第2話 砂時計
信彦と諒子の素敵な「春のとき」をお楽しみください。
日々の生活に追われ、夫と子供の世話に明け暮れていた諒子にとって、信彦とのデートはいつもいつも夢のようだった。ちょっとだけでよかった。現実から離れ、夢を見られるのなら、ほんのちょっとだけで諒子は満足だった。彼女にとって信彦は、完全に『白馬に乗った王子様』だった。そしてきっと信彦にとっても、諒子は日常を離れたお姫様のような存在だったのかもしれない。彼女の嬉しそうな笑顔を見るたびに、信彦は幸せを実感していた。車のドアを開けてやり、紳士らしく振舞い、諒子をエスコートしながら、本当の自分はこんなにも女性に優しいのだ、と心の中で自分を見直すのだった。
二人で過ごす時間は、あまりにもはかなくて、短いものだった。それはまるで、砂時計を逆さにしているみたいにはかない時間だった。それでも諒子は信彦の車の助手席に乗りこむ瞬間、自分を見失いそうになるくらいに心が躍った。
信彦は、そんな諒子を優しい笑顔で迎え入れた。そして、諒子の笑顔のために用意してきたCDを、誇らしげにそしてちょっと不安げに、カーステレオに入れる。大体は諒子にとってそれが、ちょっと贅沢なデザートを目の前に出された時のような驚きだったし、想像以上の喜びをもたらしてくれるものだった。最初のデートはスティーリー・ダン、2度目がラリーカールトン、そして3度目がデビット・フォスター・・・「ねえ、あなたはどうして私の好きな音楽を知っているの?」「・・?さあ?・・」照れたように信彦が笑うと、諒子も「フフッ!」と肩をすぼめて笑った。「まるでCD屋さんね」「CDレンタルでも始めましょうか?」「それもいいわね」・・・そんな会話を交わしている二人にとって、時間はまるで止まっているかのように感じられた。でも実際には、砂時計の砂がちょっぴり悲しい音を立てながらどんどん下に落ちていく。
素敵な車と素敵な音楽、そして、素敵な恋人。ただそれだけで他には何もない。ただ、静かで穏やかな春の空気が、水色のジャガーと、サラサラとしてとどまることを知らない砂時計の中の二人を、そっと優しく包んでいた。