第4話 それぞれの日常・・
諒子は夫を愛しすぎていた。愛しすぎるがゆえに、夫を無意識のうちに束縛してしまうのだった。それは未熟な愛なのかもしれない。それとも、ひょっとしたら夫に愛されていないのだろうか・・彼女はそんなふうに思ったりもした。愛イコール束縛・・・諒子は夫のまなざしをもっと自分に向けていて欲しかった。妻としてだけではなく、恋人としても見て欲しかった。あるいは、愛人として・・・。
仕事帰りの夫は、よくクラブやスナックに立ち寄る。それは、世の男たちがそうするように、ごく自然のことだった。でも嫉妬深い諒子にとっては、それは簡単に理解できるものではなかった。自分以外の女性を相手に酒を飲み、日ごろの鬱憤をはらしているのかと思うと、それだけで嫌な気持ちがした。ただでも、夫の心を捉えている別の女性がいる、と、勝手に思い込んで、諒子が作り上げた架空の女性に嫉妬するような、そんな諒子だった。それなのに、現実に夫の目の前には、きれいに化粧をし、派手に着飾った女性がいる。男を誘うような目で見ている魅力的な女性がいるのだ。いや、男を誘うような目をして、というのではなくても、実際にとても魅力的で、夫はごく自然に心を奪われているのかもしれない・・・。そんなことを想像しては、なんの魅力もない自分と比較をして、力の抜けた深いため息をつくのだった。夫には、いつも自分だけを見ていてほしかった。人一倍嫉妬深く、独占欲が強かった。そんな自分を認めるたびに、諒子は自己嫌悪に陥っていくのだった。この自分の気持ちを、何とかしたい・・。どうしてこんなに私は夫を好きなのだろう。どうしてこの私の気持ちに夫は応えてくれないのだろう。夫に言わせれば、『お前は世界一幸せなはず』なのだそうだ。だったらなぜ、私を優しく抱きとめてくれないのだろう。私は夫の優しい腕に抱かれて、幸せな夜を過ごしていたいのに。私にはもう女性としての魅力が無いのだろうか・・・。まるで出口の無いトンネルの中にいるみたいに、いろんな考えが頭の中をぐるぐる回りながら、いつも夫の安らかな寝顔を見つめているだけの諒子だった。
夫は諒子を愛していた。信じきっていたし、誰よりも大切に思っていた。諒子の家庭の中には、誰から見ても羨ましいくらいに幸せで安心感のある風が吹いていた。それは諒子にもわかっていたし、夫の子供への大きな愛情にも、諒子は心の底から感謝していた。そうかもしれない。夫が言うように自分は世界一幸せなのかもしれない。でも、何かが足りない。それが何なのか、諒子にもわからなかった。信彦と出会うまでは・・。