナック通いも許せるようになっていた。
「ありがとう!うれしいな」ペンダントを首にかけてもらいながら、美奈子は上機嫌だ。昨日ティファニーで購入したハートのペンダント。諒子の誕生日に贈ったものと、少しデザインの違うものだ。信彦が妻の美奈子に贈り物をするなんて、何年ぶりだろう。当然のように美奈子は大喜びで、その姿を見ながら信彦も、そんな自分に満足していた。
「あら、ありがとう。よくわかったわね、私がハートのデザイン好きだって」「そりゃわかるさ、いつも諒子はハートのペンダントをしてるじゃないか」お誕生日に信彦からティファニーのペンダントを贈られた。その時諒子は言った。「お願いがあるの」「なに?」「あのね、同じものを奥さんにも買ってあげてほしいの」「どうして?」「理由?それはきっと・・・フェアじゃないから・・かな。ね、お願い」どうしてそんなことを言ったのか、本当は諒子にもよくわからなかった。なんとなく、ただなんとなく言ってしまった。(これも背伸びなのかな)言った後にとても後悔した。そして、奥さんを愛する信彦に嫉妬した。
いつかは壊れてしまうかもしれない二人の関係。とても不安定で、何の保証もない。せつなくてはかない桜の花のような二人。でも、二人はとても幸せだった。多くを望まず、相手を許せる究極の愛情。お互いを思いやり、優しい関係。夫にも、妻にも、そして、最愛なる恋人にも・・・そんな毎日が繰り返される。
二人が出逢ったあのときから、周りの景色がとてもきれいに見えるようになった。何一つ変わったものなどない。実際には、何も変わっていないのだ。ただ、きらきらとしたきれいな春の光だけが、手を繋いだ二人の上に、優しくそっと降り注いでいた。
主人公の諒子と信彦は、私の憧れです。幸せな「春のとき」どうか皆さんにも訪れますように・・・
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。