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第64話 俺たちでさえできたこと

「どうしようもなかった、ですか?」


「うん。俺も、もちろん朱里たちも、みんな“どうすればこうならなかったか”については考えたんだ。


結論から言ってしまえば、営利団体化してどこかの太守なり州牧なりになるしかない。となったのだけど、それをやって黄巾族が組織されてしまったのだから、もうどうしようもないというか、手の打ちようがないんだよ……。」



「営利団体?」


信条を変えてでも、そうしなければ利用されてしまっていただろうね、そんなことを考えていた。しかし、天和たちにとってそれはたやすく理解できる話ではなかったらしい。


「残念ながら、世の中の大半の人は損得勘定、あるいは対価をもらうことで動きます。要するに、金がもらえるから働く、という考え方ですね。自ら進んでタダ働きをしたいというような人がいないとはいいませんが、世の中では少数派です。


であるなら、治療によって富裕層から寄付を募り、それを元手に人を集めて組織化していくことはできたはずです。何せあなたたちよりなにも“持たざる者”であった一刀さんたちでさえそれができたのですから、あなたたちにできないというのはあり得ない。」


「でさえ、とは何ですか!」


「そうなんだよねえ……。今、こうなっていることを見て彼らに人を見る目があったんだと言うのは簡単だけれど、俺と甄、桃香愛紗鈴々の5人しかいないのに資金や兵を提供するというのは、ほぼ失敗する博打だったと思うよ。少なくとも俺が彼らの立場なら絶対やらない。


今のところ彼らに恩義は返せているけど……。」



福莱の的確すぎる言葉には、ちょっと愛紗が怒ったけれど、冷静に分析すればその通りだ。今は張世兵たちが米の専売商人として美味い汁を吸えているし、それは彼らに報いる形にもなっているからとてもいい関係を作ることができている。しかし、あの時に見ず知らずの俺たちに返済不要の投資をすることはかなり度胸のいることだったろうと今でも思う。



「営利化、どうしてあなたたちはうまくいかなかったのか。それは人を見る目がないことと自分の価値に気づけなかったことの2つでしょう。自分の価値に気づかなかったからこそ、悪意と善意を見抜けなかったわけですが……。


前提として、自分の能力は珍しいもので、それを悪意ある人物が利用しにくる可能性がある、という認識を持つべきでしたが、それが欠如していた。


我々から言えるのはこんなところでしょうかね……。」


「さて、今の椿たちの言葉を深く考えて、天和たちの処遇をどうするか決めよう。」


処遇、という言葉で場の緊張感が少し増した。おそらく皆、生かすことに異論は出ないだろう。もちろん生かさなければなんのために様々なリスクをおかしてきたのか、という話ではある。しかし、どう生かすかについては意見が分かれる可能性も考慮しなければならないかもしれない。


「私からいいですかな? 当人たちにあれだけの乱を起こす考えがなかったことは確かでしょうし、治療技術もありますので生かす価値は充分にあると考えます。


ただ……。また誰かに利用される可能性がないとは到底断言できません。そこで、ここにいる者の言うこと以外は聞かぬように、という制約つきでここにいる誰かに預けるのが良いかと思いますな。」


「私から補足することがあるとすれば、我々とは真名で呼び合うことにして、あとは偽名を名乗らせるのが一番でしょう。」



口火を切ったのは星で、補足したのは悠煌だった。妥当な線に落ち着くか……?


「さて、異論がある人はいる?」


「異論、ではありませんが、基本的に鴻鵠さん預かりにして、鴻鵠さんを下邳勤務にするのが一番安全だと考えます。これから我々に降りかかると予測しうる一番の難題の舵取りは鴻鵠さんですし、その前段としても適任ではないでしょうか。」


ここで鴻鵠を下邳に戻す選択をねじ込んでくるとは、水晶は本当に抜け目がない。


「私が……? 難題、ですか?」


「来年になる可能性もありますが、炎蓮率いる孫堅軍との合同軍事演習があります。日程に関してはこれから詰めますが、こちらの領土に炎蓮たちがくることもありうる。そのときに彼女らを命がけで守る、というよりは何も起こらないように盤石の警備をしく必要があります。その難題はすべて鴻鵠さんの両肩にかかっているといっても過言ではない。


ありがたいことに、我々の領土で桃香様や一刀さんを殺したいと考える領民はほぼいません。0ではないでしょうが、限りなく0に近い。まして街で狙われたら自分が身代わりになってでも守りたいと願う領民ばかりでしょう。しかし彼女たちは違う。


我らの領土内で、たとえば炎蓮が暗殺されるようなことが万が一にでも起きれば、残された孫策たちは我らを仇と見なすでしょう。」


「そんな……。しかしそれは筋違いではないのでしょうか?」


「筋違いです。しかし、理性が感情を支配できる人物ばかりではありません。周瑜あたりは理解できるでしょうが、しかしあの血気盛んな連中を止められるとは思えません。私たちだって、桃香様がいわば“首脳外交”で曹操の領土に行ったときに刺されて殺されたときに“弔い合戦”と言わない選択をできますか? それと同じことです。つまり何とかして守るしかないのです。」



世界史をひもとけば、著名人の暗殺から戦争になったり泥沼化していることは限りなくある。負の連鎖を起こさないためにも、無事に帰ってもらうことがとても大事だ。※1


祖父のいた組織、警察が特に神経をすり減らすのが海外の要人と両陛下ら一部の特別な方々の警備だという。道路はすべて通行止めにするわゴミ箱から側溝の中まで調べるわ、とにかく無事にお帰りいただくように全力を尽くすのだ、と言っていたのを覚えている。それはこの世界でも同じこと。ましてや軍事演習ともなれば他国が何か起こそうとする可能性は高まるだろう。それを止める大役はすべて鴻鵠が担うのだ。



「天和ちゃんたちは不便だと思うけど、生かすためだからと理解してくれると嬉しいな。」


「はい……。でも、本当にこれでいいんですか……?」


「ここに来るまでの間に、自分たちがどんな乱を巻き起こしたのかは理解しているよね? 私はそれがわかって、そしてどうしてそうなったのかを理解していれば、それが一番の罰になると思う。あとは人を治療していくことが天和ちゃんたちの禊ぎ、償いになっていくんじゃないかな。人の命を救うってとても尊い行為だから、それをこれからも続けることが大事なんだと思う。」


「はい。自分にできることをやっていきたいと思います。」


最後に桃香がまとめて、今日は散会となった。これで一山越えたと言えるだろうか。






※1:たぶんそのうち出ますが、先に知りたい方のために少し例示しておきます。WWⅠ、ガンディー、ラビンなど。

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