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第55話 最悪の予想

俺たちは出発前に様々なことを考え、万全の布陣で行軍していた。俺のところは女媧、愛紗、椿、水晶が一緒だった。それぞれいろいろなことを考えたり、色々と戦略を練ったりしながら進めていた。


そんなある日、愛紗が「言える範囲で」と耳打ちしてきた。


「一つ聞きたいことがあるのですが、なぜ曹操は軍の派遣を断ったのでしょうか?」


「あくまで推測だけど、一つの戦局、情勢判断だろうね。曹操軍の内情を考えれば間違ってはいないと思うよ。」


「というと……?」


「支配都市は陳留ただ一つ。配下は質のいいのが揃いつつあるようだけど、最重要の“人口”に関してはまだまだだ。つまり俺たちと比べれば出せる兵の数に限りがある。普通は治安維持組織と軍を分けるなんてできないから、兵を出せば治安は悪化する。その危険を冒してまで出す必要性を感じなかったんだろうね。もちろん遠征になるから金も兵糧もかかる。それと名声を天秤にかけたんだろう。」


「それに加えて、朝廷に忠節を尽くして自国が危機に陥ってでも他の地域の治安維持にまで貢献しようという意識はないのでしょう。」


推測だけなら何でも言えるとはいえ、椿も言うなあ……。この乱は序章にしかすぎない、まともな戦略眼を持っていればそう思うはずだ。その後のことを見越したときに、この乱の鎮圧のために兵や将を失うリスクをとるよりは、国力をつける安全策をとるほうがいいと考えたのだろう。極めて正しい判断だ。


「情勢の判断としては正しいのかもしれませんが、やりきれませんね……。」


「俺としては朝廷に忠節を尽くす大きな機会を作ってもらえたからありがたいよ。共同作戦なんてなったら面倒だったし。」


「それは……。ちなみに、袁紹と袁術のところに命令がいかなかったのはやはり領土情勢ですか?」


「他には考えられません。冀州、荊州に攻め込んだのを抑えられない時点で、その勢力に頼むという選択肢はなかったでしょう。」


「袁紹と袁術がしっかりしてれば俺らが遠征軍を出す必要はなかった。しっかりするのがいかに難しいのかを痛感させられるね。反面教師だ。」


「そうですね……。私としては、やはり乱などなく民衆が平和に暮らせるようにしてあげたいので、こういう状況はやはり悲しいです。」


「そうだね。そのためにはきちんと俺たちの手でこの乱を終わらせることから始まる。兵糧庫のような場所が見つかるならとても助かるのだけど、そう上手くはいかないかもしれない。」


「もし見つけたらどうします?」


「基本的には“奪う”だけど、敵があまりにも激しく抗戦する場合は燃やすのもしかたないかな。」


「それに関して、我々が賊から食料を強奪したという悪評が立たないか心配だったのですが、一刀さんや水晶、椿たちはどうお考えなのですか?」


「“負け犬の遠吠え”にしか聞こえないから無視したら、というのが率直な意見だ。水晶たちは?」


「同感です。我々が食料に困窮していたら話は変わりますが、そうではないのですから問題ないでしょう。」


「そんなもの気にするほうがおかしいのです。そもそもその兵糧は黄巾賊が自分たちで集めたものではなく、奪ったものです。百歩譲ったとしても献上させたものです。それを私たちが奪って有効活用するのは何一つ問題ではありません。水晶さんが言った通り、自分たちの食料が枯渇しているのならば兵の士気に関わりますから問題ですが、我々の兵糧は潤沢にあります。問題はどこにもありません。」


「負け犬の遠吠え、というのは?」


「俺らが兵糧を奪って、自分たちの領土へ持ち帰る。そのときにその兵糧庫を襲撃される可能性というのはもちろんあるけど、鴻鵠を筆頭にした部隊が治安維持には万全の注意を払って力を出してる。外から攻め入るのなら愛紗や鈴々たちが全てつぶせる。それができないから言うんだろうなあ、と。」



愛紗もこのあたりちょっと頭が固いからなあ……。潔癖症はあまりいいことではない。


「ということは、周辺の民衆に渡すことはしないのですか?」


「それは条件付きだね。“一緒に来い”だよ。」


それで愛紗も悟ったらしかった。自分たちの支配地域内なら万全の守りをしけるから基本的に何でもできるけれど、他の地域の民衆に無責任に渡すのはさすがに難しい。それで人口がさらに増えるならこれ以上ありがたいことはない。


「愛紗、やはりこれから重要なのはここだよ。」


俺はそう言って自分の頭を指さした。


「そうですね。私も精進します。」


そんなやりとりがありながら、さらに行軍を続けてようやく冀州へ入った。どうやら桃香たちが北海へ入るときのルートで吸収して誰も居なくなった冀州の領内に賊が入ったらしかった。そうして黄巾賊の一団を発見。もちろんこれは氷山の一角にすぎない。これからうんざりするほどいる黄巾賊と戦わなければいけないのだ。


「さて、初陣はどうしますか?」


「桔梗と椿に3万預けるからやってきてくれないかな。旗が折れなければ何やってもいいよ。負けるわけないし。」


「いい加減ですね……。」


愛紗からそう言われてしまったけど、実際そうなのだから仕方ない。


「紫苑と藍里には伏兵および補給の経路と思わしきところを抑えてもらう。本陣は俺たちが死守しておく。降る兵が居たら受け入れてくれ。ただし、軍規を守らない奴は即刻処断。いつも通りだ。」


「その“いつも通り”を遵守することがどれほど大変なことか。ここはそれを丁寧に行っている。本当に凄いことです。藍里さんの指示は的確ですし、大丈夫です。」


「いえ……。ですが、当たり前のことをきちんとやるのは確かに難しいです。意識しなければできませんから。」


「全く、ここまで徹底的にやることができるのは本当に凄い。掃討戦じゃからちとつまらんが、初陣じゃしきちんとやるとするか! ゆくぞ椿!」


「はいはい。」


そう言って紫苑たちは戦場へと向かった。


「愛紗さんではありませんが、多少は緊張感を持ちたいところです。人を殺しに行くわけですからね。しかし……。あの程度の相手では話にならないのも事実です。」


水晶がそう告げた。それはその通りで、敵はそれから半日も経たないうちに全面降伏する有様だった。抗戦の意思もないのに反乱起こすというのはよくわからなかったけど、それは違った。“風林火山”この旗が恐ろしくて逆らえないというのだ。


さらに、きちんと規律を守れば衣食住も職も提供されるのだから抗戦して無駄に命を落とすよりもはるかに良い選択だ、とも言っていた。


その日の夜。俺は星を見ながら考え事をしていた。



「昼間から色々と考えていらっしゃるようですが、どうなさったのですか?」


「昼の流れがずっと続くと困るなあ……と思っていたんだよ。」


「降伏の流れがですか?」


「そう。俺たちの輜重隊が潰されなければ降伏する兵士の受け入れくらい問題ないと思っていたんだけど、今日降ったのが7000前後。これがずっと続くと困る。冀州に10万いるとかいないとか話があって、数をかなり盛っていることは疑いないけど、それでもこの調子で抗戦の意思もなく降ってばかりでは降った連中の調練が厳しい。昔は星がやってくれていたそうだけど、今はいないしなあ……。かといって態度を豹変させたらこれまでのは何だったんだ、となるし、難しい。」


「私がやっては体裁という点で駄目ですか?」


「体裁なんていくらでも繕えるけど、騎馬兵を用いて突撃する時が必ず訪れる。そのときのために万全の準備を整えて貰わなければいけないから、それを任せるのはちょっと難しい。」


「確かに……。それと、今は甄姫様しかいませんから聞きますが、どうして張角を助けるなどという気になったのですか? 確かに扇動技術は凄いですか、それだけとは思えないのです。」


「鋭いね。ある可能性を捨てきれなくてね……。張角の容姿が全くわからないからこんなことをやってる。張角の髪の色が桃色でないなら何のためらいもなく掃討作戦で殺し続けられるんだけど……。」


「まさか!?」


「ああ。一つ思うことがあって水晶、朱里と女媧で試したけど、それを使えば占卜には出なかった。だから……というのがあるんだよ。」


仙人の能力を使えば占卜で名前などを出ないようにするのも誤魔化すのも難しくはない、それを知ったときに最悪の予想は現実になる気がした。それが高まったと言うべきかもしれない。


「それは確かに頭の痛い問題ですね……。一刻も早く見つけるしかありません。」


「ああ。まずは皇甫嵩の救援だけど、そこをどうするかも含めて考えることは山ほどある。水晶本人は『気にしないで』と言っていたけど、俺としては何が何でもやらなければいけない問題だよ。」


自分のために軍を動かし、難しい状況を作り出して全体を危険にさらす、水晶からすればそんなことは絶対にやってほしくないだろうし、自分が水晶の立場だったら確かにそう思う。でも、俺にとってはかけがえのない仲間を救うチャンスになる可能性がある。最初で最後かもしれないのだから、それを逃すわけにはいかない。


もちろん、張角姉妹があの2人の道士に操られてこの乱を起こした、つまり彼女たちは被害者となっている可能性もある、ということも考えた。しかし、それよりも愛紗に言った問題のほうがはるかに大きい。そこは白黒はっきりつけなくてはならない。

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