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第63話 君主の資質

「水晶よ、それはこれまで我々がここでやってきたことを否定する発言ではないのか?」


「そうです! 皆が気持ちよく過ごせているのは私たちがきちんとやっているからでしょう?」


水晶のその物言いは、これまで自分たちがやってきたことを疑問視するように聞こえたからか、星と紫苑が疑問の声を上げた。他の武官も似たような思いを抱いているようだけれど……。



「星さん、紫苑さん。落ち着いてください。


水晶さんが言ったことは何一つ間違いではありません。簡単に言ってしまえば“問題は起こるものだ。だから起きてもいいようにしなければいけない”というものです。


不作で食糧難に陥るかもしれない。だから食糧の自給率を上げて保存食を備蓄して不作に備えよう。暴徒化した連中がいつ襲ってくるかわからない状況からは脱却して、夜も安心して眠れるようにしよう。そのために兵で警備しよう。そもそも暴徒化しても楽に鎮圧できるように武器は持たせないようにしよう。


どうやったら悪くならないか、あるいは悪くなってもそこから元に戻すことを簡単にできるか、私たちの政策の主眼におかれているのはそこです。私たちがどれだけがんばっても無理なものは無理です。支配地域内しか治める範囲はありません。他の地域にも困窮している民衆は山ほどいます。そこまで私たちが救うことはとてもできません。ましてや、不作になるのは天候次第です。それをなくすのは祈ってもどんな政策をとっても無理です。


政策によって良い循環や悪い循環を生み出すことはできます。治安が良い、職がある、食料がある、そういう地域があれば、そこに行って暮らしたほうが良いでしょう? 賊になって襲おうとしても、圧倒的な武力で蹴散らされてしまう。それならば民衆としてのんびり暮らした方がよほどいい。そんな場所があれば、農業も産業も、もちろん交易も発展しますから栄える一方です。これは良い循環です。


逆に、治安も悪くて職もない、それなのに税金は高くて大量に持って行かれてしまうから毎日の食料もない。ならば賊になって税金を集めている連中を襲ったり民衆を襲って食料を手に入れて暮らした方が楽でしょう。ただ税金を納めて飢え死にするよりはずっと良い選択だと思いませんか? そうすれば治安は悪化する一方ですし、賊ですから生産はせずに奪うだけです。つまり食料は減る一方ですよね? これが悪い循環です。


残念ながら、今の漢王朝は悪い循環をたどる一方でした。とはいえ、良い循環を現状で生み出せているのは私たちだけです。他は、その中間、あるいは力で賊を滅ぼしただけです。残念ながら、それでは賊が生まれ続けます。つまり根本的な解決には結びつきません。」


もちろん、問題が起こらないに越したことはないけれど、地域として支配していて、その中には様々な人たちがいるのだから、何らかの問題が起こらない方がおかしい。それならば、起きても大事にならないようにすればいい、という発想の転換だ。もちろん、それには“想定できること”である必要はあるけれど、悲しいかな、一般民衆がやろうとしていることなどここにいる別格の知者たちの頭で想像できないことなど(少なくともこれまでは)なかった。



「どうして、他はこの“良い循環”を生み出していないとわかるのですか?」


「良い循環が生み出せていれば人は流入していくし、流出はしないのです。交易商などを除けば、私たちの地域から夜逃げしたり出ていく民衆は 0 です。つまりいません。他の地域は“治安がいい”というだけで流入しているところはありますが、そこでも一定数が流出して私たちのところへ来ている。このまま数年続けばいくらなんでも飽和しかねない状況にまできています。」


良い評判は良い評判を生み、今は大陸全土から“憧れの地”となるまでに成長できたのはとても良かったが、しかし増えすぎという新たな問題が生まれつつあった。いきなり拒否をするわけにもいかないし、現状では他の勢力頑張ってねと願う程度しか対策はなかった。


「それでも袁紹を滅ぼしてどうこうとかできないから辛いよね。やろうと思えばやれるし、充分に勝算はある。けれど……。」


「もしも袁紹に攻撃を仕掛ければ、反劉備連合が組まれて、その相手すべてを潰すまで長い長い戦いになるでしょうね。領土は増えますが、安定までにはそれなりに時間がかかる。


つまり戦争をして全方向からかかってくる連中を倒し、領土を増やしながら支配地域の治安を安定さえ、職を生み出し、食糧生産も行っていく必要があります。言うのは簡単ですが、これだけ知謀の士と別格の武官が集まった我々でさえ、今の状態にするまで1年弱がかかっています。3都市でそれです。ましてや、戦争をこちらから仕掛ければ向こうは少なからず不満を抱きますし、家族を殺される人も出てきます。徐州を落としたときほど単純にはいかないでしょう。それを戦争しながらやるわけですから、とても難しいのは言うまでもない。


というよりも、北海や徐州が“できすぎ”だったのでしょうね。もちろん我々の努力は十二分にありますが、状況が我々にとってとても都合が良かった。」


「他の群雄がこうできない理由は何なんじゃ? 真似をされて儂らより豊かになっては困るが、そうしようとするものもおるじゃろうに……。」


「いろいろありますが、一つあげるなら“暴力の独占”と、それによる“職業軍人”警察官”の存在でしょう。他の地域は例外なく、兵が治安の維持をやります。そして、その兵は常設されてはいますが数はとても少ない。


つまり戦争が起これば治安の維持をやっている兵は戦地で敵と戦うのです。当たり前ですが、治安の維持にあたっていた人はいなくなるか変わります。だからいつまでたっても安定しません。


しかしそれをやるには莫大な金もかかりますし、指揮系統を分けて専門に鍛えるのにも人がいります。そこで重要になってくるのは“シビリアンコントロール”。我々の中ではそれが完璧になっているとは言いがたいですが、それでもそれが行われていないのとでは雲泥の差があります。」


「なぜ完璧にはなっていないと?」


「なっているなら、ここに愛紗さんたち軍人は入れません。しかし、今はそれをする必要性は全くない。」


「入るべきではない……と?」


「その考えを適応させた一般論で言えばそうなります。気に入らないときに『私が正しい』といって兵を動員されて力で迫られたらどうしようもありませんから。しかし、ここにいる人でそんなことをする人は誰もいません。私が言っているのは“やる”ではありません。“やろうと思えばできる”です。将来、私たちが全員死んで後継者がここの舵取りを任されたときに、軍の指揮者がそうならないという保証はどこにもありません。政策とはそこまで考えてやるべきなのです。」


「もう一つあげるなら、決まったことには全員一致で取り組む。これも他の勢力との大きな違いでしょう。会議なり話し合いでは割れることもあるし論争は熱を帯びることもある。でも、そこで決まればあとは割り振られた自分の役割をきちんと遂行します。後に引きずることはありません。


が、たとえばですが後に引きずって“愛紗派”と“朱里派”で割れて潜在的に不満を持っているようなところもあります。この違いはとても大きい。」


行われているのが正しい議論のあり方かどうか、という話なのだろうけど、確かにその差は大きい。全員が団結しているか、それとも自分の意見が通らなかったことに不満を持った者たちがまとまり、あるいは派閥のようなものをつくっているのか。後者だととても面倒なことになる。ましてや文官と武官の仲が悪いのはおそらく古今東西どこでも同じだ。



「たとえばどこがそうなっているのです?」


「まずは孫堅のところですね。戦争大好き孫策派と足下固めよう孫権派で少なからず衝突があります。しかも孫策の大親友である周瑜が孫権派についているから余計に孫策はおもしろくない。


曹操のところだって、気に入らないけど優秀すぎるために曹操から重用されて活躍している司馬懿と、これまでずっと曹操を支え続けてきた筍彧、夏候惇たちの間にはすきま風が吹いている。


今は問題ないでしょうが、少なくとも孫堅のところは現状のまま孫堅が死ねば分裂する可能性は充分にあります。」


「分裂……。」


「当然ですが、このまま死ねば跡継ぎは孫策です。しかし孫策が孫堅よりひどい領土拡大路線をとるのは明らかなので、それに反対する周瑜や黄蓋が説得すれば、意外とそのへんの押しには弱そうですし孫権が反旗を翻す可能性は充分にあります。。一方、序列を乱して孫権に継がせれば孫策は確実に反乱を起こすでしょう。親が州牧で自分が長女だったら自分はそれを継ぎたいと誰しも思うはずです。」


「我々はどう対処するべきなのですか? 何か手を打った方が良いのでは?」


「ここは“静観”が一番でしょう。孫堅を暗殺するのは、おそらくそこまで難しいことではありません。しかし、それによって共通の敵として我々を見定め、一致団結してしまう可能性があります。放っておいて団結されたらそれはそれで仕方ないですが、現状は一刀さんが結んだ条約の通りに動いていれば問題ありません。」


何らかの手を打つよりも、あえて放置してどうなるか見極める。力があって余裕がなければ到底できないことかもしれないけれど、しかし今の俺たちにはそれができた。


「でも……。どうしてどこでもそうやっていがみあっちゃうんだろうね……。」


「権力のうまみを知ってしまうからでしょうね。そういう意味で、ここでは桃香様の力がとても大きい。大変失礼なのを承知で言いますが、、政治の実務能力では曹操の足下にも及ばないし、単騎の武力では孫堅のほうがはるかに上です。しかし、君主としての資質、たとえば自分にとって都合の悪い意見でも聞き入れたり、あるいは利害の調整という面では、桃香様と二人に天と地の差がある。彼らは項羽や始皇帝にはなれても劉邦には現状では絶対になれないでしょう。つまり国として長続きしないということです。」


いわば、“徳”なのだろう。様々な意見を取り入れてくれるから人は集まる。優秀すぎるわけでもないから「仕方ないなあ」と思いつつかもしれないけれど、助けてあげたくなる。それでいて感謝されるから裏切る気もなくなる。そして、本人ができないなりに努力をしているから見捨てる気はなくなるのだ。


「だったらあとはみんなに任せて私は茶店で団子食べてくるね~」などと言っていては見捨てるか乗っ取る人も出てくるだろうけど、桃香は朱里や水晶たちに軍略や政治を聞いたり、あるいは愛紗や鈴々に頼んで武の鍛錬をしたり、ということまでやっている。そういった努力を皆が理解しているからこそ、桃香を支えたくなるのだと思う。



「さて、話を戻そう。天和たちがどうすべきだったか。結論から先に言ってしまえば、どうしようもなかった、と俺は言わざるをえないと考えているけれど、これから少しその話をして、処分を決めようと思う。」

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